論争に戻ります。中野氏は矢野論文には3つの問題点があると考
えていますが、それらの問題点とは次の通りです。
─────────────────────────────
第1は、日本財政の破綻を懸念するというこの論文発表自体が
日本財政の信認を毀損しているということ。
第2は、「このままでは財政破綻する」というメッセージを発
したのに、マーケットが無反応だったこと。
第3は、インフレの問題が重要であるが、これについて、矢野
論文においてはまったく触れていないこと。
─────────────────────────────
この論争においては、中野剛志氏が積極的に自分の意見を述べ
ているのに対して、小林慶一郎氏は、一歩引いて議論しているよ
うに感じます。正面切って議論しようとしていないのです。
一番意見がぶつかったのは、国債をどのように捉えるかという
点です。小林氏が「国債は将来世代からの前借りで、いずれその
金は返さなきゃいけない。これまでのように日銀が買い支えられ
るうちはいいけど、もし将来において、例えば制御できないよう
なインフレが起きたら、将来世代への大きな負担を残すことにな
る」と強調したのに対して、中野氏は「制御できないインフレな
ど起きない」としたうえで、「国債は将来の増税で償還しなきゃ
いけないと思い込んでいるから、『将来世代へのツケ』だと誤解
する。国債の償還は、増税ではなく、現行の借換債の発行によっ
て行うべきである」と反論しています。
この論点について、小林氏は「国債の償還は本来なら借換債で
すべきではない」と強調し、「そんなことができるなら、国家運
営に税は不要ということになるので、同意できない」と強く反対
しています。それ以降の論争です。
─────────────────────────────
中野:与野党の政治家たちは、こうした論点を踏まえた上で積極
財政を唱えているわけです。ですから矢野さんが、「やむにや
まれぬ大和魂」で彼らを批判するなら、先ほどの三つの点に論
理的に反論すべきなんです。とくに2019年にMMT(現代
貨幣理論)が話題となり、「自国通貨を発行できる政府は財政
赤字を拡大しても債務不履行になることはない」と主張して、
大論争になったわけです。
ところが矢野論文は、自国通貨建て国債の性格についても、
金利についても、インフレについても、反論どころか言及さえ
していない。それで、政治家を「バラマキ合戦」呼ばわりです
から、これは相当レベルの低い議論ですよ。
─────────────────────────────
議論はここで終わっています。この中野剛志氏の発言に対する
小林氏の反論は、掲載されていません。したがって、矢野論文に
対する議論はきわめて中途半端なものに終わっています。
発言から、小林氏と中野氏の違いをいうと、インフレに関して
の主張が異なります。政府の借金がこのまま増加し続けると、制
御できないインフレになる」と主張する小林慶一郎氏に対して、
中野氏は「制御できないインフレなど起きない」と逆の主張をし
ています。
小林慶一郎氏は、この論点に対して、別の企画のMMTに対す
る討論のなかで、次のように述べています。この討論には、MM
Tの提案者であるニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン
教授も参加しています。
─────────────────────────────
主流派の経済理論とMMTとの違いは、政府の債務膨張を深刻
な問題ととらえるかどうか、にある。主流派は国内総生産(GD
P)に対する政府債務の比率が高くなりすぎると、やがて国債価
格が暴落し、貨幣価値が下落するハイパーインフレが起きると警
戒する。
一方、MMT論者は、自国通貨建てで国債を発行する主権国家
は、決して破綻せず、政府債務を問題にする必要はないと主張す
る。私は主流派の理論をもとに政府債務の問題をとらえ、日本の
政府債務がこのまま膨張し続ければ、安定した経済環境を維持で
きなくなると警鐘を鳴らしてきた。MMT論者は財政支出を増や
す過程でインフレが起きそうになったら対策を打てばよいという
が、政府債務が大きいときに金利を上げたら財政への信認が失わ
れる。それを防ぐために日銀が国債を買えば、今度はインフレを
抑えられない。 ──小林慶一郎氏
https://s.nikkei.com/3uLYWpn
─────────────────────────────
MMT論者は、自国建て国債が発行できる国であれば、いかに
政府債務が積み上がっても、それによって財政破綻が起きること
はないが、インフレには警戒すべきであるといいます。これに関
してMMTの強力な提唱者であるニューヨーク州立大のステファ
ニー・ケルトン教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
政府が支出を考える際、制限となるのは財源ではない。インフ
レが起きるかどうかだ。誤解があるが、MMTはいくらでも通貨
を発行すればよいというのではない。通貨を発行する政府があら
ゆるレベルの支出を承認できるということだ。
日本が完全にMMTを実践しているわけではないが、MMTが
数十年間主張してきたことが正しいと証明しているのが日本だ。
財政赤字が自動的な金利上昇につながるわけではないし、量的緩
和も機能している。MMTについては、どのようにインフレを避
けるのかという批判が強い。ただインフレを生もうと20年間苦
心している日本がインフレの回避法を考えるのはおかしなところ
もある。 ──ステファニー・ケルトン教授
https://s.nikkei.com/3uLYWpn
─────────────────────────────
──[新しい資本主義/第028]
≪画像および関連情報≫
●MMT「インフレ制御不能」」批判がありえない理由
───────────────────────────
去る2019年4月2日に寄稿した論考「異端の経済理論
/MMTを恐れてはいけない理由」で、筆者はMMT(現代
貨幣理論)が、日本で一大ムーブメントを起こすかについて
「残念ながら、筆者は悲観的である。権威に弱く、議論を好
まず、同調圧力に屈しやすい者が多い日本で、異端の現代貨
幣理論の支持者が増えるなどということは、想像もつかない
からだ。そうでなければ、20年以上も経済停滞が続くなど
という醜態をさらしているはずがない」と予測した。
実際のところは、国会でMMTが頻繁に論議されるように
なり、また、自民党などの一部にMMTを支持あるいは研究
しようという動きが予想以上に出てきた。
その一方で、政策当局(財務大臣・日銀総裁など)は、M
MTを一蹴しており、マスメディアに登場する学者・評論家
・アナリストの大半もまた、MMTを批判を展開している。
やはりMMTは、「異端」の烙印を押されたままである。
典型的なMMT批判というのは、次のようなものである。
「(財政赤字を拡大させれば)必ずインフレが起きる。(M
MTの提唱者は)インフレになれば増税や政府支出を減らし
てコントロールできると言っているが、現実問題としてでき
るかというと非常に怪しい」 MMT批判のほとんどは、こ
のような「インフレを制御できない」というものに収斂して
いる。 https://bit.ly/34W673p
───────────────────────────
ステファニー・ケルトン教授