2001年07月17日

●日本の命運を握る数人のプリンス(EJ第660号)

 現在の日本経済の不況は意図的に作り出され、わざと長引かさ
れているといったらあなたは信用しますか。そんな馬鹿な――と
一応は思いますが、残念ながらこれは事実のようです。それでは
誰がそんなことをしたのでしょうか。
 それは、政府でも大蔵省(現財務省)でもなく、日本の中央銀
行である日本銀行であり、しかも、その日銀の、ごく少数のプリ
ンスたちがやったことなのです。
 こうはっきりといい切るのは、リチャード・A・ヴェルナー氏
です。現在、話題を呼んでいる『円の支配者/誰が日本経済を崩
壊させたのか』(吉田利子訳/草思社刊)の著者がリチャード・
ヴェルナー氏です。
 なぜ外国人が日銀の内幕を知っているのかという疑問を持つ人
が多いと思いますが、ヴェルナー氏は10年前、日銀の客員研究
員として日銀に在籍し、バブル期の日本経済の研究を続けていた
ことがある人なのです。また、この本は、外国人でないと絶対に
書けない本であるといわれており、日銀の知られざる秘密に迫る
ものとして貴重な本といえます。
 EJでは、しばらく同書に基づいてその驚くべき事実をご紹介
していきたいと思います。一番の焦点は、誰がバブルを生み出し
誰がそれを潰したかにあるのです。このことが現在の深刻な日本
経済の現状につながってくるからです。
 よく知られるように、日銀の総裁は日銀出身者と大蔵省出身者
が交替で就任することになっています。一般論ですが、日銀出身
の総裁は金融引締め政策寄りで財政による景気刺激策を望み、大
蔵省出身の総裁は財政政策を引き締めて金融政策を緩和したがる
傾向があります。
 そのため、日銀出身者と大蔵省出身者が交互に総裁を務めるこ
の人事システムは、ちょっと考えるとどちらにも偏らない政策を
実施するうえで理想的であるようにみえますが、実は決してそう
ではないのです。
 大蔵省出身の総裁は、日銀にとって重要な意思決定、すなわち
信用創造量にかかわる決定からは一貫して排除されていたといっ
てよいのです。通常大蔵省出身の総裁のときは日銀出身者が副総
裁となり、総裁が日銀路線を逸脱しないようにコントロールして
いるのです。
 それに加えて、日銀以外の総裁を迎えるときは、総裁を補佐す
る職に日銀幹部が一人つくのです。この補佐役についてある日経
記者は、次のように書いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 『「副総裁以上のキーマン」が総裁秘書役。内外どこに行くに
 も総裁にぴったり寄り添って行動し、総裁に関する諸事万端を
 さばく「黒子」でもある。・・日銀は否定するが、総裁が日銀
 路線から逸脱しないように「監視」する役割を担っている』。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このように日銀出身者以外の総裁は、ほとんど力を発揮できな
いシステムになっているのです。日本は、敗戦から2001年の
春まで首相は26人に変わっています。しかし、日本の本当の支
配者は6人しかいないのです。
 その6人の支配者とは、日銀出身の日銀総裁を務めていた次の
6人です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.新木栄吉        4.前川春雄 ◎
   2.一万田尚登       5.三重野康 ◎
   3.佐々木直 ◎      6.福井俊彦
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さらに過去50年間では5人、1962年〜1994年のとく
に大事な時期に国家の操縦桿を握っていたのは、佐々木直、前川
春雄、三重野康の3人なのです。
 政治家は選挙によって選ばれますが、日銀総裁はどのようにし
て選ばれるのでしょうか。少なくとも国民は一切それに関与する
ことはないのです。
 日銀出身者の総裁に関しては、必ず副総裁になっていることが
条件となります。その副総裁は理事から選ばれますが、日銀出身
の理事は6人しかいないのです。大学を卒業して日銀に入行する
人は毎年約60人といいますから、そのうち1人が理事になれる
ことになります。確実に総裁になれる副総裁になるのはそれこそ
大変な確率ということになれます。
 このように考えると、厳しい競争があってそれに勝ち抜かなけ
ればならないのであるから、それなりの人物が選ばれると考えて
しまいますが、日銀に限ってはそうではないのです。
 日銀トップの選抜手続きは、独裁者が後継者を選ぶのに似てい
ます。支配者は自分に忠実で目標も目的も同じくする人物にしか
権力を渡したがらないものです。
 つまり、後継者を選ぶにあたって最優先される規準は、自分へ
の忠誠度と目標を同じくするかどうかであって、必ずしも能力で
はないのです。こういう選抜方法では、かなり前から後継者は決
められており、どうしても前任者の政策を踏襲するかたちになっ
てしまうことになります。こういう人たちに日本という国家の命
運が託されてしまうのですから問題です。
 さて、バブルを作り出したのは、大蔵省出身の澄田智総裁であ
り、それを強引に潰したのは、次の総裁である三重野康総裁であ
ると一般的にいわれています。しかし、これは事実とかなり異な
る話なのです。
 澄田総裁は表向きは日銀総裁ではあったのですが、重要な決定
は三重野副総裁中心にことごとく決められており、お飾り的な存
在に過ぎなかったといわれます。
 いや澄田総裁に限らず、やはり大蔵省出身の松下康雄総裁のと
きも日銀幹部は総裁に重要な情報を流さず、政府の政策とは逆の
ことをやって、1ドル80円という事態を招いたのは記憶に新し
いことといえます。      −−[円の支配者日銀/16]

`[hEFi[.jpg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック