ます。そのなかで、野口悠紀雄教授の本は、わかりやすさで群を
抜いていると思います。その一冊である『ブロックチェーン革命
/分散自律型社会の出現』(日本経済新聞出版社)は、次のよう
な興味ある文章で始まります。
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人が新しい技術に出会ったときの反応は、それがどんなもので
あれ、つぎの3つの段階を経る。
第1段階。こんなものはまやかしだ。こんな凄いことができる
のなら、世界はひっくり返ってしまう。だから、これはインチキ
でペテンだ。悪質な詐欺かもしれない。誰かが、ひと儲けを企ん
でいるのだろう。引っかかったら、後で大変な目にあう。クワバ
ラ、クワバラ。賢い人は、こんなものには手を出さない。
第2段階。ひょつとすると、何か大変なことが起きているのか
もしれない。うまく対応しないと、後れをとる。気の早い連中は
すでに走り出しているから、私もじっとしてはいられない。しか
し、この得体の知れないものは、一体何なのだ?
第3段階。このすばらしい技術は世界を変えた。私が最初から
考えていたとおりだ。 ──野口悠紀雄著/日本経済新聞出版社
『ブロックチェーン革命/分散自律型社会の出現』
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革新技術で野口教授のいう3段階を踏んだものはたくさんあり
ます。代表的なものは、飛行機、インターネット、ビットコイン
(ブロックチェーン)などでしょう。
飛行機の初飛行を成功させたライト兄弟──ウィルバー・ライ
トとオーヴィル・ライトの兄弟が動力飛行機の初飛行に成功した
のは、1903年のことです。しかし、そのわずか2年前の19
01年、ウィルバーが、キティホークからデイトンに帰る列車の
なかで、弟のオーヴィルに次のようにいっているのです。
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これから1000年たっても、人類が空を飛ぶことはできな
いだろう。 ──ウィルバー・ライト
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これは、まさに上記の第1段階です。空を飛ぶために様々なこ
とを試したライト兄弟ですら、その2年前には空を飛ぶことを絶
望していたのです。
それどころか、飛行機については、ライト兄弟が初飛行に成功
した後でも、多くの人がこの大ニュースを信じなかったのです。
大学教授をはじめとして、多くの科学者が「機械が空を飛ぶこと
はあり得ない」という内容のコメントや論文を発表していたので
それがわかります。それほど画期的なことだったのです。
インターネットについても同様です。「地球のどこにでも無料
でメールが送れるというが、そんなことが本当にできれば、世界
はひっくり返ってしまう」といって信じない人が多かったといわ
れます。
ブロックチェーンやビットコインについても同様のことが起き
ています。ある科学者は、冷静に、次のようにいって、反論して
います。
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互いに信頼できない人々が形成するコンピュータ・ネットワー
クが機能しえないことは「ビザンチン将軍問題」として知られて
いる。この問題を解決する方法は存在しない。したがって、ビッ
トコインの仕組みは成立し得ない。
────野口悠紀雄著/日本経済新聞出版社の前掲書より
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「ビザンチン将軍問題」とは何でしょうか。ビットコインをテ
ーマにして書いたときにEJで取り上げていますが、ここでもう
一度取り上げることにします。
レスリー・B・ランボート博士という、分散システムの先駆的
研究で知られる米国の計算機科学者(数学者)がいます。ランボ
ート博士は、2014年にチューリング賞を受賞しています。こ
のランボート博士が「ビザンチン将軍問題」について論文を書い
ているので、以下にご紹介することにします。
ビザンチンの将軍3人が、それぞれ兵を率いて、敵軍を包囲し
ています。各部隊はそれぞれ離れた場所に陣取っていて、情報の
やり取りは、伝令を相互に送るしか連絡できないとします。戦況
は敵がなかなか強くて、3人の将軍が率いる軍隊が一緒に攻めれ
ば勝利できるものの、1つ部隊でも攻撃をやめて撤退すると、敵
軍に負けてしまうとします。つまり、攻撃か撤退かを3人の将軍
が一致して同意しないと勝てないわけです。
しかし、将軍のなかには裏切り者がいて、敵に寝返っているか
もしれないのです。裏切り者の将軍は、他の将軍が「攻撃」の提
案を受けると、それを「撤退」の提案にすり替えて別な将軍に伝
達するかもしれないのです。そうなると、一部の将軍は、攻撃命
令と撤退命令を両方を受け取ることも考えられます。そうすると
全員攻撃だと思っていたら、攻撃すると、攻撃には一部の部隊し
か参加せず、敵に負けてしまうかもしれないのです。
添付ファイルの図は、裏切り者1名を含む3人のビザンチン将
軍のケースをあらわしています。「A」に関しては、将軍2が裏
切り者である場合で、この場合、将軍1は将軍2と将軍3に「攻
撃」を提案しますが、裏切り者の将軍2は、将軍3に「撤退」を
伝えます。メッセージを改ざんしたのです。将軍3は「攻撃」と
「撤退」の伝令を受け、混乱します。
「B」に関しては、将軍1が裏切り者のケースです。将軍1は
将軍2には「攻撃」、将軍3には「撤退」を提案します。将軍2
と将軍3も伝令を交換しますが、提案が一致せず、将軍2と将軍
3は混乱してしまいます。これでは戦争は負けということになり
ます。それでは、どういう条件が整ったとき、一斉攻撃ができる
のでしょうか。引き続き、明日のEJで考えます。
──[デジタル社会論V/046]
≪画像および関連情報≫
●ビザンチン将軍問題
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ビザンチン将軍問題は、東ローマ帝国(ビザンティン帝国
ビザンチン帝国)の将軍たちがそれぞれ軍団を率いて、ひと
つの都市を包囲している状況で発生する。将軍たちは、都市
攻撃計画について合意したいと考えている。最も単純な形で
は、将軍たちは攻撃するか撤退するかだけを合意決定する。
一部の将軍たちは攻撃したいと言うだろうし、他は撤退を望
むかもしれない。重要な点は、将軍たちはひとつの結論で合
意しなければならないということである。つまり、一部の将
軍だけで攻撃を仕掛けても敗北することは明らかで、全員一
致で攻撃か撤退かを決めなければならないのである。また、
将軍たちは、それぞれ離れた場所に各軍団を配置しており、
メッセンジャーを相互に送ることで合意を目指す。
問題を複雑にさせているのは、一部の将軍たちが反逆者で
あって、時折最適でない戦略に票を投じたりして混乱させる
ことである。例えば、9人の将軍が投票するとして、その内
の4人が攻撃に投票し、別の4人は撤退に投票した場合、9
9人目の(反逆者でもある)将軍は、撤退に投票した将軍た
ちには撤退票を送り、攻撃に投票した将軍たちには攻撃票を
送ることができる。 ──ウィキペディア
https://bit.ly/2YI4aFj
●図の出展/https://bit.ly/3avF8eI
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3人の将軍のケース