2022年06月22日

●「7月に黒田支持派を切り崩す策略」(第5756号)

 今週のメディアは「黒田日銀総裁論」一色です。6月16日〜
17日開催の金融政策決定会合で、金融緩和継続を決めた黒田総
裁の判断を巡って賛否両論があります。これは、経済というもの
を知る良い機会でもあるので、黒田総裁の判断の是非について引
き続き考えたいと思います。
 そもそも黒田東彦日銀総裁とはどういう人物なのでしょうか。
 黒田氏は、東京教育大付属駒場中学・高校から、東大法学部を
経て、大蔵省(現財務省)に入省しています。いわゆる秀才コー
スですが、黒田氏は若くして度胸が据わっていて、エリート官僚
らしからぬ人物だったようです。
 1989年のことです。この年に消費税が創設されていますが
その年の参院選で自民党は大敗を喫し、過半数割れに追い込まれ
ています。この参院選で、土井たか子委員長が率いる社会党が躍
進し、マドンナ旋風といわれたのです。「山が動いた」のです。
 自民党敗北の原因は、消費税だけではなく、リクルート事件や
宇野宗佑首相の女性問題など、いろいろあって、自民党に逆風が
吹いたのです。
 このとき、大蔵省主税局の官僚たちは消費税が廃止されると右
往左往していましたが、当時大蔵大臣秘書官だった黒田氏は、そ
ういう官僚たちに対し、「動ずることはない。廃止されることは
ない」といっていたそうです。その頃から、黒田氏は将来の次官
候補の一人として、注目される存在になっていったのです。
 日本の金融機関破綻が相次いだ金融危機のさなかの1999年
に黒田氏は、大蔵省内ナンバー2といわれる財務官に就任し、通
貨政策を担うことになります。この頃の黒田氏は、あまり目立つ
存在ではなかったようです。前任者の「ミスター円」といわれる
榊原英資氏の存在が大きかったからです。
 なぜ、榊原氏が「ミスター円」といわれるようになったかです
が、1995年当時、「1ドル=79円」まで進んだ超円高を前
例のない巨額介入によって解決した手腕が買われたのです。黒田
氏は、この榊原流の大胆さから学んで、「異次元金融緩和」に踏
み切ったのではないかといわれています。その榊原英資氏も今回
の黒田氏の判断は正しいと支持しています。
 黒田氏は省内少数派の金融緩和論者であり、次期日銀総裁の候
補に名前が挙がっている伊藤隆敏・コロンビア大学教授と金融緩
和について共同論文を提出しています。さらに2002年、黒田
氏は、インフレ目標など非伝統的な金融政策採用を訴える論文を
元アジア開発銀行研究所長で東大名誉教授の河合正弘氏と共に発
表しています。
 それから、10年後のことですが、これらの論文がきっかけと
なって、当時野党だった自民党の安倍晋三総裁の目に止まり、首
相となった安倍氏が当時財務官僚の「天下り指定席」といわれる
国際機関「アジア開発銀行総裁」をしていた黒田氏を日銀総裁に
任命し、黒田理論を全面的に取り入れたアベノミクスがはじまっ
たのです。これについて財務省は「次官でない人物が日銀総裁に
なる人事は前例がない」という、どうでもいい理由で最後まで反
対の姿勢を貫いていたといわれます。
 岸田首相は、安倍/菅時代の経済路線を転換して、自前の経済
政策を進めたいと考えています。その肝心の自前の「新しい資本
主義」は何のことか、一向に見えてきていませんが、要するに、
財務省主導の路線に戻そうとしているのです。だから「財務省の
犬」といわれるゆえんです。
 岸田首相は、今回の黒田発言を「失言」とみなし、参院選の終
了後の7月20日を反転攻勢の日と定めているようです。これに
ついて、『週刊ポスト』7月1日号は次のように書いています。
─────────────────────────────
 天王山とみられているのは7月20日の金融政策決定会合だ。
 岸田内閣は国会同意人事で、7月に任期が切れる2人の日銀審
議委員の1人に財務省に近い金融緩和慎重派″のエコノミスト
を指名した。これによって日銀政策決定会合の勢力は、黒田路線
支持派(4人)と慎重派(5人)が逆転することになる。
     ──2022年6月20日発売/「週刊ポスト」より
─────────────────────────────
 しかし、黒田総裁の意見に反対する新任の日銀審議委員の就任
は、7月22日付であり、7月の金融政策決定会合が開かれるの
は、その2日前であるので、黒田支持派が優位の状態で会合が開
催されることになります。
 しかし、岸田首相は、黒田総裁の来年の退任後も残る日銀審議
委員に働きかけて、7月の会合において、黒田総裁に「NO」を
突き付けるよう説得しようとしているようです。官邸と財務省は
8月末が来年度予算の概算要求の締め切りであるので、何とか7
月の決定会合で金融政策を変更させたいと考えている──このよ
うに『週刊ポスト』は書いています。つまり、岸田政権は、黒田
総裁の首を取ろうとしているようです。
 どのように考えても、現在の日本の経済の状況では、ここは黒
田総裁のいうように、金融緩和を続けるしかないと思います。そ
してそれによる物価上昇に対しては、思い切った財政出動をし、
消費税の減税などを行うべきです。しかし、何が起ころうと、財
務省に支配されている岸田内閣は、減税、まして消費税の減税は
絶対にやらない方針です。
 ここで日銀が利上げに動くと、それは金融引き締めを意味する
ことになり、経済状況はさらに悪化し、デフレはさらに深化しま
す。しかし、それが財務省の思うツボなのです。財務省は経済と
いうものがわかっていない。デフレの最中に緊縮財政をする──
無茶苦茶です。もちろん、参院選が終わると、黒田総裁の首切り
だけではなく、高市早苗政調会長をはじめとするアベノミクス支
持派を人事で外し、「反アベノミクス政権」を築くつもりのよう
です。岸田首相は、周辺に次のように漏らしています。「参院選
に勝てば人事は好きなようにやらせてもらう」と。
              ──[新しい資本主義/112]

