2023年05月15日

●「クレディスイスはなぜ危機に陥ったか」(第5951号)

 既に立て続けに米国の3つの銀行が破綻しています。これは容
易ならざる事態です。破綻した期日を記しておきます。まさに立
て続けの破綻であります。一体、何があったのでしょうか。
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 2023年3月10日 ・・・   シリコンバレーバンク
 2023年3月12日 ・・・   シグネチャー・バンク
 2023年5月 1日 ・・・ ファースト・リパブリック
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 「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」と
いう言葉があります。些細な出来事が連鎖を繰り返すうちに、と
んでもない大事を引き起こすという意味で、「バタフライ効果」
といわれています。
 シリコンバレーバンクは、かつて存在した、米カリフォルニア
州サンタクララに本社を置く州法による商業銀行です。2016
年6月の時点では、シリコンバレーにおける預金量の25・9%
のシェアを保持する、シリコンバレー最大の銀行です。この銀行
は、シリコンバレーのテクノロジー企業に積極的に投資をしてい
た金融機関です。
 2023年3月8日のことです。シリコンバレーバンクは、保
有している証券に18億ドル(約2300億円)の損失が生じた
ことを認め、翌週以降に資本増強に踏み切ることを表明していま
す。銀行としては、この程度の損失はとくに問題はないとして、
発表したものと考えられます。
 しかし、この発表に不安を持った人物がいます。米著名企業家
のピーター・ティール氏です。彼は8日に取引先の企業に対して
シリコンバレーバンクからの預金引き上げを提言したのです。こ
の話が次の9日、SNSを駆け巡り、9日だけで、預金残高の4
分の1近い420億ドル(約5・5兆円)が引き出され、払い戻
せる資金が底をついてしまったのです。
 デジタル社会の現代では、銀行の取り付けは銀行の窓口ではな
く、SNSで起きるのです。しかも、銀行やFRBなどの金融当
局が資金の工面ができない真夜中でも、24時間いつでも起こり
ます。これを「デジタル・バンク・ラン」といいます。まさに銀
行の「瞬殺」です。
 このシリコンバレー銀行の瞬殺がスイス第2位の大手銀行であ
るクレディ・スイス(CS)に波及します。クレディ・スイスと
いえば、不祥事のデパートといわれるように、いろいろ問題のあ
る銀行です。CSは近年ブルガリアの麻薬組織によるマネーロン
ダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職へ
の関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客
データのメディアへの大量リークなど、このところ不祥事が相次
いでいます。
 CSの場合、その引き金を引いたのは、筆頭株主のサウジアラ
ビア国立銀行、サウジ・ナショナル・バンク(SNB)です。C
SがSNBに増資を要請したところ、SNBのアンマル・アルフ
ダイリー会長が、次のような理由を述べて断ったのです。
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   保有比率が10%を超えるので、追加出資はできない
        ──アンマル・アルフダイリーSNB会長
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 なぜ、SNB会長が増資を断ったかというと、2022年10
月にCSが大規模なSNSによる取り付けを受けたときに、SN
BがCSの15億スイスフラン(約2100億円)の増資に応じ
クレディ・スイス株の9・9%を保有する筆頭株主になることに
よって一度助けているからです。そのとき、SNBはCSに、な
ぜか9・9%を超える投資はしないと決めていたようです。だか
ら、SNB会長は保有比率が10%を超える増資には応じられな
いと断ったのです。
 ところが、この情報がSNSで拡散したのです。CSからの資
金流出は1日当たり100億スイスフラン(約1・8兆円)にの
ぼり、スイスの金融当局が用意していた緊急資金供給枠をあっさ
り超えてしまったのです。
 CSの総資産は、スイスのGDPの70%を占めています。こ
の銀行が潰れたら、スイスという国家もなくなってしまいます。
まさに、「too big too fail/大き過ぎて潰せない」に該当しま
す。そこで、スイス金融当局は、スイス最大手のスイスユニオン
銀行(UBS)に第2位のCSを救済させることによって、破綻
を食い止めたのです。しかし、UBSとCSの総資産を合わせる
と、スイスのGDPの2倍になるのです。そこでスイス当局は、
UBSに対し、様々な優遇措置を用意したのです。
 その1つが債権の償却です。CSが、中核的自己資本として発
行していた「AT1債」を全額償却、要するに全額を”紙切れ”
にし、返さなくてもよいようにしたのです。「AT1債」とは、
次の言葉の省略語です。
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        ◎AT1債/追加的ティア1債
              Additional Tier 1
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 AT1債は、株式と債券の中間の性質を持った証券のひとつで
す。金融機関が破綻したさいの弁済順位が普通債などに比べ低く
リスクが高いといえます。発行体の自己資本比率が一定の水準を
下回った場合や、監督当局の決定などにより、強制的に元本が削
減されたり、株式に転換されたりする特性があります。
 CSのAT1債の発行額は、160億スイスフラン(約2・2
兆円)で、本来であれば、真っ先に損失を負担させる株式は温存
したうえで、AT1債を処分したことから、AT1債を保有して
いた投資家から、猛反発されています。スイス金融当局は、なぜ
こんなことをしたのか。AT1債については、日本にも影響があ
るので、明日のEJでも詳しく述べることにします。
          ──[世界インフレと日本経済/003]

≪画像および関連情報≫
 ●クレディ・スイスAT1債無価値化で崩れた神話の衝撃は
  なお続く(NRI)
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   2023年3月にスイス金融大手のクレディ・スイスがラ
  イバルのUBSに買収される際、170億ドル(約2兆26
  00億円)相当のクレディ・スイスのAT1債(その他AT
  1債)が無価値化されたことは、世界の投資家、金融市場に
  大きな衝撃を与えた。
   大手金融機関が発行するAT1債は、普通社債よりも金利
  が高い一方でリスクは低い安全商品と考えられ、低金利環境
  下で積極的に購入されてきた。クレディ・スイスのAT1債
  無価値化によってそうした神話が崩れたため、AT1債の金
  利は一気に跳ね上がり、プレミアムが乗ってしまったのであ
  る。さらに、クレディ・スイスの買収では、同社の株式は無
  価値とならない中で、AT1債が無価値になるという異例の
  決定が行われた。株式と債券の弁済順位が逆転するという意
  味で大きなサプライズであり、これについても、弁済順位は
  必ず守られるという神話が崩れたと言えるのではないか。
   AT1債の無価値化(全額減損)を最終的に決定したのは
  スイスの規制当局だが、欧州中央銀行(ECB)や香港金融
  当局などその他の諸外国の当局は、弁済順位でAT1債の投
  資家は株主よりも優先されることを改めて説明し、火消しに
  回った。           https://bit.ly/3Mg3QTU
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CS/クレディスイス銀行.jpg
CS/クレディスイス銀行
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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