2023年06月13日

●「『安いニッポン』から脱却できるか」(第5972号)

 「安いニッポン」という言葉があります。「悪い円安論」とも
いわれます。本来「円安」は、日本にとって歓迎すべきことだっ
たはずです。とくに輸出企業にとっては。しかし、2022年3
月以降の経済界の声は、すこぶる厳しいのです。時の黒田日銀総
裁への不満をあからさまにする経営者もいます。そういう不満の
声をひろってみました。すべて2022年の発言です。
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◎経済同友会/桜田謙悟代表幹事/3月29日
 現在の為替水準(円安)が適切だとはとても思えない。企業に
よって受け止めは異なるものの、全体としては行き過ぎとの評価
になっている。
◎日本鉄鋼連盟/橋本英二会長/3月29日
 (円安の恩恵を受けて競争力が改善してきた過去と比較して)
今回はまったく様相が違う。円安のリスクというのはこれが初め
て。日本が一人負けしていることの象徴。大変大きな問題。
◎日本商工会議所/三村明夫会頭/4月7日
 海外輸出をほとんどやらない、海外事業をやっていないにかか
わらず、中小企業にとっては円安のメリットはない。デメリット
の方が大きい。一般の消費者にとっても全く同じようなことがい
える。円安が輸出企業の賃金の引き上げや設備投資につながれば
いいが、今は生産も増やせていない。原料価格が上がったため、
メリットは受けられない。
◎ファーストリテイリング/柳井正会長兼社長/4月14日
 円安のメリットは全くありません。日本全体から見たら、デメ
リットばかりだというように考えます。    ──唐鎌大輔著
  『「強い円」はどこへ行ったのか』/日経プレミアシリーズ
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 ディズニーランドの入場料は、東京が7900円〜9400円
であるのに対して、フロリダは約1万900円、パリは1万50
000円です。「安いニッポン」の象徴です。
 ニューヨークのラーメンの価格は1杯2340円。日本と比較
すると約3倍、ラーメンは豪華ディナーになっています。1ドル
=130円で計算するとそうなります。
 ここで考えるべきことがあります。もし、米国でモノの価格が
上昇し、日本が価格不変であるとすると、本来であれば「円高」
になるはずです。この場合は、日米のモノの価格差は、円高が消
してくれるので、何の問題がないことになります。
 しかし、実際には、「円高」ではなく、「円安」になっている
のです。どうして、そうなったのでしょうか。ここに日本におけ
る例の「物価・賃金ノルム」が関わってくるのです。
 「購買力平価」という考え方があります。例えば、米国では1
ドルで買えるハンバーガーが、日本では100円で買えるとする
と、1ドルと100円では同じモノが買える。つまり、1ドルと
100円の購買力は等しく、為替レートは「1ドル=100円」
が妥当である──こういう考え方が「購買力平価」です。
 添付ファイルのグラフをご覧ください。このグラフは、渡辺努
東京大学大学院教授の本に出ていたものです。点線が購買力平価
であり、実線が円ドル相場です。購買力平価と円ドル相場は方向
性は一致していますが、ときどき大きな乖離が見られます。乖離
が上に向かうと円安であり、下に向かう場合は円高です。
 2003年頃から2011年頃までは、購買力平価と円ドル相
場は、ほぼ一致していましたが、2013年以降は円ドル相場は
購買力平価から上に乖離し、円安になっています。すなわち、実
際の為替レートが購買力平価に比べて安すぎる──すなわち、日
本のモノが割安になる状況が続いているのです。日本のモノの価
格も割安になりつつあります。
 この傾向は、2013年からの日銀の異次元緩和と関係があり
ます。いわゆるアベノミクスの開始です。日本がデフレの底に沈
んでいたからです。日銀と政府の考え方は、金融緩和によって円
安を実現し、これをテコにして日本のモノの価格を上昇させ、デ
フレから脱却させようとしたのです。
 それから10年、その結果、何が起きたでしょうか。既に内閣
は、安倍、菅に続いて、岸田内閣になり、日銀総裁も植田和男総
裁になりましたが、異次元の金融緩和はまだ続いています。まだ
デフレから脱却できていないからです。確かに円ドル相場につい
ては、「1ドル=78円」から「1ドル=123円」まで円安に
はなりましたが、まだデフレから脱却できていない状況です。
 しかし、モノの価格は、わずかに上がりはしたものの、期待さ
れていたレベルには遠く及んでいない状況です。長期間にわたっ
て凍りついていたモノの価格の「解凍」にはならず、その結果、
日本のモノが割安になったのです。このような日本経済の現況に
ついて、伊藤元重東京大学名誉教授は次のように述べています。
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 今の状況がよいとは思わない。円安で食料の輸入価格がさらに
上がれば、私たちの台所を直撃することになる。過度な円安を是
正するような政策努力は必要だろう。ただ、日本が全てに安くな
ってしまったのは、足元の円安だけが理由ではない。20年以上
続いているデフレの結果でもある。デフレで日本の賃金や物価が
上がらないことで、日本の全てが海外に比べて安くなつていった
のだ。嘆いていてもしかたない。割安感が出ている日本経済の状
況を、日本経済を活性化させる手段として活用することを考える
必要がある。コロナ後を見通したインバウンドには大いに期待で
きる。安くなった日本に向けて多くの観光客がくるだろう。地域
の製造業にも期待できる。これまでは人件費でコストが高いこと
が輸出競争力を弱めていたが、現状では日本の製造業のコスト競
争力は高まっている。            ──伊藤元重著
             『世界インフレと日本経済の未来/
   超円安時代を生き抜く経済学講義』/PHPビジネス新書
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          ──[世界インフレと日本経済/024]

≪画像および関連情報≫
 ●2023年の日本経済見通し/三井住友DSアセット・マネ
  ジメント
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   日本では、経済活動の再開を背景に、景気が持ち直しつつ
  あります。新型コロナウィルスと共存する「ウィズコロナ」
  の生活様式が浸透するなか、外出規制などでいったん抑え込
  まれていた消費者の需要、いわゆるペントアップディマンド
  が顕在化し、また、日本政府による水際対策の緩和や、円安
  の追い風などから、訪日外国人(インバウンド)消費も回復
  しています。
   企業の景況感について、日銀が、12月14日に発表した
  12月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、原材料費
  の高騰や、海外景気減速の影響を受け、大企業製造業の景況
  感が悪化傾向にある一方、前述のペントアップディマンドの
  顕在化などで、大企業非製造業の景況感は改善傾向が確認さ
  れています。また、省力化や気候変動対応で、企業の設備投
  資計画は依然として堅調です。
   景気の持ち直しは当面続くとみていますが、2023年度
  前半は海外景気の一段の減速で国内の経済成長はいったん鈍
  化し、その後は海外景気の持ち直しとともに成長ペースは回
  復すると見込んでいます。実質GDP成長率は前期比年率で
  2022年10〜12月期が+3・6%、2023年1〜3
  月期が+1・7%、4〜6月期が+0・6%、7〜9月期が
  +0・8%、10〜12月期が+1・5%、2024年1〜
  3月期が+1・3%で、2022年度は前年度比+1・7%
  2023年度は同+1・3%の予想です。
                  https://onl.sc/935r9h1
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円ドルの購買力平価.jpg
円ドルの購買力平価
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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