2023年05月24日

●「『健康被害』と『経済被害の関係』」(第5958号)

 ロックダウン──この言葉をはじめて聞いたのは、2020年
3月9日のことです。イタリアがロックダウンに踏み切ったから
です。日本も同年4月7日に緊急事態宣言を発出し、5月25日
まで続けています。2020年3月13日に成立した新型コロナ
ウイルス対策特別措置法に基づく措置です。
 その結果、日本の場合は、欧米ほどはひどくはなかったものの
人々は外出を封じられ、仕事や買い物などの経済活動が停滞する
に及んで世界経済はまたたく間に深刻な不況に突入します。この
とき、パンデミックが経済に及ぼす影響の大きさから、世界経済
は「リーマンショック級の不況」に突入すると予想する経済学者
やエコノミストがほとんどで、まさか、2021年からインフレ
が始まるとは誰も考えていなかったのです。当時のIMF(国際
通貨基金)の見解は次のようなものです。
─────────────────────────────
 パンデミックによる「健康被害」が、GDPの落ち込みなど
 の「経済被害」を生んでいる。        ──IMF
─────────────────────────────
 常識的な考え方ととしては、「コロナ→不況→デフレ」という
流れであり、どう考えてもインフレになると考える人は少ないと
思います。「健康被害が経済被害を生む」という考え方も、さも
ありなんと考える人は多いと思います。
 しかし、渡辺努東京大学教授は、今回のパンデミックの場合、
そうはなっていないといっています。渡辺教授の本には、次のよ
うな興味深いデータが載っています。
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           死者数(人)    GDP損失率
   1.サンマリノ   2119   −11・97%
   2.ベルギー    1859    −9・57%
   3.スロベニア   1782    −8・89%
   4.英国      1717   −11・13%
   5.チェコ     1684    −8・60%
   6.イタリア    1545   −10・87%
   7.ボスニア    1494    −8・96%
   8.米国      1493    −6・36%
   9.ポルトガル   1492   −11・94%
  10.北マケドニア  1428    −8・69%
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 112.日本        54    −5・96%
 168.ブルンジ     0・2    −4・91%
    註:死者数/100万人当たり  損失率/2020年
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このデータは各国ごとに集計された「人口100万人当たりの
死者数」と、「2020年のGDP損失率」の関係を示していま
す。米国と日本を比較してみます。
 新型コロナウイルスを原因とする死者数は、米国は1493人
ですが、日本は54人──米国は日本の実に約28倍です。健康
被害としては日本はかなり低く抑えています。しかし、それによ
る2020年のGDP損失率は、米国はマイナス6・36である
のに対し、日本はマイナス5・96%とわずか0・4%の差しか
ありません。
 同様に、健康被害が最大のサンマリノと168位のブルンジを
比較すると、サンマリノはブルンジの約1万倍の健康被害を受け
ていますが、経済被害では2・4倍の差しかないのです。これに
よると、少なくとも今回の新型コロナウイルスの健康被害は、経
済被害とリンクしていないといえます。
 ここで、もうひとつ考えるべきことがあります。今回のパンデ
ミックにおいて、政府による強制力を伴うロックダウンを行った
国と、そうしなかった国があります。2020年の春のことです
が、死者が急増した欧米諸国は、政府による強力なロックダウン
の措置が取られています。このロックダウンでは、政府の指示に
従わない企業や個人には罰金や法令に基づく罰則が科せられてい
ます。つまり、政府の指示を守らないと罪になるのです。
 こうした欧米諸国に対して日本では、政府や地方自治体は緊急
事態宣言を発出しています。この宣言では、あくまで「要請」や
「指導」は行うものの、それを受けて企業や個人は、自主的に対
応したに過ぎません。しかし、欧米諸国と日本の対応について、
こういう差があるにもかかわらず、その経済被害にはあまり大き
な差がないことは既に述べた通りです。これについて、渡辺努教
授は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 法的拘束力のある措置をとった米国と、お願いベースの措置の
日本で人々の行動に与えた影響が同じオーダーだったという事実
は、私たちにとって(そして分析結果を交換しあったシカゴの研
究者たちにとっても)非常に衝撃的なものでした。日米の結果は
法的拘束力があろうとなかろうと、政府による介入にはそれまで
信じられていたほどの神通力がなかったということを示している
からです。    ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、ロックダウンなどの厳しい行動抑制をとった欧米諸国
と、指導や要請だけの日本においても、きちんとステイホームは
実施され、外出を半減させたことは確かです。それは、他から強
制されたものではなく、自発的にそうした可能性が高いといえま
す。なぜ、人々は、自発的に行動を抑制したのでしょうか。
 それは「恐怖心」である──渡辺努教授はそう考えています。
具体的にいうと、死の可能性のある感染症が自分に迫っていると
いう恐怖心です。確かに、日本でも志村けん氏が亡くなり、衝撃
を受けて、行動を自粛した人が多いはずです。
          ──[世界インフレと日本経済/010]

≪画像および関連情報≫
 ●緊急事態宣言の効果は限定的、対策をさらに強化すべき
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   急速な新型コロナウイルス感染拡大が続く中、日本感染症
  学会の前理事長で政府のコロナ感染症対策分科会などの委員
  を務める舘田一博・東邦大学教授は2021年7月28日、
  日本記者クラブで政府が進めてきた東京オリンピックの感染
  対策や今後の対策について記者会見した。「緊急事態宣言が
  出されて2週間になるが、その効果は限定的で感染者数は、
  ピークアウトしておらず、危機的状況になりつつある。宣言
  の対象となる地域を広げ、『飲食』以外の商業施設にも広げ
  る必要がある」と指摘、躊躇なく早め早めの対策を打つ必要
  性を強調した。オリンピックに関連しては、「バブル方式を
  取っているが、これでは限界があるので、2重、3重の感染
  対策を取ることが重要だ」と述べた。
   東京都は同日、新型コロナウイルスの感染者が新たに31
  77人確認されたと発表した。3000人を超えるのは初め
  てで、27日の2848人を上回り過去最多となった。館田
  教授は感染の現状について「世界では1日当たり50万人の
  新規感染者、8000人が亡くなって、まだまだパンデミッ
  クの終息が見えない。日本ではこれまでに85万人が感染し
  1万5000人が亡くなっている。いま感染は第5波に入ろ
  うとしており、今後どういう状況になるのか心配しなければ
  ならない」と指摘した。     https://bit.ly/3BJZkqX
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人が誰もいない渋谷/ハチ公前.jpg
人が誰もいない渋谷/ハチ公前
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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