2020年09月18日

●「チェルノブイリの話をする中国人」(EJ第5333号) 

 中国政府が内心一番恐れているのは、実は米国でも欧州でもな
く、自国民であるといわれます。自国民が中国共産党政府に不満
を持ち、暴動を起こし、天安門事件のような騒ぎになることを最
も恐れています。中国の軍隊は「人民解放軍」といいますが、そ
れは他国のように国や国民を守るというよりも、中国共産党とい
う組織を守るために存在しているといわれます。
 その規模は約230万人、国内の治安維持を専門とする準軍事
組織の人民武装警察66万人を合わせた約300万人の武装軍が
中国共産党を常時守っているのです。つまり、この存在こそが、
まともな選挙をせず、独裁を続けられる理由になっています。
 2019年6月30日付の日本経済新聞(電子版)は、中国共
産党の党員について、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 【北京=高橋哲史】中国共産党の中央組織部は6月30日、1
日の党創設98周年を前に、2018年末時点の党員数が初めて
9千万人を突破したと明らかにした。ドイツの人口(約8300
万人)を上回る世界最大の政治集団は習近平総書記(国家主席)
を頂点に存在感を増している。
 中央組織部の統計によると、18年末時点の党員数は前年末よ
り103万人多い9059万人だった。国民の16人に1人が党
員という計算になる。うち女性は3割弱の2469万人。学歴別
では大卒以上が3394万人でほぼ半分を占める。
               https://s.nikkei.com/2ZzqGgv ─────────────────────────────
 しかし、中国の人口は約14億人、全国民が立ち上がると、共
産党政権はいっぺんに吹き飛んでしまいます。だから、中国共産
党幹部は、国民の暴動を恐れています。そのため、そういう騒ぎ
が起こらないよう、最先端のAIテクノロジーを使って、極端な
監視社会を築き上げているのです。
 コロナ下でこんな話があります。2月7日のことです。李文亮
医師(眼科医)が亡くなったのです。李文亮医師は12月に「華
南海鮮市場で7名がSARS(重症急性呼吸器症候群)に似た肺
炎に罹り、我々の病院の救急科に隔離されている」という情報を
グループチャットに書き込み、原因不明の肺炎の発生に警鐘を鳴
らしたのです。しかし、警察に呼び出され、逆に処分の対象にな
り、訓戒を受けたのですが、その後、2月7日未明、本人も新型
コロナウイルス感染症で死亡しています。
 3月5日、孫春蘭副首相が新型コロナウイルスの発生地である
湖北省武漢を視察中、騒ぎが起こったのです。怒りは2つあった
のです。1つは感染者に対する武漢市政府関係者の対応のわるさ
です。自宅に隔離をさせながら、マスクなどの衣料品や食料品を
十分配付しないなどへの怒りです。2つは、李文亮医師がせっか
く警戒情報を事前に流したのに、李医師を警察に連行し、訓戒処
分を下したことに対する怒りです。これはSNSで幅広く拡散さ
れ、ソーシャルメディア全体に怒りの炎が広がっていたのです。
 武漢市で肺炎対策の現場指揮を執る孫春蘭副首相が現地を視察
することになって、地元の市政府関係者は慌てて、食料品を各戸
に運び、敷地内のごみをきれいに掃除するなど表面的な対応をし
たのです。住民を甘くみたようです。そして市政府関係者は、孫
春蘭副首相に対して、「住民には食料を毎日配達しており、マス
クなどの日常用品も十分足りています」と、さも地元政府がきめ
細かい配慮をしているかのように説明し、孫副首相を視察に連れ
出したのです。
 ところがとんでもないことが起きたのです。孫春蘭副首相が団
地のような建物を訪れると、武漢の人々は歓迎をするどころか、
バルコニーに出て、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の歌「民衆
の声が聞えるか」を歌い、根本的な政治改革を要求し、孫春蘭副
首相視察の演出をブチ壊したのです。この歌は、政治色の強い歌
で、香港の民主化運動でも盛んに歌われています。
 さらに、住民たちは、「嘘だ。全部嘘」や「役人のパフォーマ
ンスだ」「食料も日常用品も不足して困っている」などの大きな
声が聞こえてきたといいます。物資の供給が満足に行われてない
にもかかわらず、順調であるかのように装って孫氏の視察が行わ
れたことに住民の怒りが爆発したかたちです。
 これによって、3月10日に予定されていた最高指導者である
習近平国家主席が武漢市内の住宅街を視察した際には、副首相の
視察の二の舞いにならないようにと、多数の警官が高層住宅のベ
ランダに立って住民を監視するという、ものものしい警戒ぶりに
なったのです。こうした対応について、ネット上では「武漢市民
は最大の犠牲者なのに、やることが小役人すぎる」などと強い批
判を受けています。
 3月19日、事態を重視した中国政府は、政府最高の監察機関
である国家監察委員会の調査チームが李文亮医師の処遇について
「警察が訓戒書を作ったことは不当であり、法執行の手順も規範
に合っていなかった」との結論に基づき、警察に対し訓戒書の取
り消しと関係者の責任追及などを求めたのです。
 「中国共産党は必ず崩壊する」と主張する弁護士でジャーナリ
スト、ゴールド・チャン氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 いま中国人は「チェルノブイリ」のことをしきりに話題にして
います。1986年にウクライナで起きた原発事故であり、ソ連
崩壊の5年前の出来事です。事故によってソ連政府の失策が次々
と暴露され、ソ連崩壊のきっかけとなりました。
 今回のコロナウイルスによって、それがいまなのか五年後か分
かりませんが、その時は必ず来ます。以前、私が予測した時期は
外れましたが、その兆候はすでにあるのです。中国共産党は必ず
崩壊します。            ──ゴードン・チャン氏
              『月刊Haneda』 /セレクション
─────────────────────────────
         ──[『コロナ』後の世界の変貌/077]

