マにつき、50回ぐらいにしたいのですが、なかなかうまくいか
ないでいます。しかし、そろそろこのテーマを閉じるところに来
ていると思います。
ところで中国は、なぜ「デジタル人民元」を発行しようとして
いるのでしょうか。
今や中国といえば、世界第2位の経済大国であり、軍事大国で
あり、先端技術大国でもあります。向かうところ敵なしで、その
態度は傲岸不遜、米国何するものぞという勢いです。しかし、そ
の実態をていねいに見ていくと、不安要素はたくさんあります。
中国を取り巻く背景的な事実を探ってみると、中国では、貿易
収支に加えて、サービス、投資収益収支などを含む経常収支が、
米中の貿易摩擦が激化する以前から、減少しているのです。IM
Fは、中国の経常収支は2022年には赤字に転ずると予想して
います。既出の木内登英氏は、この点について、次のように述べ
ています。
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中国の経常黒字額は、リーマン・ショック(グローバル金融危
機)が発生した2008年に4200億ドル程度にまで拡大した
が、その後は、大規模な景気刺激策による輸入増加の影響なども
あって、縮小傾向での推移を続けている。2015年時点で中国
の経常黒字額は世界最大であったが、2016年にはドイツに抜
かれ、また2017年には日本にも抜かれて、現在世界第3位と
なっている。 ──木内登英著/東洋経済新報社
『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
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経常黒字が縮小する原因にはいろいろありますが、サービス収
支の悪化は重要な原因の一つです。経常収支は、貿易収支とサー
ビス収支などの合計です。いずれも収支ですから、外貨の受取か
ら支払を差し引いた金額となります。
2008年には4200億ドルの経常黒字があったのですが、
その巨額な黒字が縮小してきているのです。何が影響しているの
でしょうか。
サービス支払いの急激な増加には、国外渡航規制の緩和を受け
て、中国人の海外旅行が拡大したことが大きく影響しています。
例えば、中国人が海外旅行で食事代金を払えば輸入、外国人が中
国旅行で食事代金を支払えば、輸出になります。したがって、海
外旅行者が激増すると、輸入が増えることになります。そういう
状況において、中国は米国との貿易摩擦の影響で、輸出が抑制さ
れ、それに輸入拡大の圧力がかかるので、貿易収支が急速に悪化
し、結果として経常収支の悪化傾向が加速することになります。
このことに関係しますが、中国では、外貨準備額(ドル建て)
に異変が生じています。かつて日本は外貨準備高は世界一でした
が、中国の外貨準備高は2006年には日本を抜いて、世界一に
なり、現在もその地位を維持しています。しかし、米中対立が激
化する頃からその増加ペースは減少しています。もし、中国の経
常収支が赤字になり、その赤字が拡大するようなことになると、
外貨準備高は急速に取り崩されていくことになります。
この経常収支黒字の縮小と外貨準備高の伸び悩みが中国にどの
ような影響が及ぶかについて、木内登英氏は、次のようにコメン
トにしています。
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米国との貿易摩擦の激化を受け、輸出抑制などを通じて経常収
支の悪化を強いられること自体、中国経済の成長には大きな制約
となるが、それに加えて、外貨準備不足による対外債務返済の支
障という金融面での問題も、将来的には中国経済の大きな制約要
因になる可能性が出てきたのである。これは、米国との経済の覇
権争いにとって非常に不利なことだ。
──木内登英著/東洋経済新報社の前掲書より
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これに関連するのが人民元の下落傾向です。米中対立がさらに
深まって、人民元の下落が続いています。一部では、米国による
関税率引き上げの影響を相殺するため、当局が元安を容認してい
るとの見方もありますが、中国人民銀行の関係者からは「1ドル
=7元」を超える元安は阻止するとの発言が出ています。人民元
安が進めば、資本逃避が進み、景気悪化とさらなる元安が起きる
という悪循環を避けたいからです。
ここで問題になってくるのは人民元の国際化です。本当の意味
で米国に対抗するには、人民元が国際通貨としての地位を確立し
ている必要があります。中国としては、人民元の国際化に努力は
していますが、きわめてうまくいってはいないのです。国際取引
における最新のシェアは、次の通りです。添付ファイルをご覧く
ださい。添付ファイルでは、人民元は「Yuan」と英語表記されて
います。「エン」と似ていますね。
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ドル ・・・ 62・0%
ユーロ ・・・ 20・1%
円 ・・・ 5・7%
ポンド ・・・ 4・4%
人民元 ・・・ 2・0%
その他 ・・・ 5・8%
https://bit.ly/3m0YOMz
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中国の紙幣をよく見ると「元」とは書かれていません。戦前期
において、日本が使っていた「圓」が正式な表記で、「元」はそ
れを簡略化した「簡体」表記なのです。日本もかつて「圓」表記
をしていたのですが、戦後簡略化されて「円」となり、中国では
「元」と簡略化されているわけです。ちなみに中国では「円」の
ことを「Yuan」と発音しているそうです。
──[デジタル社会論/060]
≪画像および関連情報≫
●人民元国際化、中国の新戦略/日本経済新聞
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コロナショックで一層激化した米中対立は、香港の自治問
題をきっかけに、貿易分野から金融分野へとその主戦場を移
した感がある。
中国政府を強く刺激したのは、香港の銀行のドル調達を制
限することが米国政府内で一時検討された、と報道されたこ
とだ。米政府が事実上支配下に置く、ドル建て中心の国際銀
行送金の大半を担うSWIFT(国際銀行間通信協会)に介
入して、香港の銀行の活動を制限することが検討されたので
はないか。
SWIFTから対象国の銀行を外すことで、その国と海外
との間の貿易を遮断することは、米国がテロ指定国への経済
制裁の実効性を高めるための常とう手段だ。米国が将来、そ
れを中国にも適用するリスクを、従来以上に中国政府は意識
したことだろう。
国際通貨基金(IMF)の2019年の報告書によると、
中国の輸入に占めるドル建て決済の比率は92・8%と、主
要国中で最高水準だ。SWIFTを通じたドル建て決済がで
きなければ、中国の貿易は壊滅的な被害を受ける。米国が近
い将来そうした措置を講じるとは考えにくいが、中国として
は生き残りをかけて備えておくことが必要となる。その対抗
策が人民元の国際化推進である。
https://s.nikkei.com/3w7Az3Q
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International Monetary Fund, Bloomberg