なった矢野康治現財務次官の作った言葉だそうです。「ワニのく
ち」とは、歳入(税収)と歳出の差が、ワニのくちのように開い
ていることを例えたものです。矢野財務次官は『文藝春秋』20
21年11月号で、次のように述べています。
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歳出と歳入(税収)の推移を示した2つの折れ線グラフは、私
が平成10年ごろにワニのくち″と省内で俗称したのが始まり
ですが、その後、四半世紀ほど経っても、なお、「開いた口が塞
がらない」状態が延々と続いています。
ロスト・デケイズ≠ニも呼ばれるバブル崩壊後の20年ほど
の間は、「財政再建は時期尚早だ。もっと経済がよくなってから
だ」という声が強く、財政健全化の議論が、先送りされがちでし
た。今、標梓されている「経済最優先」も、要するに財政再建は
後回しということです。
急激すぎる財政再建が経済の腰折れを招きかねないという懸念
ばごもっともですが、日本の財政は(景気がよくても赤字のまま
という)「構造赤字」であり、いわゆるバブル期(1990年前
後)でも、ワニのくちは狭まりはしたものの、歳出と税収が逆転
する(黒字になる)ことはありませんでした。また、安倍政権下
で有効求人倍率が1・6を超えるほどのいわゆる完全雇用状態の
下でも、黒字にはなりませんでした。
ですから、「経済成長だけで財政健全化」できれば、それに越
したことはありませんが、それは夢物語であり、幻想です。
──矢野康治財務事務次官著
『財務事務次官、モノ申す/このままでは国家財政は破綻する』
『文藝春秋』/2021年11月号
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矢野財務次官は、東京大学法学部出身の官僚の多い財務省では
珍しく、一橋大学経済学部の出身です。一応経済に関しては専門
家であるわけです。
「わにのくち」を閉じるには、要するに税収の範囲内で国家運
営をやるのが正しいという考え方に立つ必要があります。いわゆ
るプライマリーバランスもそれと同じ考え方です。
しかし、これは家計の発想です。国家の財政運営を家計のそれ
に例えています。なぜなら、家計では、収入の範囲内で生活をせ
ざるを得ないからです。
ここで「国債」というものについて、根本から考え直してみる
必要があります。
国債とは何でしょうか。
国債とは「政府の借金である」といわれます。しかし、これが
ときどき「国の借金である」という意味にも使われますが、正し
くは「政府の借金」です。国ではありません。
問題は「借金」という言葉です。「借金」という言葉はイメー
ジがよくないのです。個人の生活では、借金は、あくまで返済で
きる範囲内でするべきであり、もちろん、約束の期日には、きち
んと返済する必要があります。したがって、国家であれ、政府で
あれ、借金を膨らませるのは良くないことであるという発想につ
ながります。
しかし、この考え方を改める必要があります。これについて、
高橋洋一氏は「政府の借金」を「個人の借金」ではなく、「企業
の借金」と捉えるべきであるとして、次のように述べています。
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国債を理解するには、「政府」を「企業」に置き換えて考えて
みるとわかりやすい。「個人」ではなく、「企業」というところ
がポイントである。
世の中には「無借金経営」だと胸を張る企業もあるようだが、
先祖代々の莫大な資産でもなければ、自己資金だけで起業などで
きない。だから、たいていの企業は銀行から金を借りる。起業し
たあとも、ずっと金を借りるのが普通だ。そのお金で設備投資な
どをして、商売を広げるためだ。新しい機械を入れたり、自社ビ
ルを建てたりするわけである。
そして、いろんな企業が銀行からお金を借りて商売を広げるほ
ど、取引が多くなる。要はお金が多くやりとりされ、経済が活性
化する。ここで「借金はダメだから、銀行から融資を受けない企
業のほうがいい企業だ」と考える人がいたら、その人は企業活動
の何たるかをまったく理解していないことになる。これでは、経
営者が、すべて悪人になってしまう。 ──高橋洋一著
『新・国債の真実/99%の日本人がわかっていない』
あさ出版
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一般企業は、株式会社であれば株を発行し資金を調達(自己資
本)します。それでも足りなければ、銀行借入や社債を発行(他
人資本/いわゆる借金で、政府でいえば、国債発行による資金調
達)して、経営を行います。何も問題はないはずです。
「歳出」(出ていくお金)は、社会保障、公共事業、防衛、文
教及び科学振興などであり、国債費というものもあります。いず
れも私たちの生活にかかわる必要な出費です。
「歳入」(入ってくるお金)は、次の2つに分かれています。
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@税 収
A公債金
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@税収については説明の必要はありませんが、A公債金という
のは、国債の発行額のことです。税収だけでは足りないので、発
行する国債の額を明示しているのです。この公債金の欄には、実
は財務省は「将来世代の負担」と注釈を入れています。財務省と
しては、あくまでも「国債発行は悪」というイメージを植え付け
ようとしているのです。増税への布石です。
──[新しい資本主義/第038]
≪画像および関連情報≫
●日本国債がそれでも持ちこたえているカラクリ
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新型コロナウイルスの世界的なパンデミックによって、世
界経済が停滞している。各国政府は国民を救うため、これま
での財政均衡の姿勢を崩し、集中的な財政支出を一斉に始め
た。IMF(国際通貨基金)の調べによると、各国政府によ
る新型コロナによる経済対策の総額は、10兆ドル(約10
70兆円)に達しているようだ。6月10日現在の数字では
あるが、世界の国内総生産に占める財政支出総額の割合は、
リーマンショック時の2倍以上になるのではないかと試算さ
れている。
アメリカでは、総額で約3兆ドル(約320兆円)に達す
る財政支出が計画されており、EU(欧州連合)でも、コロ
ナで打撃を受けた国々を支援する総額7500億ユーロ(約
90兆円)規模の「復興基金」の創設が決まった。
お金を必要としているのは政府だけではない。企業もまた
ストップしてしまった収入を社債の発行などによって賄う必
要があり、今年4月の世界の社債発行額は、1980年以降
で最高、過去10年の月平均の2・2倍となる6314億ド
ル(約67・5兆円)になったと報道されている。アメリカ
も含めてゼロ金利政策が行われている現在、金利の負担はな
いものの、世界中で国債や社債が発行されている状況は、こ
れからの世界経済に大きな歪みをもたらすかもしれない。
https://bit.ly/3hJd8YR
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矢野康治財務事務次官