ある──MMTにおける税の考え方です。しかし、主流派経済学
では、税金はあくまで「財源確保の手段」であり、政府が何かを
支出するには、それに対応する財源が必要であり、税による財源
の確保が必要であるという考え方です。
これは、家計の考え方とまったく同一です。したがって、政府
といえども、税収(収入)を上回る歳出(支出)を続けることは
好ましいことではないと考えます。
しかし、現実は少し違うのです。ステファニー・ケルトン教授
の本に、2019年の上下両院に軍事費を増額させる法案を成立
させたときのいきさつが次のように出ています。
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たとえば軍事費だ。2019年、上下両院は、軍事費を増やす
法律を通過させた。これによって2018年度に承認した金額を
800億ドル上回る、7160億ドルの支出が認められた。この
支出をどのようにまかなうかという議論は一切なかった。増加分
の800億ドルをどこから調達するかなど、誰も尋ねなかった。
政府の追加支出をまかなうために、政治家は増税もしなければ、
預金者から800億ドルを追加で借り入れることもしなかった。
議会は持ってもいないお金を支出すると約束したのである。それ
ができるのは、米ドルに対して特別な権限があるからだ。
──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
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ここでもう一度MMTが立脚する「信用貨幣論」のことを思い
出していただきたいのです。これについては、2月24日のEJ
第5677号以降で述べています。ここで製造原価がわずか20
円でしかない1万円札が、なぜ1万円としての価値を持つかは、
それで税金が支払えるからであると国家が認めるというのが「信
用貨幣論」の考え方です。
ここで「モズラーの逸話」について話をする必要があります。
「モズラー」というのは、MMTの創始者といわれるウォーレン
・モズラー氏のことです。この逸話については、EJでは別のテ
ーマのときに紹介しているのですが、簡単に再現します。
モズラー氏は、子供たちが一向に家事を手伝わないことに不満
を持っていたのです。そこでモズラー氏は、ある日、子供たちに
対して、家事を手伝ったら、その手伝いの度合いに応じて、パパ
の名刺をあげると、宣言します。しかし、子供たちは、それでも
一向に家事を手伝わなかったのです。
子供たちの意見はこうです。「パパの名刺なんか欲しくないか
ら」です。モズラー氏は「モズラー・オートモーティブ」という
ヘッジファンドを設立した投資家であり、ビジネスマンであれば
名刺を欲しがったかもしれませんが、子供にとってはパパの名刺
をもらっても何の意味がなかったからです。
そこでモズラー氏は一計を案じます。子供たちに対して次の宣
言をしたのです。「月末に30枚の名刺を納めることを義務付け
る。もし、名刺を納めないと家から追い出すぞ」と。びっくりし
た子供たちは、目の色を変えて家事の手伝いをして名刺を集める
ようになったのです。パパの名刺が子供たちにとって、急に価値
を持つようになったからです。
あり得ない話ですが、これが「モズラーの逸話」です。この逸
話から、次の3つのことが導けます。
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@納税より先に政府支出がある
A納税により貨幣は価値を持つ
B租税は「財源」ではないこと
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第1は「納税より先に政府支出がある」です。
モズラー氏は、家事の手伝いをした子供たちに対して名刺を渡
しています。これは公共事業を行った業者に対して、お金を支払
うのに似ています。子供たちがパパに名刺を渡すという納税相当
の行為を行うのはその後のことです。
第2は「納税により貨幣は価値を持つ」です。
納税によって貨幣は価値を持つようになります。名刺自体は子
供たちにとって価値がないのと同様に、紙幣もただの紙切れであ
り、価値がないのですが、それによって納税ができることによっ
て価値を持つのです。
第3は「租税は『財源』ではないこと」です。
モズラー氏自身が自分の名刺を欲しがらないように、政府も紙
幣自体が欲しいわけではないのです。名刺にせよ、紙幣にせよ、
印刷すれば、済む話だからです。租税を徴収しなかったとしても
政府は紙幣をいくらでも印刷できるからです。(参照:井上智洋
著/『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社選書メチェ)
この3つのうち、「納税より先に政府支出がある」は、MMT
にとって、きわめて重要です。これを「スペンディング・ファー
スト」といいます。主流派経済学では、最初に租税があって、そ
れを財源に政府支出を行うと考えるのに対して、MMTでは、最
初に政府支出があって、国民は、それによって手に入れたお金を
使って納税を行うのです。
つまり、次の2つのモデルがあるのです。
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「税金+借金」→「政府支出」 ・・ 家計と同一のモデル
「政府支出」→「税金+借金」 ・・ 通貨発行体のモデル
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上のモデルは、家計と同一のモデルであり、下のモデルは、通
貨発行体モデルです。主流派経済学の考え方として考えても、常
識として考えても、家計と同一モデルに立脚するのが、正しいと
考えます。しかし、じっくりと考えてみると、やはり、ファース
トスペンディングが正しいということになるのです。
──[新しい資本主義/第053]
≪画像および関連情報≫
●MMTで出てくる『税は財源では無い』の意味
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ぶっちゃけ、MMT(現代貨幣理論)は理論を名乗っては
いるが、基本骨子にあるものは極めて単純な現実観察であり
リンゴが地面に落ちるのを、単にリンゴが落ちたと見たまま
を述べているだけである。古典派の連中が、地球は平らで端
は滝になっているとか言うのに対して「地球一周してみたけ
ど、滝なんて無かったぞ」と述べているだけなのだ。MMT
が観察したものは簿記会計だとか実際の予算の執行である。
経済学というのは現実なんて全く見てきていなかったのだ。
経済学という代物が、市井の人に植え付けてきた固定観念
には誤りが非常に多く。そして、多くの人はそういう色眼鏡
を掛けている事に気が付かない。仮に指摘したとしても、本
当に付けている実感が無いので、素朴に誤った前提で反論し
てくる。今回はどういう色眼鏡があるのかを解説しつつ『税
は財源では無い』の意味を判りやすく解説する。
色眼鏡1:政府は支出するために、資金を調達しなければな
らない。
MMTは『税は財源では無い』と述べる。コレには色々な
意味があるが、コレを聞くと、「予算として使用されている
だろ?」と普通の人は考える。政府は支出するために資金を
調達しなければならないという前提だ。だが、実際の予算の
執行を考えると、そもそも歳入を歳出に使うのは『不可能』
な事に気が付く。コレをMMTではスペンディングファース
トと呼ぶ。政府は収入が入る前に支出しているのだ。何かと
言うと極めて単純な話だ。 https://bit.ly/3IpjV4w
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ウォーレン・モズラー氏