≪画像および関連情報≫
 ●今頃になって武漢を訪れた習近平の胸の内/3月12日
  ───────────────────────────
   中国の新型コロナ肺炎の感染は徐々に鎮静化に向かってい
  るらしい。1日あたりの新たな感染者は5日連続で50人以
  下にとどまり、中国の人々はおそるおそると、日常を取り戻
  そうとしている。
   そういう中で、習近平国家主席は3月10日、感染発症後
  初めて新型コロナ肺炎の“震源地”である武漢を訪問した。
  さて、武漢市民としては、今頃来やがって!と思うか、よう
  やく来てくださった!と思うか。
   新華社によれば、習近平は3月10日、武漢市の感染拡大
  防止コントロール任務を視察に訪れ、「今回の感染症との戦
  いで、湖北と武漢が重要中の最重要な戦勝の地である」と強
  調。勝利宣言とまではいかなかったが、「艱難辛苦努力を経
  て、湖北と武漢が感染状況を積極的に好転させ、重要な成果
  を獲得した。だがこの任務はまだまだ厳しい戦いが続く」と
  述べ、まるで“俺たちの戦いはまだ続く”といった少年漫画
  の最終回みたいなセリフを決めた。
   それだけでは終わらない。「武漢は英雄都市の名に恥じな
  い。武漢人民は英雄的人民の名に恥じない。この新型肺炎と
  の闘争の勝利を通じて、彼らの名は再び党の歴史書に刻まれ
  るだろう。全党全国各族人民は、みなあなた方に感動し、感
  嘆し、党と人民は武漢人民に感謝するのだ!」
                  https://bit.ly/3iy5uiu
  ──────────────────────────

武漢を視察する習近平国家主席.jpg
武漢を視察する習近平国家主席

posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | 『コロナ』後の世界の変貌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【山岡鉄舟武士道は父母恩重経成等正覚なり】
hougakumasahiko.muragon.com/entry/110.html

