ついて、専門家から厳しいコメントが寄せられています。なお、
コメントは、2022年6月時点のものです。
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◎デレク・ホルト氏/スコシアバンク(トロント)の資本市場経
済分析責任者
中銀は目を閉ざしていた。世界中の政府と中銀による巨大な刺
激策を受けてインフレが定着する、あるいはインフレ率が上振れ
するという声に一切耳を貸さなかった。2020年には既に(イ
ンフレになる)証拠は出ていたと私は思うが、中銀はさらに1年
間緊急プログラムを続け、当初のインフレ率上昇を一過性のもの
として片付けている。
◎エド・アルハサイニー氏/コロンビア・スレッドニードルの
シニア金利アナリスト
2007─09年の金融危機以来、各国中銀は経済成長と雇用
を支えるため、また国によってはデフレ脱却のために、他の中銀
よりも大幅に緩和する競争を繰り広げてきた。今ではそれが逆転
し、インフレが定着して人々の賃上げ、インフレ予想が上昇する
リスクが高まっている。
──2022年6月17日/ロイター通信
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今回の世界インフレが厄介なことは、なぜ、インフレになった
かがわからないだけでなく、その対処法についても、わかってい
ないことです。このようにいうと、「利上げを繰り返し、高イン
フレを鎮静化させているじゃないか」といわれそうですが、それ
以外に対応するすべを持っていないし、インフレも収まっていな
いからです。そのような事態になったことについて、渡辺努教授
は、次の2つの理由があるといっています。
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@中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」
Aフィリップス曲線が役に立っていない
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@の中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」というのは、今回の
インフレに対して、世界各国の中央銀行が一様に後手にまわった
ことです。起きることが予測できなかったばかりでなく、米国の
場合、FRBが「一過性」という言葉を使い、事態を引き延ばし
ているうちに、ロシアによるウクライナ侵攻が起こってインフレ
を加速させ、その後の急速な利上げによって、立て続けに、3つ
の銀行が破綻するという事態が起きています。これは、中央銀行
の「気のゆるみ」と「過信」そのものです。
Aの「フィリップス曲線が役に立っていない」とはどういうこ
とでしょうか。
「フィリップス曲線」というのは、物価上昇率(名目賃金上昇
率)と失業率の関係を示す曲線のことで、経済学者のフィリップ
スが提唱したものです。縦軸を物価上昇率(インフレ率)、横軸
を失業率としたグラフで、通常は右下がりの曲線になるとされて
います。つまり、物価上昇率が高まると失業率は低下し、失業率
が高まると物価上昇率は低下することになります。
添付ファイルをご覧ください。これは、米国のフィリップス曲
線を表しています。渡辺努教授の本に出ていたものです。縦軸は
「インフレ線」、横軸は「失業率」です。丸い点と四角い点があ
ります。その違いは次の通りです。
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● ─→ 2007年1月〜2020年12月
■ ─→ 2021年1月〜2022年 5月
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丸い点(●)は、2007年から2020年までのデータをプ
ロットしたもので、破線はそのデータが示す傾向線です。米国の
場合、●はコロナ禍前から、コロナ禍の期間を含んでいます。
四角い点(■)は、コロナ禍の真っ最中から、それを脱却し、
経済復興に入った期間を示しています。米国は、日本よりも早く
経済を再開させています。
●の場合、大雑把ですが、失業率を1%改善させると、インフ
レ率は0・1%上昇することを示しています。つまり、●はほぼ
破線の傾向値に沿っているといえます。FRBのインフレ率の目
標値は2%といわれていますが、経済が再開しても、それを大き
く超えることはないというのが常識的な見方です。
しかし、■の場合、失業率が約2%改善すると、インフレ率が
2%から5%に高まっています。つまり、傾向値を示す破線に乗
るどころか、垂直にプロットされています。これによって、失業
率の改善に伴うインフレ率の上昇は、過去のデータよりもはるか
に高いものになっています。この傾向に関して、渡辺努教授は、
自著で次のように述べています。
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今回のインフレに対して、世界の中央銀行が後手にまわり右往
左往してしまったのは、彼らがきわめて高く信頼し、判断の拠り
どころとしていたフィリップス曲線の神通力が落ちてしまったか
らです。
そしてその状況は、2022年現在においても変わっていませ
ん。米欧の中央銀行はとりあえず金利を上げてはいるものの、そ
れは利上げでインフレ率にこれだけの効果があるという確かな読
みに基づくものではありません。少し利上げしてみてインフレの
反応を統計で確認する、反応が不十分であればまた利上げすると
泥縄式に行動しているというのが実情です。
──渡辺努著/講談社現代新書/2679
『世界インフレの謎』
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このフィリップス曲線が使えなくなったことが、各国の中央銀
行の政策担当者が判断を誤った原因のひとつであることは確かな
ことです。 ──[世界インフレと日本経済/008]
≪画像および関連情報≫
●インフレ対策は消費者支援のためではない 米FRB政策の
真の目的とは
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米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)はイ
ンフレ抑制に向けた努力を続ける見通しだが、その主な目的
は消費者の今の生活を楽にすることではない。FRBの発表
では、物価上昇のペースが賃金上昇を上回り人々が苦しんで
いることに言及されているが、断固としたインフレ対策を進
める真の目的は、現在のインフレの抑制に失敗すれば長年に
わたりインフレが長期化し、景気循環が激化すると考えられ
ていることにある。
FRBが出した声明の中には、“インフレで最も苦しむの
は貧困層だ”という、まるで政治家がしがちな単純な解釈の
ような表現があるが、これには問題がある。この考え方は、
消費者価格の上昇が賃金インフレや移転支出(政府による生
活補助金など)につながる可能性を無視するものだ。FRB
のインフレ対策の真の動機はこれ以外にある。
──「フォーブス」/2022年9月5日
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米国のフィリップス曲線