米軍用機で台北の松山空港に到着しています。現職の米下院議長
の台湾入りとしては、1997年のニュート・ギングリッチ氏以
来、25年ぶりの台湾入りになります。
しかも、ギングリッチ氏のときは、事前に中国を訪問し、その
うえで台湾入りしているのに対し、ペロシ議長はアジア歴訪であ
りながら中国には寄らず、訪問先のマレーシアのクアラルンプー
ルから、直接台湾入りしていることが大きく違います。
しかし、中国としては、ギリギリ回避できると踏んでいたよう
です。それは、7月28日夜に、バイデン米大統領との電話会談
が予定されていたからです。そこで習近平主席はバイデン大統領
を説得できると考えていたようです。この電話会談で、習近平主
席はバイデン米大統領に対し、ペロシ議長の訪台を念頭に次のよ
うに厳しく警告しています。クギを刺したのです。
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台湾問題に関する中国政府と中国人民の立場は一貫しており、
中国の主権と領土の一体性を断固として守ることは、14億人以
上の中国人の確固たる意志である。中国の民意に逆らって火遊び
すれば、大やけどを負うことになる。 ──習近平主席
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しかし、米中首脳による電話会談がこの時期にセットされてい
たことが、逆にペロシ訪台を止めることができなかった原因とい
えます。もともとこの米中首脳会談は、米国としては、インフレ
を少しでも緩和するため、中国への制裁の一部解除について話し
合う予定でいたのです。中国にとってもこれはメリットのある話
であるはずです。
しかし、8月は中国にとって時期が最悪なのです。8月には、
長老たちと人事などの諸問題について話し合う北載河会議があり
それをクリアして、秋には自身の3期目を決める共産党大会が控
えているからです。
バイデン大統領としても、ただでさえ支持率が低迷しているの
で、軍が反対しているペロシ訪台を内心止めたかったに違いない
と思います。米大統領に下院議長の外遊を止める権限はありませ
んが、訪台すれば、万一の場合、中国との戦争になりかねないリ
スクがあると判断されれば、大統領は水面下でペロシ議長と交渉
し、訪台を延期するか、断念してもらうことは不可能ではなかっ
たといえます。その場合は、どんなに訪台の噂が出ていても、下
院議長の訪台計画は、はじめからなかったことにして、実行に移
さなければいいからです。
しかし、ペロシ訪台の情報は早くから表沙汰となっていたし、
時期も8月はじめに設定され、米議会がペロシ議長の訪台を全面
的に支持していたので、ペロシ議長としては、訪台をやめる選択
肢は最初からなかったといえます。
このような状況において米中首脳会談を開けば、ペロシ訪台が
テーマとならざるを得ないし、中国としては、それを厳しく警告
することになります。バイデン大統領も、習近平主席から「火で
焼かれて大やけどをするぞ!」と脅され、ペロシ訪台を断念すれ
ば、米国は中国に屈したと喧伝される結果になるので、やらざる
を得なくなります。
そして実際にペロシ議長の台湾訪問は強行されたのです。これ
について、中国分析に詳しい遠藤誉氏は、次のようにコメントし
ています。
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習氏がここまで言い、それでもペロシ氏は台湾に入った。はっ
きり言って「習近平の負け」であり、「習近平のメンツは丸つぶ
れ」である。これほどメンツをつぶされて、抗議声明だけなら、
権威が失墜する。必ず報復する。その最たるものが「台湾包囲作
戦」だ。(一部略)
台湾と中国の中間線を越えて、台湾を含む6海域。すべての流
通を遮断するので、この報復が最も重い。台湾の軍隊が人民解放
軍に一発でも報復狙撃すれば「戦争開始」になるから台湾は撃て
ない。中国は台湾の長期包囲網の予行演習をしているようだ。
──2022年8月5日発行「夕刊フジ」
/「鈴木棟一の風雲永田町」より
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バイデン米大統領、ペロシ米下院議長、習近平中国国家主席、
この3人のうち、誰が一番勝ったかといえば、ダントツにペロシ
議長です。圧勝です。
これについて、メネンデス上院外交委員長(民主党)は、米国
の台湾政策について「これまでのあいまいさを少なくする必要が
ある」とし、「台湾海峡の平和と安定を維持するための抑止力に
は、明確な言葉と行動が求められている」として、今回のペロシ
訪台を評価しています。
これに対して、復旦大学国際問題研究所長の呉心伯氏は、中国
立場に立って、次のように論評しています。
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米議会のペロシ下院議長の訪台は、中国に決定的な対米不信を
生んだ。新政権に代わろうが、長期間変わらないものになるだろ
う。7月末の中米首脳協議で習近平(シーチンピン)国家主席は
バイデン大統領に台湾問題での懸念を伝えた。中国はバイデン氏
がペロシ氏を説得してくれると信じていた。
しかし期待は裏切られた。明確になったのは、バイデン氏には
国内政治をコントロールする意思も能力もないということだ。い
くら中米関係で前向きな発言をしても、もはや彼には何の期待も
できない。米国は確かに三権分立の制度を採っているが、外交は
行政府、つまり大統領に責任がある。バイデン氏とペロシ氏は同
じ党に属している。バイデン氏の説得工作が十分でなかったこと
は明らかだ。 ──2022年8月5日付、朝日新聞デジタル
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──[新中国論/015]
≪画像および関連情報≫
●緊張激化を承知で訪台強行、ペロシ氏の評価は?
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【ワシントン=吉田通夫】注目された台湾訪問を終えたペロ
シ米下院議長。威圧を強める中国に屈することなく台湾をは
じめとする民主主義国家を支援する姿勢を示したことで評価
を高めた一方、中国との間で緊張が高まることを知りながら
訪台を強行したことに疑問の声も上がっている。
ジャンピエール米大統領報道官は3日の記者会見で、「議
長の訪台は前例があり、中国政府が台湾海峡やその周辺で攻
撃的な軍事活動を強化する口実にはならない」と従来の米政
府の立場を繰り返し、中国に自制を求めた。
だが中国は、ペロシ氏の訪台計画が報じられた7月中旬か
ら厳しい対抗措置をとると通告。米国家安全保障会議(NS
C)のカービー戦略広報調整官が2日の記者会見で、中国側
の大規模な演習を「事前の予想通り」と述べたことからも分
かるように、強い反発を予期していた。それでも政治家キャ
リアの集大成として訪台を熱望するペロシ氏をバイデン政権
は止められず、中国政府に台湾への圧力を強めるための口実
を与える形となった。
米シンクタンク大西洋評議会のシャーリー・ハーギス氏は
ペロシ氏が中国の威圧に屈することなく訪台したことで「民
主主義を支持し独裁主義に反対するという、レガシーを築い
た」と評価した一方、「中国との緊張を不必要に高め、われ
われを(ロシアが侵攻する)ウクライナと台湾という二面戦
争に位置付けたかもしれない」と懸念も示す。
https://bit.ly/3OXVa2M
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台湾入りしたペロシ下院議長