2020年11月24日

●「国家的危機におけるトップの言葉」(第5376号)

 次の言葉は、11月19日夜の記者会見のさいの、西村康稔・
経済再生相の発言です。
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 (今後の感染の動向について聞かれて)感染がどうなるかって
いうのは、本当に神のみぞ知る・・・。これはいつも、(政府の
分科会会長の)尾身(茂)先生も言われています。
 (政府の旅行支援策「GoToトラベル」の活用を国民に促す
かと問われると)それを使って旅行されるかどうかは、国民の皆
さんの判断だ。          ──西村康稔・経済再生相
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 これは、国民の命を預かるコロナ担当大臣としての発言として
は無責任極まるものです。確かに感染の予測は難しいかもしれま
せんが、担当責任者がそれを口にしてはならないのです。大臣と
してできる限り科学的知見を集め、予測を立て、国としての対策
を打ち出し、実行を図るのが西村大臣の仕事だからです。そこに
は強いリーダーシップが必要になります。
 このことで想い出されるのが、2018年7月5日の夜のこと
です。当時官房副長官だった西村氏が、記録的な大雨が広範囲に
降ることが予測されるなか、安倍首相をはじめ、自民党幹部が大
勢集まって、「赤坂自民亭」と称して、大宴会を行っていた様子
を写真付きのツイッターで投稿していたのです。危機管理の能力
が決定的に欠如しているといえます。
 それに加えて、西村大臣は政府の施策である「GoToトラベ
ル」を活用するかしないかは、国民の判断と突き放しています。
そこに菅政権のいう「自助」──自己責任の精神というものをど
うしても感じてしまいます。
 コロナ禍は国家存亡の危機といえます。多くの人命に関わるか
らです。トランプ米大統領は「暖かくなれば、コロナはすぐに消
え去る」という楽観的な判断に立って、必要な対策を怠り、11
月9日現在、感染者は1200万人に拡大し、25万人の死者を
出しています。もしトランプ大統領が強い危機管理能力を持ち、
専門家の意見を尊重し、適切な対策を行なっていたら、これほど
多くの人命が失われることはなかったはずです。
 国家存亡の危機において、国のトップの言動は、きわめて重要
です。それを故事からひもとくと、スペインの無敵艦隊とイング
ランドによる「グラヴリンヌ沖海戦」があります。1588年7
月のことです。メディナ・シドニア公率いる約130隻のスペイ
ン無敵艦隊がリスボンを出発し、イングランド沖にその威容をあ
らわしたのです。実力的には、スペイン艦隊はイングランド艦隊
を上回っており、イングランドは、絶体絶命の危機に陥ったので
す。8月18日、イングランドの女王エリザベス一世は、鎧に身
を固め、兵を鼓舞すべく、前線であるティルベリーへ、白馬にま
たがり赴き、翌日、最も有名になる演説を行ったのです。これが
「ティルベリーの演説」です。そして海戦に勝利するのです。
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 我が愛する民よ、私は私の身を案じる者たちから忠告を受けて
来た。謀反の恐れがあるから武器を持った群衆の前に出るのは気
をつけよと。しかし、私は貴方たちに自信を持って言う。私は我
が忠実かつ愛すべき民を疑って生きたくはない。そんな恐れは暴
君にさせておきましょう。私は常に神のもとで私の最大の力と安
全を我が臣下の忠実な心と善意に委ねてきたのです。それ故に、
いま貴方たちが目にしているように、私は貴方たちの中にやって
来たのです。
 遊びでも気晴らしでもなく、戦いの熱気の真っ只中に、貴方た
ちの中で生き、そして死ぬためにです。たとえ塵となろうとも我
が神、我が王国、我が民、我が名誉そして我が血のために。私は
か弱く脆い肉体の女です。だが、私は国王の心臓と胃を持ってい
る。それはイングランド王のものだ。そして、パルマ公、スペイ
ン王またはいかなるヨーロッパの諸侯が我が王国の境界を侵そう
と望むなら、汚れた軽蔑の念を持って迎えよう。不名誉を蒙るよ
りも私は自ら剣を持って立ち上がります。
 私自らが指揮官、審判官となり、貴方たち全員の戦場での勇気
に報いましょう。私は既に報酬と栄誉に値する貴方たちの意気込
みを知っています。私は王の言葉において約束します、貴方たち
は正しく報われます。 ──イングランドの女王エリザベス一世
                  https://bit.ly/36ZoMZw
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 今回のコロナ禍に当って、エリザベス女王の「ティルベリーの
演説」に勝るとも劣らない名演説をした西側諸国のトップがいま
す。ドイツのアンゲラ・メルケル首相です。メルケル首相は、明
確な哲学に基づき、感動的な言葉で、国民に協力と犠牲を求め、
政府が行なうことを約束しています。2020年3月18日の演
説です。以下は要約です。≪画像および関連情報≫に全文を掲載
しています。
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 すべての国民の皆さんが、この課題を自分の任務として理解さ
れたならば、この課題は達成される。私はそう確信しています。
ですから、申し上げます。事態は深刻です。第2次世界大戦以来
わが国においてこれほどまでに一致団結を要する挑戦はなかった
のです。経済的危機を緩和させるため、そして何よりも皆さんの
職場が確保されるよう連邦政府はできるかぎりのことをしていき
ます。企業と従業員がこの困難な試練を乗り越えるために必要な
ものを支援していきます。そして安心していただきたいのは、食
糧の供給については心配無用であり、スーパーの棚が一日で空に
なったとしてもすぐに補充されます。状況は深刻で未解決ですが
お互いが規律を遵守し、実行することで、状況は変わっていくで
しょう。       ──野口悠紀雄著『経験なき経済危機/
 日本はこの試練を成長への転機になしうるか』ダイヤモンド社
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         ──[『コロナ』後の世界の変貌/120]

≪画像および関連情報≫
 ●新型コロナウイルス感染症対策に関するメルケル首相の演説
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   新型コロナウィルスにより、この国の私たちの生活は今、
  急激な変化にさらされています。日常性、社会生活、他者と
  の共存についての私たちの常識が、これまでにない形で試練
  を受けています。
   何百万人もの方々が職場に行けず、お子さんたちは学校や
  保育園に通えず、劇場、映画館、店舗は閉まっています。な
  かでも最もつらいのはおそらく、これまで当たり前だった人
  と人の付き合いができなくなっていることでしょう。もちろ
  ん私たちの誰もが、このような状況では、今後どうなるのか
  と疑問や不安で頭がいっぱいになります。
   本日は、現下の状況における首相としての、また政府全体
  としての基本的考えをお伝えするため、このように通常とは
  異なる形で皆さんにお話をすることになりました。開かれた
  民主主義のもとでは、政治において下される決定の透明性を
  確保し、説明を尽くすことが必要です。私たちの取組につい
  て、できるだけ説得力ある形でその根拠を説明し、発信し、
  理解してもらえるようにするのです。本当に全ての市民の皆
  さんが、ご自身の課題と捉えてくだされば、この課題は必ず
  や克服できると私は固く信じています。ですから申し上げま
  す。事態は深刻です。皆さんも深刻に捉えていただきたい。
  ドイツ統一、いや、第二次世界大戦以来、我が国における社
  会全体の結束した行動が、ここまで試された試練はありませ
  んでした。           https://bit.ly/3kPXauZ
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「ティルベリーの縁説」
「ティルベリーの縁説」
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 『コロナ』後の世界の変貌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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