いる経済学には「陽」の世界しかないのです。というより「陰」
の世界など従来の経済学では最初から認めていないのです。
そのため経済学界から出される政策提言のほとんどは、企業は
前向きで利益の最大化に走っているという前提に立って出されて
いることになります。
したがって、不況に対する政策提言というと、次の2つのこと
が例外なく提言されるのです。
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1.更なる金融緩和
2.財政赤字の削減
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同じ不況でも「陰」の局面でのバランスシート不況の場合は、
民間(企業など)に借り手がいないので、いくら金融緩和をして
も効果を発揮できないのです。それは日本の過去15年間を振り
返ってみればよくわかることです。しかし、「陰」の局面を認め
ていないので、この金融政策は正しいとされています。
これに対して、2の「財政赤字の削減」には説明がいります。
なぜ、不況からの脱出に財政赤字の削減が必要なのでしょうか。
不況なのに歳出削減や増税などによって財政赤字を削減しようと
すれば景気はさらに悪化し、その結果、財政赤字がかえって膨ら
んでしまうのではないでしょうか。
しかし、政策提言者は、次のように専門用語を並べてそうする
ことの正当性を主張します。
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財政赤字の削減は、民間投資のクラウディングアウトを避ける
ためである。
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ところで、「クラウディングアウト」とは何でしょうか。
大阪学院大学教授の丹羽春喜氏は、クラウディングアウト現象
について次のように述べています。
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クラウディングアウト現象とは、例えばケインズ的な総需要拡
大を目指す財政政策のマネタリーな財源を国債発行にもとめた
場合に、そのような国債の市中消化によって、民間資金が国債
購入代金の形で国庫に吸い上げられ、民間資金の不足が生じて
市中金利の高騰といった事態となることを指している。そうい
った市中金利の高騰ということになれば、民間投資が冷え込み
景気回復が挫折する危険が生じてくることになる。
――丹羽春喜大阪学院大学教授
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要するに、財政赤字が拡大すると実質長期金利が上昇し、設備
投資や住宅投資などの民間投資が減少する――だから、財政赤字
は削減しないといけないという考え方なのです。
既に述べたように、「陰」の局面――バランスシート不況下で
は金融政策はまったく効かず、財政出動のみが効果があります。
しかし、現在、経済政策としてクー氏のいうような財政政策を実
施するにはさまざまな壁が存在するのです。経済学界では長い年
数をかけて「反ケインズ主義」が着々と積み上げられてきており
マスコミもそれに同調しています。
この考え方は、フリードマンを最高指導者とする「マネタリズ
ム」学派の学者やエコノミストたちの主張であり、ケインズ的政
策はそれを「需要サイド」からみると、クラウディングアウト現
象による実質長期金利という副作用が生じる――これによって、
ケインズ的政策の長期的有効性を否定しているわけです。
ロバート・マンデルというカナダの経済学者がいます。やはり
マネタリズム学派の著名な経済学者の一人です。彼はクラウディ
ングアウトにより市中金利が上がると、諸外国からのその国への
資金流入が増えるので、国際通貨市場でその国の通貨の価値が上
がり――日本でいうと円高が進行し、輸出産業が大打撃を受ける
ことにより、景気回復が阻害されるといっています。
そのため変動相場制のもとで景気回復や雇用を増やすには、財
政政策よりも金融政策が効果的だという展開になるのです。マン
デルはこの考え方を、マルコス・フレミングと一緒に「マンデル
・フレミング効果」として発表しています。
フリードマンにしてもマンデルにしてもノーベル経済学賞の受
賞者であり、並みの経済学者ではないのです。したがって、偉い
人のいっていることだから間違いないという威光効果が働くので
明らかに主張の異なるクー氏のバランスシート不況論を素直には
受け入れられないでいるのです。
これについて、前述の丹羽春喜大阪学院大学教授は次のように
反論しています。
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しかし、実は、経済学のごく初歩的な基本的知識にすぎないこ
とであるが、そのような「副作用」は、たとえば日銀の「買い
オペ」といった政策手段で、容易かつ確実に、それを防止する
ことができるはずのものなのである。もちろん、戦前に高橋是
清蔵相と深井英五日銀総裁が協力して実施したように、新規発
行国債を日銀が直接に引き受けるという方式であれば、そのよ
うなクラウディング・アウト現象の発生を防止する効果はいっ
そう決定的で即効的であろう。
――丹羽春喜大阪学院大学教授
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上記の丹羽教授の論文を読むとよくわかりますが、世界の名だ
たる経済学者が、きわめてヒステリックにケインズ的政策を批判
しており、なぜそこまでしなければならないのか理解に苦しむと
ころです。とくにフリードマンやマンデルなどのノーベル賞学者
たちは、内心ではケインズ的政策の有効性を十分認めながら、あ
えてそれを論破しようとしているしか思えないところがあるとい
えます。 ――[日本経済回復の謎/33]
≪画像および関連情報≫
・丹羽春喜大阪学院大学教授の論文より
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言うまでもなく、すべて、こういうことは、エコノミストで
あれば、誰でもがよく知っているはずのことにすぎない。も
ちろん、フリードマンやマンデルも、このようにクラウディ
ング・アウト現象を防止することがきわめて容易なことであ
るということを、よく知っているはずである。つまり、かれ
ら新古典派による、こういったクラウディング・アウト現象
を理由付けに用いた「ケインズ的政策無効論」の場合もけっ
して「うっかりミス」によってそれが主張されているのでは
なく、それは、疑いもなく、現行の経済社会体制にダメージ
をあたえるために故意になされているディス・インフォーメ
ーション(欺瞞情報)策略であると、見なければならないの
である。
http://www.niwa-haruki.jp/ronbun/20040507.html
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