前からのものであったことは、ここまでの記述でわかっていただ
けると思います。アップルとしては、開発中のPDA「ニュート
ン」のことがあるので、低電力でパワフルなプロセッサがどうし
ても欲しかったのです。
ところで、アップルにおいて、「ニュートン」の開発を推進し
ようとしたのは、アップル創業者のスティーブ・ジョブス氏では
なく、ジョン・スカリー氏という人物です。
1981年のことです。当時アップルの業績は悪化しており、
アップルの創業者のスティーブ・ジョブス氏とも対立を深めてい
たアップルの初代社長兼CEOであるマイケル・スコット氏が解
雇されたのです。このようにいうと、創業者がなぜ社長でないの
かという疑問を持つ人がいると思いますが、ジョブズ氏の当時の
肩書きは、「事業統括担当副社長」であり、CEOでも社長でも
なかったのです。
マイケル・スコット氏が解雇されたので、ジョブス副社長とし
ては、マーケティングに強い代役を探してきて、社長に据える必
要があります。マーケティングは社長の担当であったからです。
そのとき、ジョブス氏が目を付けたのが、ペプシコーラのジョ
ン・スカリー氏だったのです。
当時スカリー氏は、ペプシコ―ラの事業担当社長を務めでおり
ペプシのCMにマイケル・ジャクソンを採用したり、ペプシチャ
レンジといって、ブランド名を隠して、複数のコーラを飲ませて
ペプシのコーラが美味しいと伝えるコマーシャルなどの手法を使
うなどして、コカ・コーラを追い上げていったのです。
ジョブス氏は、ジョン・スカリー氏と会い、アップル社に移る
よう説得します。そのとき、ジョブス氏がスカリー氏を口説き落
としたときの言葉が残っています。大変有名な言葉であり、英文
と日本語訳を以下にご紹介します。
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Do you want to sell sugared water for the rest of your life,
or do you want to come with me and change the world?
このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に
世界を変えたいのか? ──スティーブ・ジョブス
https://bit.ly/3ZJ4zRR
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ジョブス氏にこのように説得されたスカリー氏は、1983年
にアップルの社長兼CEOに就任します。1984年1月には、
マッキントッシュ(新PC)のデビューに2人で立ち会うなど、
スカリーとジョブスは「ダイナミック・デュオ」と呼ばれ、順調
にアップルの経営が進行すると思われていたのです。
しかし、ジョブス氏は、1984年のクリスマス商戦で需要予
測を誤り、マッキントッシュの大量の在庫を抱えてしまいます。
その結果、この年の第4四半期で初の赤字を計上し、従業員の5
分の1に当たる人数の解雇を余儀なくされたのです。
スカリー社長はこの事態にジョブズ氏の責任は重大であると考
えて、1985年4月にマッキントッシュ部門からの退任を要求
し、取締役会もこれを承認します。しかし、ジョブズ氏はこれを
不服として、逆にスカリー社長を追放しようと画策したものの、
失敗し、ジョブズ氏は全役職を解かれ、アップルを追われること
になるのです。1985年9月のことです。
このようにして、自分が設立したアップル社を追い出されたス
ティーブ・ジョブス氏は、それから5年間、アップルを離れて仕
事を行い、新しいコンピュータ「NEXT」とOS開発し、それ
をきっかけとして、2000年に正式にアップルの社長兼CEO
に就任するのですが、この話は改めて述べるとして、アップルと
インテルの関係について述べることにします。
今でもそうですが、PCの世界は、ウインドウズPCとアップ
ルPCに二分され、ユーザーはどちらを使うか選ぶ必要がありま
す。しかし、一般のビジネスパーソンがシェアが20〜30%し
かないアップルPCを使うには相当の決断が必要だったのです。
それほど、インテル/ウィンドウズ連合のシェアは圧倒的であり
アップルは経営危機を常に背負っていたのです。
それが2006年になると、大きな変化を迎えることになりま
す。そのいきさつについて、あるネットの記事を引用します。と
てもわかりやすく書かれています。
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1994年登場のパワー・マッキントッシュから、パワーPC
(CPUの名前)の採用が始まりました。この画期的なアーキテ
クチャーの採用でアップルの躍進が期待されたのですが、残念な
がら、この頃からインテル・ウインドウズ連合に市場シェアが独
占される状況となり、アップルは経営危機を迎えることになりま
す。その後、パワーPCに別れを告げるのは、ジョブズがアップ
ルに復帰してからの話になります。CPUの変更に関しては3回
目となるこの時、ついにインテル製が採用されました。
このことによりOSは異なるものの、ウインドウズ機と同じC
PUで動作するマックが登場することになります。マックOSと
ウインドウズOSが、同一のPC上でネイティブに動作する環境
が実現しました。
基本はマックを使いながら、業務の都合などでウィンドウズ機
も併用しているユーザーにとっては、非常に便利な環境となりま
した。これが2006年の出来事です。
https://bit.ly/3YNBX8J
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それからしばらくの間、アップルとインテルの良好な提携が続
くことになりますが、10年を経過したころから、アップルがイ
ンテルから離別するという情報が頻繁に出ることになります。そ
して、コロナ禍のリスクが高まりつつあった2020年6月、ア
ップルはインテルとの関係解消を正式に宣言します。
──[メタバースと日本経済/043]
≪画像および関連情報≫
●アップルが描く「インテルなき未来」と、見えてきた
いくつもの課題
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インテルは2006年から、Macの製品ラインに、プロ
セッサーを供給してきた。両社は10年以上にわたる実りの
ある関係を築いており、「Macブック」や「iMac」は
「アイフォーン」ほどではないにしても、アップルに大きな
利益をもたらしている。インテル製チップを搭載するモデル
の売上高は、今年の1〜3月だけで、70億ドル近くに達し
た。昨年のインテルの収入の4パーセントはアップル絡みだ
との報道もある。
この共生関係は理に適っているように見える。一方でアッ
プルが独自路線を歩もうとしているのにも納得のいく理由が
ある。アイフォーンは、すでに自社製の「A」シリーズのチ
ップを採用しているほか、「アップルウォッチ」には「S」
シリーズ、「エアポッズ」には「W1」がある。
また少し前から、「iMacプロ」など一部の製品には、
インテルのCPUに加えてアップル製のチップ「T2」が組
み込まれるようになった。同社は1年前には、独自のGPU
の開発にも着手している。
つまり、Macにおけるインテルのチップは、アップルの
製品ラインアップ全体を見回したときに、どちらかと言えば
例外的な存在になりつつある。アップルが独自プロセッサへ
の切り替えを進める理由は、大手スマートフォンメーカーが
クアルコムを切り捨てた理由と同じだ。自分でできるなら、
人には頼らないほうがいい。 https://bit.ly/3mOOiwo
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スティーブ・ジョブズとジョン・スカリー


