称略)──著名人ばかりですが、これら人々はすべて、新型コロ
ナウイルスにかかって亡くなった方です。
これらの人々が次々と新型コロナで亡くなると、さすがに私も
恐怖感を覚えました。コロナウイルスが身近に迫っていると感じ
て、なるべく外出を控えたり、マスクをしたり、帰宅時には手洗
いをするなど、感染防止に努めたものです。
われわれ人間は、消費者としての側面と労働者としての側面が
あります。感染が広がると、人々は感染を恐れて対面接触を避け
るため、外出を控えるので、レストランに行ったり、不要不急の
買い物をしなくなります。これによって店側としては、売り上げ
が減少し、物価の下がる原因になります。これは消費者としての
選択です。
しかし、店で働く従業員は、対面接触を避けるわけにはいかな
いので、さまざまなバックグラウンドを持つ来店客に対応せざる
を得ないことになります。これは、相当深刻な恐怖です。来店客
は減少するでしょうが、ゼロにはならないので、直接感染リスク
と向き合うことになります。これは、労働者としての側面です。
この恐怖に耐えられない人は、店を辞めるので、それは生産力の
低下をきたし、物価を上げる原因になります。
この人間のウイルスに対する恐怖心が物価に及ぼす影響につい
て、渡辺努東京大学大学院教授は、次のように解説しています。
これについては、添付ファイルを参照してください。
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人類は等しくウイルスに対する恐怖心をもちます。そこに日本
人と米国人、消費者と労働者の区別はありません。そして恐怖心
は人々の行動を変化させます。しかも、この行動変容は「同期」
しているがゆえに、経済全体にきわめて大きなインパクトをもた
らします。その最たるものが、物価の変動です。
消費者の恐怖心は、物価を下げる方向に作用するのに対して、
労働者の恐怖心は、物価を上げる方向に作用します。つまり、正
反対の効果があるのです。
正反対になるのは、消費者の恐怖心は需要に影響を与えるのに
対して、労働者の恐怖心は供給に供給に影響を与えるからです。
米国のインフレ率は、パンデミック1年目は低下、2年目は上昇
と、ジェットコースターのように動いたと指摘されています。こ
れは私たちがもつ消費者と労働者という2つの顔が、それぞれ別
の反応を示したことの結果だと私は考えています。
──渡辺努著/講談社現代新書/2679
『世界インフレの謎』
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渡辺教授が指摘する新型コロナウイルスによる人間の行動変容
について、重要な2つのポイントについて、述べる必要がありま
す。第1は、恐怖心が人間の2つの側面──消費者と労働者それ
ぞれの行動変容が経済に与える変化についてす。
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消費者としての側面 ・・・ 「需要」に影響
労働者としての側面 ・・・ 「供給」に影響
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改めていうまでもないことですが、「需要」とは、人々がモノ
を買ったり、サービスを利用したりする「消費」と、人々が住宅
を購入したり、企業が工場を建設したり、機械を購入したりする
「投資」を合わせたものです。これに対して「供給」とは、企業
が人々を雇用し、機械を使ってモノやサービスを作り出すことを
いいます。
パンデミックによる人間の行動変容について、重要なポイント
の第2は、人々の行動変容が「同期する」ということです。行動
変容自体は、それぞれ些細な行動変化ですが、それが同期するこ
とによって、マクロの物価を動かすパワーになるのです。大勢の
人が同じ行動をとると、それは社会の大変化に繋がります。
現在、米国では、自発的な離職が増えています。自発的な離職
とは、雇い主から解雇されるのではなく、労働者が自分の意思で
職場から去るという現象のことです。経営者は、パンデミックの
初期においては、解雇やレイオフ(一時帰休)を急増させました
が、パンデミックが収束しつつあった2年目以降は、経済再開に
よって、求人は回復基調にあったのです。
しかし、一定割合の労働者は、戻ってきておらず、結果として
深刻な人手不足に陥っています。これが、現在米国で起きている
「グレイト・リタイアメント」と呼ばれている現象です。これは
「供給」に影響を与えて、インフレを引き起こしています。
この米国における「グレイト・リタイアメント」について、渡
辺努教授は、自著で次のように述べています。
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職場に戻らない労働者たちの背景には、さまざまな事情があり
ます。たとえば、米国では多くの移民が働いていますが、感染の
厳しい時に母国に戻った人が、そのまま帰ってこないということ
があるようです。あるいは、退職を早める人も増えているようで
す。米国では日本のような定年制は一般的ではなく、それぞれの
人生設計や事情に基づいて、退職する時期を自分で決めるのが普
通ですが、パンデミック以前に予定していた時期を早めて退職す
る人が増えているのです。
──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
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大きなショックが経済に与える影響のことを経済学では「傷跡
効果」(scarring effect) といい、元の状況に戻るには通常を
はるかに上回る時間を要するといわれています。
それでは、パンデミックにおける傷跡効果とは、具体的に何で
しょうか。そもそも何が原因でインフレが起きているのでしょう
か。そのあたりのことを検討していきます。
──[世界インフレと日本経済/011]
≪画像および関連情報≫
●なぜインフレが起きるのか/ウォルター・フリック氏
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2008年の世界金融危機が大不況を引き起こして以降、
投資家と企業経営者は、低金利と低インフレの時代に慣れっ
こになっていた。しかし、そのような時代は終わった。20
21年には、世界の多くの国で物価が急上昇しはじめて、米
国は2022年に過去数十年で最悪のインフレを経験した。
国際通貨基金(IMF)は2022年10月、インフレの進
行──そして、各国の中央銀行がインフレ対策のために実行
する金利の引き上げ──により、グローバル経済全体に深刻
な影響が及びかねないという趣旨の警告を発した。そこで、
インフレは何が原因で起きるのか、そして、インフレによっ
て購買力が次第に失われていく状況にどのように対処すべき
なのかを理解しておく必要がありそうだ。
インフレとは、経済全体で物価水準が上昇し続けている状
態と定義される。2022年には、インフレが世界経済の繁
栄を脅かす重大な脅威の一つとして浮上した。
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9237
●図の出典/──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
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「恐怖心」が物価に及ぼす影響