≪画像および関連情報≫
 ●黒田総裁発言の騒動が示した「リフレ派の終わり」
  ───────────────────────────
   黒田東彦・日本銀行総裁は6月6日、東京都内で講演し、
  商品やサービスの値上げが相次いでいることに言及したうえ
  で「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」と述べ
  これを持続的な物価上昇を実現するための「重要な変化」と
  形容した。これがたいへんな批判を浴びて、8日に黒田総裁
  が撤回したことは大々的に報じられているとおりである。
   しかし、この発言は予定稿どおりの発言であり、黒田総裁
  による「失言」というのは正確ではなく、純粋に描写が政治
  的配慮を欠いた、ラフに言えば民意との齟齬があったという
  事案と言える。
   擁護するわけではないが、発言はこれまでの政策姿勢と何
  ら矛盾しない。2013年以降、アベノミクスの名の下でリ
  フレ政策が目指したのは拡張的な財政・金融政策により日本
  の民間部門(とりわけ家計部門)の粘着的なデフレマインド
  を払拭し、インフレ期待を底上げしようというものだった。
  それは物価上昇(ラフに言えば値上げ)が普通に行われる社
  会を目指すということでもあった。
   物価上昇を起点に賃金上昇も起こり、景気も回復する――
  物価上昇が「原因」で景気回復が「結果」というリフレ派と
  呼ばれる人たちの思想は、筆者などエコノミストの一部から
  は明らかに倒錯していると指摘されたが、その政策思想を民
  意を受けているはずの国会議員の多くが熱狂的に支持したの
  が9年前だ。そして、現在、世界的にインフレ懸念が高まろ
  うとも緩和路線を続けて、円安に躊躇することなく指値オペ
  で金利を抑え続けるという黒田体制の路線は、是非は別にし
  て、一貫性がある。       https://bit.ly/3tLXzFY
  ───────────────────────────
黒田東彦氏/榊原英資氏.jpg
黒田東彦氏/榊原英資氏
posted by 平野 浩 at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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