想定した富裕層の投資はほとんど起こらず、膨大な財政赤字を招
いてしまいます。これによって米国の製造業は海外に移転し、そ
れによる完成品の輸入が増大し、貿易収支が赤字に陥り、いわゆ
る「双子の赤字」を招いてしまいます。そして、米国は1985
年に対外純債務国に転落しています。これは、1918年以来、
67年ぶりのことです。
国単位でどのくらいの資産を持っているかは、「対外純資産」
として示されます。対外純資産とは、対外債務と対外債権を相殺
したものです。
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対外債務:海外から色々なかたちで借り受けている負債
対外債権:海外へと色々なかたちで貸し付けている債権
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つまり、米国が対外純債務国に転落したということは、米国の
対外債権から対外債務を引いた額がマイナスになったことを意味
しています。国が対外純債務国に転落すると、政府債務を補填す
る国債を海外にも保有してもらう必要が生じます。
2013年のデータですが、米国債の41%は政府内保有(年
金基金と中央銀行が保有)であり、59%は民間保有です。この
うちの外国人投資家は、全体の34%(民間保有の57%)、そ
の約20%ずつを中国と日本が保有しています。同盟国の日本は
ともかく、中国に約20%を握られていてることは、米国の中国
に対する外交姿勢に何らかの影響を与えることは必至です。
ここに主要国の対外純資産のデータがあります。2019年の
データですが、対外純資産がマイナスである国は米国だけでない
ことがわかります。
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◎主要国対外純資産(2019年末)
日本 ・・・・・ +364・5兆円
ドイツ ・・・・・ +299・8兆円
中国 ・・・・・ +231・8兆円
香港 ・・・・・ +170・6兆円
ノルウェー ・・・・・ +108・8兆円
カナダ ・・・・・ +84・1兆円
ロシア ・・・・・ +38・9兆円
イタリア ・・・・・ −3・6兆円
フランス ・・・・・ −69・1兆円
イギリス ・・・・・ −79・9兆円
アメリカ ・・・・・ −1199・4兆円
https://bit.ly/3HKyUX4
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この表を見て驚く人は多いと思われます。それは、米国のマイ
ナスの大きさと日本のプラスの大きさです。実は日本ではあまり
話題にはならないものの、日本は、対外純資産の額では30年連
続で世界一なのです。とくに日本の財務省は、増税の雰囲気を妨
げるデータであると考えているのか、データは公表していますが
積極的にPRしようとしていません。
しかし、為替市場において、円はしばしば「安全資産」や「逃
避先」と表現されますが、それは日本の対外純資産の大きさによ
る信用です。リーマンショックのときのように「雰囲気が危なく
なれば円が買われる」という風潮はまだ残っています。
しかし、「対外純資産30年連続世界一」ということは、マイ
ナスでこそないものの、日本としてあまり誇るべきことではない
のです。それは長期デフレと関係があります。
その理由について、みずほ銀行のチーフ・マーケットエコノミ
ストである唐鎌大輔氏は次のように述べています。
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「世界最大の対外純資産国」というステータスは、その響きほ
ど素晴らしいものではない。対外純資産が増えること、つまり国
内から国外への証券投資や直接投資(端的にいえば外国企業の買
収・合併)が旺盛だということは、裏を返せば、国内への投資機
会が乏しいということにもなる。
日本経済の1990〜2010年は「失われた20年」と呼ば
れるが、その間一度も転落することなく「世界最大の対外純資産
国」であり続けてきたということは、それは「失われた20年」
の産物だったともいえるのではないか。
ちなみに、前節でふれた直接投資の急増は、この10年弱で進
んでいるトレンドだ。「失われた20年」を経て、多くの日本企
業が「国内市場には期待収益の高い投資機会はない」と判断した
結果なのだろう。より厳しい言い方をすれば、縮小し続ける国内
市場に投資するより、海外企業への買収や出資を通じて時間や市
場を買うほうが中長期的な成長につながると判断した結果だった
ともいえる。
2010〜2020年の10年間は「日本の企業部門が日本と
いう国を見限り始めた期間」という解釈は、対外純資産の内訳を
見る限り、もはや的外れとは言えない現状がある。今後、199
0〜2020年が「失われた30年」と呼ばれる日もやってくる
のかもしれない。 https://bit.ly/3I1CpIT
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要するに、唐鎌氏の指摘は、日本が30年も対外純債権国であ
り続けている最大の理由は、日本国内には「投資すべき対象がな
い」「国内企業に魅力がない」ことの裏返しであり、そんなに世
界に誇るべきことではないということです。
上掲の表によると、2019年の時点では、G7のイタリア、
イギリス、フランス、アメリカは、対外純債務国ということにな
ります。いずれも新自由主義が浸透している国々であり、日本は
対外純資産国であるものの、新自由主義的なものは入ってきてお
り、岸田政権はそれと決別しようとしています。
──[新しい資本主義/第005]
≪画像および関連情報≫
●コラム:米「双子の赤字」、ドルへの影響力復活も
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[オーランド(米フロリダ州)2021年11月23日/
ロイター]米国の「双子の赤字」がドルにとって重要な材料
と考えられていた時代を思い出せるだろうか。
ドル相場を注視する人々の視野に、米国の経常赤字と財政
赤字が入っていたのはもう随分と昔のことだ。だが来年、世
界経済が活況を維持し、米経済が他の地域より優勢であり続
けるなら、話が変わってくるかもしれない。
米国の経常収支は悪化している。4−6月期は、1900
億ドル程度の赤字で、国内総生産(GDP)の3.4%に相
当。これは過去最悪の6%強だった2005年と06年の半
分程度にすぎないかもしれないが、絶対額としては07年以
降で最も大きい。対GDP比は過去5四半期連続で3%を超
えている。
米議会予算局(CBO)の見積もりでは、来年の連邦政府
の財政赤字は1兆ドルを上回り、少なくともGDPの4.7
%に達する。対GDP比は過去最高だった昨年の14.9%
今年見込みの13.4%からは大幅に下がる。とはいえ、歴
史的にはなお高水準だ。経常赤字と合わせて考えると、ドル
安を防ぐには米国に膨大なドル資金が流入しなければならな
い。確かに、双子の赤字が来年のドルを左右する一番の要因
にはならないだろう。その役割を務めるのは金利差で、米連
邦準備理事会(FRB)が利上げを準備している一方、欧州
中央銀行(ECB)や日銀などが政策変更を自重している関
係で、これはドルに有利に働く。 https://bit.ly/3HKIJUL
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みずほ銀行/唐鎌大輔氏