御礼状安倍晋三前総理大臣殿侍史
blog.goo.ne.jp/hougakumasahiko6th/e/2a683f8bd64d5e7f0207b69f4d14c942
「安倍総理からのメッセージ 令和2年9月16日」
youtube.com/watch?v=CFLOiR2EbKM&pp=wgIECgIIAQ%3D%3D

拝復謹啓
 7年8か月の長きにわたって日本国総理大臣の不眠不休なる過酷な激務を、
日本国の歴史始まって以来最も偉大な不滅の輝きを発する無上の業績をあげられなさいましたことをもって職責をお果たし頂きましたことに、
満腔の尊敬をお捧げ申し上げますとともに、
先祖代々大和民族日本人として、
安倍総理大臣ご就任中に全世界の老若男女万国万人のみなさまがたに、
目の前の人ににっこり微笑みかけて、
直ちに不退転の金剛力を以て我が身を捨てて会った人すべての人へ親身に親切を尽くす、
真の勇者だけが抱く仏心をして、
まさにこれが日本人の姿そのものであると、
世界中の老若男女の皆様に一人残らず余すところなくお伝えしてくださいました。
 先祖代々大和魂日本人として、この世の今生で無上の喜びであります。
 三つ子の大和魂の、衷心より篤く御礼申し上げます。
 筆舌に尽くしがたくございますが、拙くもお礼の言葉とさせていただきたく存じ上げ仕ります。
 恐懼謹言          豊岳正彦九拝
令和二年九月十七日

【武田邦彦】※お知らせ※ 私が国会議員になった暁には絶対にこんなことにはなりませんよ
youtube.com/watch?v=o8FGDPe2LvQ

仏教はこの世で唯一の【政教分離の教え】です。
仏教伝道協会が削除した部分にお釈迦様の七不衰法という仏法【政教分離の教え】が説かれています。
私が持っている昭和60年版は初版よりも加筆されて最も沼田恵範師の初志通りの刊行版です。
現行版が削った【政教分離の教え】はすでに紹介した七不衰法をはじめ、
大光王転輪王の統治を説法玉わったお釈迦様の言葉すなわちお経によく表れています。
七不衰法と同じ法である釈尊説法を華厳経をはじめとして三つここへ転記します。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/25.html

(華厳経第三四、入法界品)
 昔、大光王は、
自分の王道を次のように説いた。
 「自分の国家を治める道は、
まず自分を修めることである。

自ら慈の心を養って、
この心をもって国民に臨み、
人びとを教え導いて心の垢を除き去り、
身と心を和らげて、
世の中の楽しみにまさる正しい教えの喜びを得させる。

 また、
貧しいものが来たときには、
蔵を開いて心のままに取らせる。
そしてこれを手がかりとして、
すべての悪から遠ざかるように戒める。
【罪を憎んで人を憎まず】【過失無罪】

 人びとは各々その心をもととして、
見るところを異にする。
この城中の民にしても、
この都を美しいと見るものもあれば、
また汚いと見るものもある。
これは各々、
その心、
その環境がそうさせるのである。

 教えを尊び、
心の正しい素直な人は、
木石にも瑠璃の光を見るのであるが、
欲が深くて自分を修めることを知らない者は、
どんな立派な御殿でもなお美しいと見ることはできない。

