2022年02月10日

●「国債供給過多なのに金利が下がる」(第5669号)

 矢野康治財務次官にとって一番ショックだったのは、論文が発
表されても、マーケットがまるで反応しなかったことでしょう。
財政を掌る一国の財務次官がタブーを破ってまで、「日本は、こ
のままでは、タイタニックのように巨大な氷山にぶつかって破綻
する」とまでいっているのに、実際にはマーケットはピクリとも
反応していないのです。
 もし、矢野次官のいっていることが本当のことなら、発表直後
に長期金利(10年物国債金利)が跳ね上がってもおかしくない
はずです。しかし、金利は0・1%に満たない状態のままです。
これは日本が財政破綻に向かっていないことを意味しています。
どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
 添付ファイルのグラフを見てください。これは、財務省のウェ
ブサイトに出ているもので、「利払費と金利の推移」をあらわし
たものです。
 まず、棒グラフは、国債の残高をあらわしています。よく知ら
れているように、1975年から2020年まで、国債の残高は
右肩上がりで上昇を続けています。どうしてこうなるのかという
と、償還期日のきた国債は、そのつど同額ないし一部の借換債を
発行して償還されるからです。
 しかし、これとは対照的に金利(国債利回り)は低下の傾向を
たどっています。国債利回りは国債価格とは逆の動きをします。
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    国債利回りの上昇 ─→ 国債価格の値下がり
    国債利回りの下落 ─→ 国債価格の値上がり
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 普通は、モノの供給を増やすと、需給が悪化して、値段は下が
るものですが、国債の場合はたくさん発行するほど、値段は高く
なるのです。
 国債は政府の借金です。もし家計(個人)や企業が多額の借金
をすると、それに応じて信用は下がります。借金が返済できず、
借り換えをすると、貸し手は貸し倒れリスクを考えて、金利を高
くします。したがって、借金が増えるほど金利は上昇し、返済が
困難になります。しかし、日本政府の場合は、借金が増えるほど
信用力が高くなり、金利が下がっているのです。グラフによると
確かに金利は一貫して下がっています。その結果、利払い費も下
がっているのです。
 なぜ、利払い費まで下がるのでしょうか。
 それは、金利が低下しているからです。国債は償還日がくると
償還する金額の借換債が発行され、償還されますが、これは、過
去に発行された金利の高い国債が金利の低い国債に置き換わるこ
とを意味します。これによって、金利負担が軽減され、利払い費
が安くなるというわけです。
 この場合、最大の問題は、なぜ、借換債で国債を償還するのか
ということです。借換債というのは、普通国債の一種で、国債整
理基金特別会計において発行され、その発行収入は同特別会計の
歳入の一部となります。国債の借換債の発行に当たっては、その
発行限度額について国会の議決を経る必要はありませんが、これ
は、建築国債や特別国債(赤字国債)のような新規財源債と異な
り、債務残高の増加をもたらさないという借換債の性格に基づく
ものです。この国債の償還に関しては、小林慶一郎氏と中野剛志
氏の間では、次のように完全に意見が異なり、激しい論争が行わ
れています。
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小林:矢野論文の背景にあるのは、「将来世代にツケを残しては
 いけない」ということだと思うんです。国債は将来世代からの
 前借りで、いずれその金は返さなきゃいけない。これまでのよ
 うに日銀が買い支えられるうちはいいけど、もし将来において
 例えば制御できないようなインフレが起きたら、将来世代への
 大きな負担を残すことになる。それは避けたいという矢野さん
 の思いは否定すべきではないでしょう。
中野:違います。国債は将来の増税で償還しなきゃいけないと思
 い込んでいるから「将来世代へのツケ」だと誤解するのです。
 国債の償還は、増税ではなく借換債の発行によって行うべきで
 す。それから、私は制御できないインフレは基本的に「起きな
 い」と考えています。
小林:国債の償還を借換債で出来るなら、国家運営に税は不要と
 いう話になり、まったく同意できません。これは後ほど議論し
 ましょう。
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 日本の場合、国債残高が積み上がっているのに、なぜ、金利は
下がるのでしょうか。これについては、さらなる分析が必要であ
り、来週のEJで解明することにします。矢野論文の最大の問題
点は、インフレについて言及していないことです。これについて
小林慶一郎氏と中野剛志氏は次のように議論しています。
─────────────────────────────
中野:矢野論文の3つ目の問題点は、今、私と小林先生の間で議
 論したようなインフレの問題について、矢野論文はまったく触
 れていないことです。
小林:そこは端折ってますね。
中野:でも人を説得しようとしているのだから、端折ってはダメ
 でしょう。「財政再建か、積極財政か」の議論は国内外含めて
 山ほどあったのですよ。この論争に関する積極財政派の主張は
 だいたい次の3つです。
 @日本政府は自国通貨を発行し、国債は自国通貨建てなので、
  財政破綻しようがない。
 A財政赤字の拡大は金利の高騰を招くことはない。
 B財政赤字が制御不能なインフレを引き起こす可能性は低い。
小林:非常にわかりやすく整理されていると思います。
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第026]

≪画像および関連情報≫
 ●「矢野論文」やぶへび・・積極財政派が反発、膨張止まらぬ
  22年度予算案
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   政府による2022年度当初予算案の編成作業が、大詰め
  を迎えている。新型コロナウイルス禍で一般会計歳出総額は
  107兆円を超え、10年連続で過去最大となる見通しだ。
  「このままでは国家財政は破綻する」−。財務省事務次官が
  月刊誌に寄稿した「矢野論文」は、自民党など積極財政派の
  猛反発に遭い、財政膨張に歯止めがかからない。
   「予想外に反響が大きかった。申し訳ない」。東京・霞が
  関にある財務省の会議室。10月中旬の幹部会合に、審議官
  や各局の局長ら約30人が一堂に集まった。出席者によると
  矢野康治事務次官はその場で謝罪の言葉を口にしたという。
  財務官僚トップの異例の謝罪は、同月8日発売の月刊誌「文
  芸春秋」への寄稿に対するものだ。自民党総裁選や衆院選を
  めぐる与野党の政策論争を「ばらまき合戦」と痛烈に批判。
  「矢野論文」と名付けられた寄稿の波紋は広がり、自民党か
  らも「大変失礼な言い方だ」(高市早苗政調会長)と表立っ
  て批判が上がった。
   財務省関係者によると、矢野氏は幹部会合で、当時の麻生
  太郎財務相に加え、首相だった菅義偉氏に事前に説明したこ
  とも明かしたという。会合に出席した同省幹部は「内容も手
  続きも問題はなかったが、与党への釈明に走り回った現場へ
  のおわびの意味があるのだろう」と解釈する。
                  https://bit.ly/3rE86m9
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利払費と金利の推移.jpg
利払費と金利の推移
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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