2022年11月15日

●「TSMC日本への誘致/真の理由」(第5854号)

 次世代半導体の国産化を目指す共同出資会社「ラピダス」の話
の続きです。実は、国(経済産業省)が主導する半導体のこのよ
うなプロジェクトは初めてのことではないのです。1999年に
NECと日立製作所が半導体メモリー事業を統合して「エルピー
ダ」という企業を立ち上げています。
 1999年というと富士通が、2001年には東芝が、DRA
M事業から撤退しています。そのような年にエルピーダは三菱電
機のDRAM事業を譲受して、国内最後のDRAMメーカーとし
て日の丸を背負ったのです。
 しかし、当時の急激な円高もあって、韓国サムスン電子などと
の競合に敗れ、2012年2月27日に会社更生法を申請し、経
営破綻してしまったのです。日本は、どちらかというと、米国の
ように、このような国家プロジェクトを運営することは、あまり
得意ではなく、ここまで何回も失敗を重ねてきています。
 今回のプロジェクトでも、次世代半導体の量産化を始めるまで
に5兆円規模の資金が必要であり、出資企業からは「これまでの
ように、金をドブに捨てることにならないよう、しっかりと今後
の展開を見ていく必要がある」という慎重な意見があることは確
かです。今回だけは失敗は許されないのです。
 1980年代の日本の半導体ビジネスは、シェアを50%を取
るなど破竹の勢いでしたが、これを潰したのは米国です。具体的
には「日米半導体協定」の存在です。この協定は1986年から
1996年まで日本を縛ったのです。この協定によって、日本は
次のような不平等ルールを守らさられたのです。
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 日本市場における外国製半導体のシェアを20%以上に高め
 ること。              ──日米半導体協定
─────────────────────────────
 当時の日本は、米国にとって安全保障をのぞく経済上の最大の
脅威であり、その締め付けは強烈であったのです。当時、外資系
半導体メーカーで日本市場を担当していた人物は「米国政府は国
家戦略で日本の半導体産業をたたいたが、それに対して当時日本
の通産省は中途半端な妥協をしてしまった」と当時のことを振り
返っています。それでは、これから日本は半導体の戦略として、
どのようにしていくべきでしょうか。
 これについて、ビジネスコンサルタントの天野眞也氏がキーマ
ンと対談する「アマノスコーブ」という企画で、東芝チーフエバ
ンジェリストの大幸秀生氏と対談をしているサイトがあります。
「エバンジェリスト」というのはIT業界の新しい職種で、IT
トレンドや技術について啓蒙する仕事を担う人のことです。この
対談のなかにヒントがあるようです。話は「半導体不足」のこと
からはじまっています。
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天野:半導体不足の解消の見通しは年内(2021年)というこ
 とですが、この先もやはりこういうことが起こって、半導体が
 なくなるとすごく困っちゃうじゃないですか。
大幸:そうですね。
天野:「こういうふうにしておけばいい」というのは、あるんで
 すか?
大幸:おお、なかなかいい質問ですね(笑)。
天野:いえいえ(笑)。
大幸:従来はマルチベンダーといって、複数の会社が国際標準み
 たいなものを作って、「ピンコンパチブル」という互換性のあ
 るものを世界に供給していたのですが、今はそれがだいぶ少な
 くなっています。
天野:寡占状態になっちゃったというお話がありましたね。
大幸:なっています。集積すればするほど専用チップになっちゃ
 うんですね。スマホ用だったら、スマホ用になっちゃうのです
 が、その中のある部分は、実はドローンに使えるとか、実はデ
 ジカメに使える、というのは当然あるんですよ。
  なので、それをむしろバラして小さな単位で汎用的に使えな
 いかと、複数のチップを1つのパッケージに封止して使う、昔
 は「SiP」(System in Package)とか、「MCM」(Multi
  Chip Module)と呼んでいて、最近は「チップレット」と呼ん
 でいる、最初にすごく高価で高機能の半導体を設計して、それ
 をいつでもバラけられるようにする、というものがあります。
 ファウンドリーができる外のパートナーがいれば、どこでも作
 れるというふうにしていこうという動きがちょっとあります。
大幸:もともとそれ(チップレット)は、AMDという会社が先
 行していました。AMDはインテルのライバルなので、インテ
 ルを横目に見ながら。ただ、最近はそれをインテルが真似しよ
 うとしているという話もあります。
天野:なるほど。ワンチップじゃなくて、全部あとからモジュー
 ルで分離できるのはすごくいいですね。
大幸:そうです。今日本に、台湾のTSMCを誘致するという話
 がありますが、実はそれが1つのポイントになっています。集
 積化のために日本と台湾は手を結ぶのではないと。シリコン上
 に1つにするのは台湾のほうが優れているし、世界中に彼らの
 パートナーはいます。台湾が日本に何を求めているかというと
 チップレットやSiPみたいに、例えば3次元構造でいろいろ
 なチップを積層しながら1つのモジュールにするという技術で
 す。これは日本が長けていると彼らは見ているんですね。
                 https://bit.ly/3Tuq5WS
─────────────────────────────
 このやりとりを読むと、今回の日本と台湾のTSMCの提携は
意義があることが読み取れます。日本はICの小さな単位をパー
ツとして作る技術に優れており、TSMCはそれらのパーツをひ
とつの半導体集積回路(IC)にまとめる技術に優れている──
これが今回のTSMCの日本誘致の裏にあるのではないかと考え
られます。      ──[ウェブ3/メタバース/030]

≪画像および関連情報≫
 ●「日の丸半導体」が凋落したこれだけの根本原因
  ───────────────────────────
  ――そもそも、半導体産業の黎明期に日本は、なぜ勝てたの
  ですか。
   1940年代後半に、半導体を発明したのはアメリカだ。
  1980年代に、そのアメリカに日本は半導体の製造で勝っ
  た。それは、1970年代に日本が新しい技術を作ったから
  だ。たとえばクリーンルームという概念を生み出した。アメ
  リカでは製造現場に靴で入っていたが、日本では清浄な環境
  で造らないと不良が出るクリーンルームを作った。半導体の
  基本特許はアメリカ発かもしれないが、LSI(大規模集積
  回路)にしたのも日本だ。私たちの先輩がゼロから切磋琢磨
  しながらやった。もう1つ大事なことがある。マーケットが
  あったことだ。
   当時、日本の大手電機はみんなNTTファミリーで、通信
  機器やコンピュータを造っていた。半導体は自社の通信機器
  やコンピュータの部門が大口顧客だった。自社のハードを強
  くするために強い半導体がいる。通信機器部門やコンピュー
  タ部門にとって、自社で半導体部門を持つメリットが、あっ
  た。各社が、よりよいコンピュータを作ろうと競い合った。
  自社の大口顧客に応えるために、半導体部門も開発に力を注
  いだ。半導体を利用する顧客が近くにいることでよいものが
  できた。それを外に売れば十分に勝てた。1980年代から
  90年代の初頭まではね。   https://bit.ly/3O2wBmg
  ───────────────────────────
大幸秀成氏と天野眞也氏の対談.jpg
大幸秀成氏と天野眞也氏の対談


posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブ/メタバース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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