2021年09月09日

●「住基ネットの狙いはどこにあるか」(第5569号)

 住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)は、なぜ失敗したの
でしょうか。
 住基ネットは、2002年8月5日に第1次稼働し、2003
年8月25日から本格稼働がスタートしています。住基ネットは
住民基本台帳の情報をデーターベース化し、全国各市町村のデー
タをネットワークでつないだシステムです。
 住民基本台帳に載っている情報は、氏名、生年月日、性別、住
所の4情報に加えて、個人番号、住民票コード及びこれらの変更
情報である本人確認情報で、これは法律で定められています。な
お、住基カードには、電子証明書が格納されています。個人情報
保護のため、高度なセキュリティ機能を備えたICカードが採用
されているのです。
 ところで、住基カードは国民にとってどういうメリットがある
のでしょうか。
 この住基カードがあると、住民票が必要な手続き──例えば、
パスポートの申請などでは住民票の写しは必要ないということで
す。しかし、戸籍謄本・抄本などの書類は必要なので、結局、役
所の窓口に行く必要があります。
 引っ越しの場合はどうでしょうか。この場合、それまで住んで
いた市町村の役所で転出届の手続きをし、転出証明書の交付を受
けたうえで、引っ越し先の市町村の役所で転入届を行う必要があ
ります。この場合、住基カードの交付を受けていると、わざわざ
転出届の手続きのためにそれまで住んでいた市町村の役所まで行
かなくても、引っ越し先の市町村の役所で転入届の手続きをする
ことができます。これは確かに便利です。
 しかし、パスポートの申請や住民票の写しの取得は、頻繁に利
用するサービスではなく、引っ越しにしても一生の間に数回とい
うレベルであると思います。そのようなことのために、わざわざ
住基カードを持つ必要があるかどうかは疑問です。まして、その
程度のサービスのために、1兆円もの莫大な費用をかけてやるメ
リットは、どこにあるのでしょうか。
 実はここが問題なのです。「導入メリットがあまりないのに国
が大金を投じてこのシステムを導入する意図はどこにあるのか。
何かそこに裏があるのではないか」と、国民に疑問を持たれてし
まうからです。これは住基カードの後継であるマイナンバーカー
ドについてもいえます。
 実際に住基ネットについては、国民監視やプライバシー侵害、
情報流出の危険性などにより、「監視・徴税強化社会は反対」の
スローガンの下で、各地で違憲訴訟が相次いだのです。しかし、
これについては、2008年3月6日に最高裁は、「住基ネット
は合憲である」という次の判決を出しています。
─────────────────────────────
 行政機関が住民基本台帳ネットワークシステムにより住民の本
人確認情報を収集,管理又は利用する行為は,憲法13条の保障
する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない
自由を侵害するものではない。        ──最高裁判決
─────────────────────────────
 何が問題なのでしょうか。なぜ、これほどまで住基ネットは嫌
われてしまったのでしょうか。しかも、住基ネット挫折の後に、
大いなる反省に基づいて開発されたはずの、現在のマイナンバー
カードも同じようにうまくいっていないのです。それは、電子署
名のあり方と関係があります。
 この電子署名について、野口悠紀雄氏は次のようにその問題点
を指摘しています。
─────────────────────────────
 住基ネットやマイナンバーカードが疑いの目で見られる大きな
理由は、それが中央集権型の仕組みだからだ。現在の電子署名は
背後に「認証局」と呼ばれる中央集権的な組織が控えている。こ
こが、電子署名の正当性を証明する。
 電子署名が普及しない大きな原因は、認証局から電子証明を貰
うのが簡単ではないことだ。このため「クラウド署名」のような
便宜的方法が使われる。「住民基本台帳カード」の場合には「地
方自治情報センター」と呼ばれる組織が認証局となっていた。マ
イナンパーカードの場合にも認証局がある。それは、「地方公共
団体情報システム機構(J−LIS)」と呼ばれる組織だ。これ
は、実は、「地方自治情報センター」が名称を変えたものだ。な
お、2016年1月18日から19日にかけて、地方公共団体情
報システム機構で障害が起こり、一部の自治体でカード交付がで
きなくなつたことがある。──野口悠紀雄著/日本経済新聞出版
            『良いデジタル化/悪いデジタル化/
         生産性を上げ、プライバシーを守る改革を』
─────────────────────────────
 ここで電子署名について知る必要があります。これについては
明日のEJで詳しく述べますが、非常に複雑です。野口教授がい
う「クラウド署名」とは、簡単にいうと、書面をPDFでネット
に上げて、弁護士などが立ち会って、契約者と被契約者の双方が
その書面が正当なものであると合意する疑似的な電子署名です。
これは「クラウドサイン」と呼ばれており、弁護士ドットコムが
やっています。クラウドサインについては、次のように説明され
ています。
─────────────────────────────
 クラウドサインは、事前に内容についてお互いの合意が済んで
いる契約書・発注書などの書類をアップロードし、相手方が同意
することにより、相互同意がなされたことを示す電子署名が施さ
れるサービスである。        https://bit.ly/3jNW2e1
─────────────────────────────
 しかし、この電子署名は正規のものではなく、あくまで便宜的
なものであって、法的な有効性が確立しているわけでもないので
す。安全性にも問題があるといえます。
             ──[デジタル社会論V/023]

≪画像および関連情報≫
 ●血税1兆円をドブに捨てた「住基ネット」〜元祖マイナン
  バー、あれはいったい何だったのか?
  ───────────────────────────
   「住基ネットは10年以上前に作られたシステムなので、
  関連機器は基本的に開発し直したり、改修する必要がありま
  す。しかも今後は、マイナンバーカードに機能が追加される
  たびに、システムを更新しなくてはなりません。およそ30
  00億円と言われるマイナンバー導入のための費用は、毎年
  数百億円単位で膨らんでゆくでしょう」(前出・佃氏)
   決して政府と官僚は認めないが、住基ネットもマイナンバ
  ーも「利便性」は建前にすぎず、実際には「税金の取りっぱ
  ぐれをなくすこと」をめざした制度である。国民の税金をム
  ダ使いした上に、さらに強力な徴税システムを作ろうとして
  いるのだから、笑うに笑えない。
   過去数十年、官僚たちは同じ野望に挑んでは失敗を繰り返
  してきた。その過程で、住基ネットという巨大なガラクタを
  生んだ。何度でも言うが、財源は血税なのだ。そしてこのま
  までは間違いなく、マイナンバーも住基ネットの轍を踏むこ
  とになるだろう。ある内閣府官僚がこんなことを口にした。
   「にわかには信じがたいかもしれませんが、実は近い将来
  マイナンバーカードは廃止になる可能性が濃厚です。国民の
  ほぼ全員が携帯電話を持つようになった今、携帯のSIMカ
  ードに必要な情報を入れた方が、ICカードに情報を書き込
  むより安全で手軽ですから」。  https://bit.ly/3l0oV62
  ───────────────────────────
住民基本台帳カード.jpg
住民基本台帳カード
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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