2007年07月30日

●なぜ政府はドル安容認発言をしたか(EJ第2132号)

 なぜ、グリーンスパンFRB議長(当時)は、2004年11
月にドル安容認発言をしたのでしょうか。その真意を探ってみる
ことにします。
 ドル安容認発言をすれば、日本と中国がドル安を嫌気して米国
債を売ってくることは明らかなのです。もっとも日本については
すべての取引を当局へ報告する制度があるので、かなり抑制的で
はあるものの、それでも多少は売ってくると考えられます。今ま
での常識であれば、海外からの大量の米国債売りがあれば米国の
長期金利は急騰し、米国経済がおかしくなるはずなのです。
 それでもかまわないとグリーンスパン議長が考えたのは、クー
氏によると、ちょうどその頃比較的緩やかではあるものの、米国
はバランスシート不況−−金余りの状況にあったからというので
す。それでは、なぜバランスシート不況時であれば、大量の米国
債売りがあっても経済はおかしくならないのでしょうか。
 これについては添付ファイルをごらんください。これは米国の
資金循環表です。このグラフの中の「非金融法人企業」(上場企
業)−−米国の企業の動きを見ていただきたいのです。
 1980年代は、グラフはゼロ線より下にあり、これは米国の
企業が資金不足の状態にあって、家計部門から積極的にお金を借
りて使っていたことを示しています。その結果、当時の米国の資
金需要は逼迫しており、金利水準も高かったのです。そして、日
本の機関投資家が米国債を買ってくれるかどうかに金利は敏感に
反応していたのです。
 ところが1991年頃から企業のグラフは、ゼロ線を超えてプ
ラスに転じています。クー氏の解説によると、その頃米国では銀
行の貸し渋りが発生し、多くの企業は資金調達ができなくなり、
無理矢理資金過剰に状態にさせられたとしています。そしてそれ
があまりにもひどかったので、その後しばらく企業は借金拒絶症
になってお金を借りようとしなかったというのです。
 しかし、その後ITバブルが発生すると、再びグラフはマイナ
スになり、お金を借りようとする企業が出てきたのです。ところ
が、2000年にITバブルが崩壊すると、バランスシートに問
題の発生する企業が多くなり、そういう企業はキャッシュフロー
を借金返済に回しはじめます。そして、2003年頃にはバラン
スシートの調整は終ったと見られるのですが、その後遺症ともい
うべき借金拒絶症によって、少なくとも2006年頃まではそう
いう状況が続いているのです。2001年から企業のグラフがゼ
ロ線を超えてプラスになっているのは、まさにそれを裏付けてい
るといえます。
 このように、米国でも企業がお金を借りない状況がITバブル
の崩壊後に発生していたことになり、そのためにこの5〜6年、
米国の長期金利は4%前半の極めて低い状況にあったのです。
 グリーンスパン議長がドル安容認発言をした2004年の終わ
りから2005年にかけて、米国の経済は名目で5%〜6%成長
しており、インフレ率も2〜3%あったのです。そうであれば、
本来7%〜8%程度あっていい長期金利が4%前半しかなかった
のは当時の米国が日本ほどではなかったものの、バランスシート
不況下にあったことを意味するとクー氏はいうのです。
 グリーンスパン議長は、米国経済のこういう状況はドルを下げ
るまたとない機会であると判断したのではないかと思われるので
す。なぜなら、このような局面で米国政府がドルのトークダウン
をやれば、日本や中国の投資家がドル債を売り、その結果、米国
債の金利−−つまり長期金利は上がりますが、急騰せず、せいぜ
い4.8%〜5%程度にとどまると考えられたからです。
 それまで米国の投資家は、国債の金利があまりに低いので、無
理して社債を買っていたのです。しかし、国債が4.8%〜5%
という、ほど良いレートになれば米国の投資家が国債市場に戻っ
てくると判断したのではないかと思われるのです。そして彼らが
国債を買いはじめれば、国債利回りの上昇はそこでストップする
――グリーンスパン議長はそのように考えたと思われるのです。
要するに日本や中国がドル安に嫌気して米国債を売ってきても、
米国の投資家がそれを買ってくれると考えたのです。
 しかし、2004年11月頃からの米金融当局のドルのトーク
ダウン発言は、グリーンスパン議長の発言の直後からピタリと止
まってしまったのです。それは、2005年2月以降の石油価格
の上昇が原因なのです。2004年10月26日に石油価格は史
上初めて次の価格に達しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1バレル=55ドル/2004.10.26
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのときグリーンスパン議長は、IMF世銀総会で次のように
スピーチしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここまで価格が上がれば代替エネルギーや限界的な油田が稼動
 をはじめるので供給が増えて、必ず原油価格は下がる。だから
 これは一時的なものだ。何の心配もない。
                  −−リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 −−東洋経済新報社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 確かにグリーンスパン議長のいう通り、このスピーチかから2
ヵ月後の2004年12月には石油価格は1バレル=40ドルま
で下がっています。これによって米国は一安心したのです。
 しかし、2005年2月から石油価格は再び上昇に転じている
のです。従来の石油価格の先物曲線は右肩下がりの様相を呈する
のですが、グラフのかたちが大きく変わってしまったのです。
 これによると、2006年10月27日時点で1バレル=60
ドルになり、その後2011年になっても1バレル=62ドルの
相場が続くことになるのです。これは実に深刻な事態であるとい
えます。これで米国政府高官のドル安容認発言はピタリと止んで
しまったのです。      −−[日本経済回復の謎/42]


≪画像および関連情報≫
 ・原油高止まらぬ米国/2007.7.4
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  米国の旺盛なガソリン需要を背景に、原油価格が過去最高値
  をつけた昨年夏の水準に接近しつつある。ニューヨーク・マ
  ーカンタイル取引所の原油先物相場は2日、指標となる米国
  産標準油種(WTI)が、昨年8月下旬以来10カ月ぶりに
  終値で1バレル=71ドルを突破した。需給懸念に加え、今
  後の需要増を見込んだ投機的資金が相場を押し上げている。
  ロンドン国際石油取引所(IPE)の北海ブレント原油先物
  相場も70ドル台で先行して上昇しており、このまま原油高
  が続けば国内景気にも影響を与えそうだ。
  http://www.sankei.co.jp/keizai/kseisaku/070704/ksk070704000.htm
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

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posted by 平野 浩 at 04:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本経済回復の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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