文に目を向けてみます。この財務次官は何か大きな勘違いをして
いるように思うからです。
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我が国の財政赤字(一般政府債務残高/GDP)は256・2
%と、第2次大戦直後の状態を超えて過去最悪であり、他のどの
先進国よりも劣悪な状態になっています。ちなみに、ドイツは、
68・9%、英国は103・7%、米国は127・1%。
(中略)
国内に目を転じれば、これはあくまでもマクロで見た数字です
が、家計も企業もかつてない金余り″状況にあります。特に企
業では、内部留保や自己資本が膨れ上がっており、現預金残高は
259兆円(2020年度末)。コロナ禍にあっても、マクロ的
には内部留保のうちの現預金が減っていません。
また家計においても、マクロ的には、全世帯を所得階層別に5
分割したうち、最も低い所得階層を含む全ての階層で貯蓄が増え
ています。 ──矢野康治財務事務次官著
『財務事務次官、モノ申す/このままでは国家財政は破綻する』
『文藝春秋』/2021年11月号
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矢野次官は、「家計も企業もかつてない金余り″状況」にあ
ると指摘しています。こんなときに究極のバラマキ″政策であ
る10万円給付などやっても貯蓄が積み上がるだけであり、消費
に回らないと批判しています。
「最も低い所得階層を含む全ての階層で貯蓄が増えている」と
いうことは、2月14日のEJ第5670号で指摘しているよう
に事実です。しかし、これは「経済の先行きが不安で心配」であ
るからこそ、貯蓄が増えているのです。金が有り余っているから
消費をしないのではないのです。しかし、何か矢野次官のロジッ
クはおかしいのです。
中野剛志氏と記者の対話に次のようなやり取りがあります。
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中野:自国通貨発行権をもつ政府は、原理的にはいくらでも国債
を発行することはできますが、財政赤字を拡大しすぎるとハイ
パーインフレになってしまいます。だから、財政赤字はどこま
で拡大してよいかと言えば、「インフレが行きすぎないまで」
ということになります。したがって、財政赤字の制約を決める
のはインフレ率(物価上昇率)だということになります。
――やはり、「財政規律は必要である」と聞いて、ちょっとホッ
としました。
中野:そうですでよね(笑)。ところで、ここで不思議なことに
気づきませんか?
――なんでしょうか?
中野:財務省も主流派経済学者もマスコミも、「日本の財政赤字
が大きすぎる」と騒いでいますよね?しかし、財政赤字が大き
すぎるならば、インフレが行き過ぎているはずです。ところが
日本はインフレどころか、20年以上もデフレから抜け出せず
に困っているんです。おかしいと思いませんか?
――たしかに・・・。
中野:つまり、日本がデフレだということは、財政赤字は多すぎ
るのではありません。少なすぎるんです。
――財政赤字が少なすぎる・・・。驚くべきお話ですが、理屈と
してはそうなりますよね。 https://bit.ly/3HNEJmg
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GDP比256・2%の財政赤字──これが非常に問題である
と財務省はいうのですが、本当にそうであるなら、日本はインフ
レになっているはずです。ところが、日本はインフレどころか、
デフレに陥っているのです。
ところで、デフレとは何でしょうか。
第2次世界大戦後において、世界中の国の経済政策担当者が最
も恐れていたのがデフレです。ところが日本は、1991年頃に
バブルが崩壊してデフレに陥り、30年経った現在でも、デフレ
から抜け出せていません。第2次世界大戦後、世界で初めてのデ
フレ禍です。しかも、デフレは日本だけです。
国の経済政策担当者といえば財務省です。現在の日本の経済状
況は、社会の成熟、産業構造の変化、少子高齢化といった要因で
は説明できないのです。しかし、財務省の事務方のトップである
財務次官の財政に関する考え方が、図らずも今回の論文で明らか
になりましたが、この考え方ではデフレを深めるだけで、そこか
ら脱却することはとうてい不可能です。
なぜ、日本は異常なほど貯蓄が多いのでしょうか。
それは、デフレと関係があります。デフレは、経済全体の需要
(消費と投資)が、供給に比べて少ない状態が続く現象です。需
要がないということは、ものが売れない状況が続くということを
意味します。つまり、デフレは、物価が下落していくことですか
ら、裏返していえば、お金の価値が上がっていくということを意
味します。デフレとは、持っているお金の価値が上がっていく現
象なのです。
そのため、デフレになると、人々がモノよりもおカネを欲しが
るようになります。したがって、デフレになると、消費者であれ
ば、モノを買うのを我慢して貯金するでしょうし、企業であれば
投資をして事業を拡大するよりも、内部留保として現預金を貯め
込むことをしようとするはずです。つまり、現在日本に起こって
いることは、デフレが長期化した結果であるといえます。
ところが財務省の矢野次官は、財政赤字の危機を訴えるだけで
デフレから脱却しようと努力しようとしていないのです。財政赤
字の巨大さを訴えるだけでなく、積極的な財政出動をしてデフレ
からの脱却を図るべきです。財務省は財政赤字の大きさに怯える
のではなく、むしろさらに拡大させるべきです。
──[新しい資本主義/第041]
≪画像および関連情報≫
●政府の1000兆円の借金はどうやって減らすのか?
伊藤元重氏
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日本の財政問題についてさまざまな議論が行われています
が、全ての議論の冒頭、背景にあるのは、日本はすでに10
00兆円を超えた借金を抱えていることです。これはもう返
済する以外にどうにもなりませんから、何とか返済しなくて
はならない。このことがある意味で、財政健全化、財政再建
の危機感を煽っています。
確かに、政府が厖大な借金を抱えていることは大きな問題
です。借金の返済と金利を払うためだけに財政支出の一部を
取らなくてはなりませんから、それだけで財政が窮屈になっ
てしまいます。しかし、それ以上に多くの専門家が恐れてい
ることは、将来、日本の財政に対する不安感が募り、マーケ
ットの信任の揺らぎが起こったとき、国債の金利が上がって
しまうかもしれないということです。
現在、日本の10年物国債の金利は0.5パーセント前後
ですが、仮にこれが2.5パーセントまで、2パーセントポ
イント上がるとすると、1000兆円の2パーセントの金利
負担になります。大変な額になるわけです。もちろん金利が
上がったからといって、すぐに金利負担が増えるわけではあ
りません。過去に発行した国債はすでに金利が決まっており
新たに発行する分だけ金利が上がるのですから。しかし、金
利が上がってくると財政が厳しくなることも確かですから、
できるだけ早くこうした状況を脱却しなければならないとい
う議論になっているのです。 https://bit.ly/3tsFFqL
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各国名目GDP推移