「シニョレッジ」とは、通貨発行益のことです。フェイスブッ
クが「リブラ」の発行を宣言したとき、一番大きく反応したのは
各国の中央銀行です。それは、デジタル通貨が中央銀行のシニョ
レッジに関係してくるからです。
リブラのようなデジタル通貨は、銀行預金にとって代わると述
べてきていますが、これに関して、木内登英氏は、リブラによっ
て代替される現金について、次のように述べています。
─────────────────────────────
金利が付かないリブラによって代替されやすいのは、民間銀行
が提供する金利が付く銀行預金よりも、まずは中央銀行が発行す
る金利が付かない現金だろう。
中央銀行は現金という利払い負担が発生しない債務と引き換え
に、民間銀行から国債などを買い取り、利子所得を稼いでいる。
これをシニョレッジ(通貨発行益)という。リブラによって現金
発行が減っていけば、この利子所得も減ってしまい、中央銀行の
業務に大きな支障が生ずる可能性がある。
──木内登英著/東洋経済新報社
『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
シニョレッジというのは、鋳造した貨幣の額面と原価の差額の
ことです。古代ローマの時代から使われているラテン語で、日本
では、江戸時代に「出目(でめ)」と呼ばれたのです。貨幣改悪
鋳造によって生じた益金を意味し、出目高といっていたのです。
ここで大事なことは、「紙幣」を発行する権限を持っているの
は日本銀行、「硬貨」発行の権限は政府になります。そのため、
政府は、硬貨の材料費、鋳造費と硬貨の額面(1円、5円、10
円、50円、100円、500円)との差額は、シニョレッジと
いうことになります。
しかし、現代では、シニョレッジとは、中央銀行が中央銀行当
座預金と現金を発行することで得られる「利子所得」を指すよう
になっています。日本の場合で考えると、国内の民間銀行は、日
本銀行(以下、日銀)に対して、当座預金を持っています。日銀
当座預金がそれです。
日銀は、金融緩和など必要に応じて、民間銀行から国債などの
金融資産を買い入れ、その代金を日銀当座預金に振り込みます。
そして、民間銀行は必要な現金をその当座預金から取り崩して使
いますが、そのときはじめて、日銀は現金を市場に対して発行し
たことになるのです。日銀のバランスシートは、簡単にいうと、
次のようになっています。
─────────────────────────────
◎日本銀行のバランスシート
資産: 国債など
負債:現金/日銀当座預金
─────────────────────────────
この場合、資産である国債などは金利が付き、日銀は利子所得
が得られます。一方、負債側には、市中に出回っている現金と日
銀当座預金が計上されています。この市中に出回っている流通現
金と日銀当座預金の合計額を「マネタリーベース」といいます。
この日銀当座預金には、法律で定められている銀行預金の一定
比率分の「所要準備」が含まれていますが、これには金利は付き
ません。しかし、それを上回る分については、日銀は金利を支払
う必要があります。
したがって、日銀としては、バランスシートの資産側にある国
債などから得られる利子所得と、超過準備に対する利子支払いの
差額がシニョレッジということになります。
しかし、仮にフェイスブックが発行するリブラが日本中に普及
し、市中から現金を代替するようになると、その分日銀による現
金の発行が減少し、それによってシニョレッジも減少することに
なります。この場合、リブラによって代替された現金は、リブラ
を仕切るリブラ協会にストックされるようになります。
これについて、木内登英氏は「シニョレッジが中央銀行からリ
ブラ協会に移る」ことを意味するとして、次のように警告を発し
ています。
─────────────────────────────
これが、中央銀行にとって大きな打撃となるのは、中央銀行の
業務は、このシニョレッジによって支えられているからに他なら
ない。公的部門の中央銀行の業務は財政資金によって賄われてい
ると考える向きも少なくないかもしれないが、それは誤りだ。中
央銀行は通常、政府から資金を得ていないのである。この点は、
実は、中央銀行の政治からの独立を支える要因の一つともなって
いる。シニョレッジが大幅に減少すれば、中央銀行の職員給与も
支払われなくなり、業務は滞ってしまう可能性が生じる。また、
中央銀行の収益が悪化して、局面によっては赤字化や自己資本の
毀損などの問題が生じ、中央銀行の財務の健全性を損ねてしまう
危険性もあるだろう。それを受けて、政府が中央銀行に公的資金
を注入するような事態にまで発展すれば、中央銀行の独立性は大
きく低下してしまいかねない。
──木内登英著/東洋経済新報社による前掲書より
─────────────────────────────
既に述べたように、フェイスブック関連アプリの利用者数は世
界で約27億人、世界の人口73億人の37%、実に3人に1人
はフェイスブックのユーザーなのです。これらのユーザーが一斉
にリブラを使い始めると、市中の現金の多くは、リブラによって
代替されてしまうはずです。
そうすれば、中央銀行のシニョレッジは、大幅に減少すること
になります。これは確実に中央銀行の利子所得を減らす原因にな
ります。世界の中央銀行が一斉に緊張するのは当然のことです。
もちろん消極的ではあるものの、日銀も動き出しています。
──[デジタル社会論/039]
≪画像および関連情報≫
●見えてきた中央銀行デジタル通貨の「想像図」
───────────────────────────
日本でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)をめぐる検討
が本格化する。日本政府のいわゆる「骨太の方針」に、「中
央銀行デジタル通貨を検討する」との記述が加わった。これ
を受け、日本の中央銀行である日本銀行はデジタル通貨検討
のチームを結成した。これまで日本銀行はデジタル通貨の発
行には慎重な姿勢だったが、今後は変わるかもしれない。
その一方で、民間主導のデジタル通貨の議論も進行中だ。
デジタル通貨が本格的に登場すれば、現実世界の経済システ
ムが複数のマネー――異なる銀行の預金口座や異なる企業の
ポイントなど――に分断されている現状を変えることができ
る。「サイロ」のように分断されたシステムが並んでいる状
況から、デジタル通貨で結びついたより円滑な経済へと変わ
る。もちろん課題は多いが、立場が異なる関係者の間で、問
題意識が共有されつつある。そして技術的な基盤となるブロ
ックチェーン技術も実績が積み上がってきた。「中央銀行デ
ジタル通貨」(CBDC)と一口にいっても、その実態をは
っきり示した資料は乏しい。しかも論点が多く議論が複雑に
なりがちである。下の図は、各国の中央銀行をメンバーとす
る組織であるBIS(国際決済銀行)の資料に登場する「マ
ネーフラワー」という図だ。4つの軸を1枚に収めた複雑な
図となっている。このように中央銀行デジタル通貨を位置付
けるのは大変な作業なのだ。 https://bit.ly/3dUo45a
───────────────────────────
マネーフラワー