2023年05月16日

●「AT1債はどのような債券なのか」(第5952号)

 5月10日の日本経済新聞は、AT1債に関する次のニュース
を報道しています。
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 【パリ=北松円香、ロンドン=山下晃】スイスの金融大手クレ
ディ・スイス・グループの債券「AT1債」を無価値とする判断
を巡り、近く日本の投資家が世界銀行傘下の投資紛争解決国際セ
ンター(ICSID)または国連国際商取引法委員会(UNCI
TRAL)にスイス政府との仲裁を申し立てる。AT1債を無価
値とした決定が、投資家保護を定めたスイスと日本の経済連携協
定(EPA)に反すると主張する方針だ。
         ──2023年5月10日付、日本経済新聞
               https://s.nikkei.com/41pqKwI
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 昨日のEJで取り上げたクレディ・スイスの「AT1債」は、
金融庁の調査によると、日本国内で、個人や法人名義で、約20
00口座あるといわれています。身近なところでは、青山学院大
学の駅伝部の原晋監督も被害者の一人といわれています。
 なぜ、「AT1債」が作られたのでしょうか。
 それは、リーマン・ショックに遡るのです。2008年9月、
リーマンブラザーズ(米国の投資銀行)が破綻し、世界的に経済
が大混乱となりましたが、そのとき銀行救済に公的資金を使った
ことに欧米の世論は猛反発したのです。そのとき以来、万一銀行
が破綻した場合、株主や投資家がまず損失を負担し、納税者(一
般国民)には負担をかけないことが至上命題となります。その結
果、生まれたのが「バーゼルV/バーゼル・スリー」です。
 バーゼルVは、銀行の自己資本規制比率、ストレステスト、市
場流動性リスクに関する、グローバルではあるものの、各国の裁
量に任される規制の枠組みです。重要なのは、万一のときに、損
失を吸収する自己資本を充実させることです。
 自己資本を充実させるオーソドックスなやり方は、銀行が株式
を新規に発行すること、つまり、増資を行うことです。しかし、
増資をすると発行済株式が増えるので、株価が下がります。銀行
経営者や投資家は株価が下落するを極端に嫌うので、欧州の金融
当局がひねり出したアイデアが「AT1債」なのです。
 AT1債は、銀行が破綻するなど、万一の場合には、真っ先に
損失をかぶるけれども、そうなるまでは高い金利をつけることを
約束する特殊な債券です。クレディ・スイスの金利の場合、20
22年は年率10%に近かったといいます。
 これは、銀行の自己資本のうち中核を占める資本であり、返済
義務のない普通株や利益剰余金などで構成され、中核的自己資本
「Tier1/ティア1」 と呼ばれています。
 添付ファイルを見てください。資本規制「バーゼルV」による
銀行の資本・負債の弁済順位を示しています。銀行の立場からす
ると、AT1債を多く売ることによって、「バーゼルV」をクリ
アできるし、万一破綻が起きた場合の備えにもなるわけで、何と
か売ろうとするわけです。
 まして、現在、クレディ・スイスの破綻を機に、世界中でAT
1債を手放そうとする売りの動きが広まっていますが、そのター
ゲット先は日本だといわれています。日本は、主要国で唯一ゼロ
金利を続けており、高利回りの金融商品のニーズが旺盛であるの
で、銀行や証券会社から巧みな話法で勧められると、購入してし
まう人が多いと考えられるからです。
 金融ジャーナリストの森岡英樹氏は、AT1債について、次の
ように警告を発しています。
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 米国債が暴落すれば、保有している米国の金融機関は巨額の含
み損を抱えることになる。2カ月で3行の米銀が経営破綻しまし
たが、それに続く破綻が起きても不思議ではありません。破綻し
た銀行が発行していたAT1債を保有していれば、最悪の場合、
“紙切れ”になってしまう。AT1債の売り先である日本にも少
なからず影響が出る恐れがあります。
       ──2023年5月10日発行「日刊ゲンダイ」
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 今回のクレディ・スイスのAT1債の全額償却の問題点は、添
付ファイルに見られるように、本来弁済順位がAT1債よりも低
いはずの株式が温存されたことにあります。これは、「バーゼル
V」によって決められている弁済順位です。実際に、クレディ・
スイスの株式は、22・48株がスイスユニオン銀行(UBS)
1株に交換され、価値は大幅に目減りしたものの、ゼロにはなっ
ていないのです。
 これについて、日本の投資家たちは、冒頭の記事のように、ク
レディ・スイス・グループのAT1債を無価値とした決定に関す
る仲裁を申し立てる方針です。
 銀行が破綻することはあり得ない──日本では銀行に対するこ
ういう見方が一般的です。しかし、地銀クラスとはいえ、米国で
3つの銀行が立て続けに破綻しているのです。FRBの対応にも
ミスが指摘されています。
 それに米国には債務上限問題があり、現在、バイデン大統領と
下院で多数派を握る野党・共和党のマッカーシー下院議長と協議
中ですが、今のところ、協議は行き詰まっています。11日、G
7財務相・中央銀行総裁会議のために新潟を訪れているイエレン
米財務長官は、もし、デフォルトになった場合について、次のよ
うに危機感を表明しています。
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 もし、デフォルトになると、世界的な景気後退は避けられず、
さらに銀行が破綻しする事態になりかねない恐れもあります。何
が起きても不思議ではないのです。  ──イエレン米財務長官
               https://s.nikkei.com/42IYBl8
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          ──[世界インフレと日本経済/004]

≪画像および関連情報≫
 ●シリコンバレーバンク破綻の背景に3つの逆風/木内登英氏
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   イエレン財務長官は3月12日(日曜日)に、破綻したシ
  リコンバレーバンクを、国費を使って救済することはしない
  と発表した。その代わりに、後に見るように、預金の全額保
  護など異例の措置を決めている。
   シリコンバレーバンクは、ごく短期間のうちに流動性危機
  に陥り、10日(金曜日)に破綻に至ったことが、明らかに
  なってきた。シリコンバレーバンク破綻の背景には、テクノ
  ロジー産業の不振、金利上昇による債券投資の損失、逆イー
  ルドの進行による利ザヤの縮小、の主に3つの逆風があった
  と考えられる。
   シリコンバレーバンクは個人ではなく、主に新興企業やベ
  ンチャーキャピタルの預金を集めてきた。テクノロジー産業
  の不振を受けて、新興企業が資金手当てのためにシリコンバ
  レーバンクから預金を引き落とす動きが強まった。そこで、
  金利上昇下で含み損が膨らんでいた長期国債や住宅ローン担
  保証券(MBS)を損切りし、売却損を計上したのである。
  その結果、損失が拡大し資本不足のリスクが高まったことを
  受けて、格付会社のムーディーズ社は、シリコンバレーバン
  クを格下げすることを、7日(火曜日)に同社に伝え、8日
  (水曜日)の引け後にそれを発表した。
                  https://bit.ly/3MkgUry
  ───────────────────────────
「バーゼルV」による銀行の資本・負債の弁済順位.jpg
「バーゼルV」による銀行の資本・負債の弁済順位
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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