齢化、B生産性の停滞──これらは、いずれも構造的なものであ
り、簡単には解決できないものばかりです。これらの要因が20
08年に起きたリーマンショックを契機として、世界中に低イン
フレとして定着したのです。
日本などは低インフレがさらに悪化して、政策の誤りもあって
長期デフレに突入してしまっています。世界の中央銀行は、これ
を「日本化/ジャパニフィケーション」と呼んで、日本のように
ならないように慎重に金融政策をとってきたのです。
2010年4月26日付の記事で、米ブームバークは、「債券
トレーダーは『インフレの死』を宣言/利回りは08年下回る水
準」と題して、次のように述べています。なお、記事中の「債券
自警団とは、インフレを招くような金融・財政政策に反発して、
債券売りで抗議する投資家のことを指しています。
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ここ数年政府の放漫財政を批判してきた「債券自警団」が鳴り
を潜めている。バンク・オブ・アメリカ(BOA)メリルリンチ
のデータによると、ソブリン債利回りは、1年前とほぼ同水準の
平均2・385%で、信用危機で投資家が国債の安全性を求めた
2008年の平均3・08%を下回る水準にある。米国やドイツ
日本を含む同指数構成の国債の量は、17兆4000億ドル(約
1637兆円)と、2年前の13兆4000億ドルから増加して
いるものの、借り入れコストは安定している。(一部略)
ニューヨーク・ライフ・インベストメント・マネジメントで、
1150億ドル相当の運用担当に携わるトーマス・ジラード氏は
「インフレが非常に落ち着いた状況であるため、中央銀行にとっ
ては、引き続き静観して景気支援のための緩和策を追求する口実
になっている」と指摘。同氏はもはや米国債に弱気ではないとい
う。 https://bit.ly/3VOjTLZ
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「インフレの死」とは、「もはやインフレは起こらず、世界経
済が直面する課題はあくまで低インフレで、それはこれからも長
く続く」ということを意味しています。
しかし、2022年になって、それが間違いであることが、わ
かったのです。世界の中央銀行の専門家たちがもはや起こり得な
いと考えていたインフレが再来したからです。なぜ、低インフレ
が、世界インフレになったのでしょうか。
まず、誰でも考えることは、ロシアによるウクライナへの軍事
侵攻です。これは、2022年2月24日に起きています。戦争
による混乱や、ロシアへの経済制裁によって、ロシアからの原油
や天然ガスなどの燃料資源の価格が高騰し、世界最大の穀物地帯
といわれるウクライナからの小麦などの食糧の供給が滞って価格
が上がり、インフレになるからです。
実際にある経済のサイトでは、今回のインフレについて、次の
ように書いています。
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各国がロシアからの資源輸入の禁止になかなか踏み切れないの
は、そもそも各国がロシアの資源を必要としているからですが、
もう一つの大きな理由としては各国の強いインフレ圧力が挙げら
れます。たとえば、ユーロ圏は2022年3月とその1年前とを
比べると、既に7・4%の物価上昇が起こっています。1年前に
100ユーロで買えたものが、現在は107・4ユーロでないと
買えない状況です。
このような状況で、ロシアに対して資源輸出を禁じると、さら
に資源価格が高騰し、より強いインフレ圧力が発生してしまいま
す。ゆえに各国はロシアに対して制裁を科したいものの、資源関
連に関しては、どうしても思い切った措置をとることができずに
います。 https://bit.ly/3nEIq9D
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これらの記述を読むと、現在世界中で起きているインフレは、
ロシアによるウクライナ侵攻が原因であると誰でも考えると思い
ます。しかし、これに対して「戦争はインフレを加速させている
一要因ではあるが、主要因ではない」と反論する人がいます。東
京大学大学院経済学研究科教授、渡辺努氏です。渡辺教授は、近
著のなかで、これについて、次のように述べています。
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戦争はインフレの主原因ではない。そのように言われて驚くか
もしれませんが、これは単なる私個人の私見ではなく、オーソド
ックスな経済学から外れた新奇な意見でもありません。各地の中
央銀行のエコノミストや、経済学界のメインストリームで活躍す
る研究者といった、世界中の専門家のあいだですでに合意ができ
ている理解なのです。つまり、専門家の見解と世の中で(特に日
本のメディアで)一般的にいわれていることでは、実はかなりの
ずれが生じてしまっているのです。
──渡辺努著/『世界インフレの謎』
講談社現代新書刊
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添付ファイルのグラフを見てください。これは、渡辺教授の上
記の本に出ていたものですが、各国のインフレ率について、予測
が行われた時点(横軸)に応じて、どのように変化しているかを
示しています。ここでの予測の対象は、2022年のインフレ率
です。この対象は固定したままで、予測の時点だけを変化させた
ときの推移を表したのが、このグラフです。
これを見ると、ロシアのウクライナ侵攻のほぼ1年前の、20
21年春頃から、インフレが始まっているのです。それは、同様
のことが、少し遅れて英国やユーロ圏でも起きていることがわか
ります。しかし、各国の中央銀行は、「この物価上昇は一過性の
ものである」と判断し、特段の対応をとっていないのです。とく
に米国のパウエルFRB議長は、そのように考えていたことは確
かです。 ──[世界インフレと日本経済/002]
≪画像および関連情報≫
●米国における高インフレ/伊藤宏之氏
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マクロ経済の観点からすると、インフレはモノやサービス
に対する需要が供給を上回る場合に起こる。今回のインフレ
のように供給が不足すると、価格水準が上昇する。例えば、
多くの人がソファを買いたくても、人数分のソファがなけれ
ば、価格が普段より多少高くてもソファを買おうとする人が
出てくる。このように、モノやサービスに対する需要に供給
が追いついていない場合に価格水準が上昇するのである。
では、これほど高いインフレが、なぜ今、発生しているの
か。それは、パンデミックによる供給側の混乱などにより、
需給ギャップが特に大きくなっているからである。米国経済
は2020年春に経験した景気の底から回復基調にあり、モ
ノやサービスに対する需要は堅調である。2021年初頭に
ワクチンが普及し始める以前は、買い物や休暇などの経済行
動やビジネス活動を多くの人が延期せざるを得なかった。ワ
クチン接種が可能になると、人々は外出しはじめ、人との接
蝕に対する抵抗感もなくなり、その結果、2020年と比べ
て経済は正常に機能し、モノやサービスの需要が拡大した。
コロナショックが大恐慌に陥ることを恐れた政府は、14
00ドルの現金給付に示されるように、大規模な財政出動に
よって人々の購買力を高めようとした。米連邦準備制度理事
会(FRB)も、政策金利をゼロに引き下げ、量的緩和政策
(中央銀行が新規発行するお金で国債などの金融資産を購入
する政策)を実施し、経済の活性化に努めた。
https://bit.ly/42t7cIy
●グラフの出典/渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
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専門家によるインフレ率予測