ベースにして、日本経済復活の謎について検討してきました。こ
のクー氏の説が正しいとすると、日本の景気がまだ十分ではない
ものの復活しつつあるのは、上場企業がバランスシートの健全化
のために取り組んできた借金返済行動がそろそろ終わりに近づい
てきたためである――そう解釈できます。企業の行動はデータに
もはっきりとあらわれているので、十分納得性があります。
はっきりしていることは、日本経済の回復は間違っても小泉改
革の成果ではないということです。安倍首相はこのところよくテ
レビに出演し、「小泉改革の成果で景気が回復した」といってい
ますが、これは大きな間違いです。
小泉改革は乱暴きわまる不良債権処理で日本の銀行を脆弱な体
質に変質させ、国民に痛みのみを押し付けて、景気回復を遅らせ
ただけなのです。これについては改めて述べる予定です。
さて、今年の4月13日付の日本経済新聞に、自民党の憲法調
査会の中間報告の素案がまとまったことが報道されていたのです
が、そこにとんでもないことが載っているのです。その記事のタ
イトルが、「財政均衡、憲法に明記」となっていたからです。政
府財政は、歳入と歳出の均衡を保つべきである――これを財政均
衡論というのですが、日本には根強くこれがあるのです。
ところが、この記事はそれほど大きな波紋を巻き起こしていな
いのです。なぜなら、「財政均衡」とか「財政再建」という言葉
は響きの良い言葉だからです。これに対して「財政赤字」や「財
政出動」は問題のある言葉といえます。ですから、財政赤字の状
態のときに「財政均衡」や「財政再建」という言葉を聞くと、す
こぶる良いことのように響くのです。
しかし、「財政均衡」や「財政再建」とバランスシート不況論
は相容れないものを持っています。ましてデフレのときにこの2
つは、絶対にやってはいけないのです。それなのに「財政均衡」
を憲法に明記するとは何事でしょうか。
この問題はさておき、このテーマで何度も参照させていただい
ているクー氏の本――『「陰」と「陽」の経済学』(東洋経済新
報社刊)の「陰」と「陽」の経済学とは何かということを明らか
にする必要があります。
クー氏によると、バランスシート不況は、資産価格バブルの崩
壊が引き金になって起こるのですが、その資産価格バブル自体は
何によって起こるのかというと、それは民間部門――つまり、企
業が将来の経済見通しや収益性を過信することによって起こると
いうのです。
日本の場合は何が原因で起こったのかというと、1980年代
において日本的経営が賞賛されたとき、日本人はそれまで自分た
ちがやってきたことが正しかったのだと過信して、多くの人々が
自信過剰になってしまったのが原因で起こったのです。
もうひとつ、1990年代の終わりにも、世界中の人々がその
とき起こっていたIT革命を産業革命以来の大革命であると勘違
いして、その収益性を過剰評価したことが上げられます。企業経
営者も人間であるので、そのような間違えを冒すのです。
こういう間違いによって景気が過熱し、資産価値が高騰して、
いろいろ弊害が出てくるようになると、政府や中央銀行はバブル
潰しを迫られることになります。その結果、金融政策が引き締め
られ、バブルは崩壊するのです。そうすると、民間のバランスシ
ートに大きな問題が発生することになります。これによって企業
は一斉に借金返済をはじめるようになり、バランスシート不況が
引き起こされるのです。
クー氏は、バランスシート不況には「陰」と「陽」のサイクル
があるといいます。詳しくはクー氏の本をお読みいただくことと
し、ここではクー氏の考え方を私なりに整理してお話しすること
にします。
サイクルには、「バブル発生」とそれが収まる「不況の終焉」
という段階があります。それぞれの間にはさらに4段階ずつがあ
り、景気循環のように循環します。そして、「バブル発生」を機
に陰のサイクルに入り、「不況の終焉」によって陽のサイクルに
戻るという循環を繰り返すのです。
「バブル発生」の時点から説明します。この時点から「陰の4
段階」がはじまります。
バブルが発生すると、金融政策は引き締めに転じて、やがてバ
ブルは崩壊します。これが「陰の第1段階」です。
資産価格は暴落し、企業には過剰債務だけが残って、バランス
シートに問題が発生します。そこで、企業は利益の最大化よりも
債務の最小化に経営の軸足を移します。ここから、バランスシー
ト不況が始まります。これが「陰の第2段階」です。
企業は借金返済に走り、民間の資金需要はなくなります。資金
需要がなくなると、金融政策は効かなくなり、政府は総需要を維
持するため財政政策に依存するようになります。これが「陰の第
3段階」です。
企業の借金返済行動が終わり、企業のバランスシートは健全化
しますが、強い借金拒絶症状が残るので、資金需要はまだ伸びな
いままです。これが「陰の第4段階」です。
これらの4段階を経て「不況の終焉」に達します。
民間の資金需要が回復し、金利が徐々に上昇し、金融政策が力
を取り戻します。しかし、財政赤字が民間投資を圧迫し、問題化
します。「陽の第1段階」です。
経済政策の主役は、財政政策から金融政策に移ります。これが
「陽の第2段階」です。
景気が良くなり、民間はますます元気になり、自信を取り戻す
ようになります。これが「陽の第3段階」です。
しかし、自信が過剰になり、間違いを重ねて、民間がバブルを
引き起こします。これが「陽の第4段階」です。
そして再び「バブル発生」に至り、陰の4段階がはじまる――
そういうサイクルです。 ――[日本経済回復の謎/32]
≪画像および関連情報≫
・「陰」と「陽」の経済学の狙い
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従来の経済学は、本業が健全な企業が、深刻なバランスシー
ト問題に直面したときに、債務の最小化に走るという可能性
を見落としてきた。(中略)ここで、企業が債務の最小化に
走る可能性を従来の経済学に組み込み、通常の不況とバラン
スシート不況を明確に区別することによって、これまでバラ
バラであった新古典派、マネタリスト、ケインジアン、そし
てニューケインジアンの考え方を、すべて一つの包括的なマ
クロ経済理論に統合することができる。
――リチャード・クー著
『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
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