 国民の生活は、
万事みなこのとおり、
心がもとになっているから、

わたしは国を治める大もとを、
民にその心を修めさせることに置いている。」

三、(金光明經第一二、四天王護国品)
 大光王のことばどおり、
政道の大もとは、
民にその心を修めさせることにある。
【上杉鷹山公伝国の辞】

 この心を修めることは
さとりの道に進むことであるから、
政治の上に立つ人は、
まず仏の教えを信じなければならない。

 もし政治を行う人が、
仏を信じ、
教えを信じて、
慈悲深く徳のある人を敬い、
これに供養するならば、
【信教の自由】

敵もなく、
恨みもなく、
国家は必ず栄えるに違いない。
【無怨能勝怨、七不衰法】

 そして、
国が富み栄えるならば、
他の国を貪り攻めることもなく、
また他を攻める武器の必要もなくなるであろう。
【日本国憲法前文および第9条】

 したがって国民も満足して楽しみを受け、
上下和らいでむつみあい、
善を増し徳を積んで
互いに敬愛し喜び合うから、
いよいよ人は栄え、
寒さ暑さもととのい、
日も月も星も常の程度を失わず、
風雨が時に従うようになり、
こうしていろいろの災いも遠ざかるようになるであろう。

【十七条憲法和を以て貴しとなし篤く三宝を敬え
(憲法という言葉は聖徳太子がこの世で初めて作った言葉で、
意味は仏法にのっとって政治を行う、
仏法僧三宝に自ら帰依する大王天皇法皇が治めるこの国の、
最高の法は仏法なり)】

四、(大薩遮尼ノ子所説經)
 王たるものの勤めは、
民を守ることにある。
王は「民の父母」であり、【細川平洲、上杉鷹山】

教えによって民を守るからである。

民を養うことは、
父母が赤子を養うようなもので、
父母が赤子のことばを待たず、
湿ったものを取り替えて新しい布を当てがうように、
いつも民に幸いを与えて悩みを去るよう
慈しみ養うのである。【父母恩重経】

まことに王は、
民をもって国の宝とする。
これは、
民が安らかでなければ政道が立たないからである。【伝国の辞】

 だから、
王たるものは、
民を憂えてしばらくも心を離さない。
民の苦楽を察し、
民の繁栄をはかり、
そのためには常に水を知り、
風、雨を知り、
実りの善悪を知り、
日照りを知り、
民の憂いと喜びを知り、
罪の有無と軽重、
功績の有無などをよく知って、
賞罰の道を明らかにする。

 このように民の心を知って、
与えなければならないものは時をはかって与え、
取るべきものはよく量って取り、
民の利を奪わないよう、
よく税を軽くして民を安らかにする。【民のかまど、仁徳天皇の治世】

 王は力と権威によって民を守り、
このようにして
民の心になって民をよく見守るものが王と呼ばれる。

五、この世の中の王を転輪王というが、
転輪王とはその家系が正しく、
身分が尊くてよく四辺を統御し、
また教えを守るところの王である。

 この王のゆくところには、
戦いもなく恨みもなく、
よく教えによって徳をしき、
民を安らかにして邪と悪を下す。

 また転輪王は、
殺さず、
盗まず、
よこしまな愛欲を犯さず、
偽り、悪口、二枚舌、むだ口を言わず、
貪らず、
瞋らず、
愚かでない。
この十善を行って民の十悪を去らせる。

 また、
教えによって政治を正すから、
天下において思いのままになすことができ、
そのゆくところには戦いがなく、
恨みもなく、
互いに相犯すこともない。

したがって、
民は和らぎ、
国は安らいで、
民にいよいよその生を楽しませることができる。
だから教えを守る王といわれるのである。

 また転輪王は、
王の中の王であるから、
もろもろの王はみなその徳を喜び、
その教えに従って各々その国を治める。

 このように転輪王は、
もろもろの王をして各々その国に安んじさせ、
正しい教えのもとに王の任を果たさせる。

_______
拈華微笑 南無父母不二佛
hougakumasahiko.muragon.com/entry/9.html

仏教の中心は無我と無常です。
天上天下唯我独尊というその我は無我であると教えるから、
無我ゆえにすべてを受容することができます。
仏教の我は自我を離れた無我をあらわす言霊です。
デカルトの我思うゆえに我ありが、
旧約聖書創世記と同じ絶対自我の自家撞着であることを、
天上天下唯我独尊で明らかに表して、
無我のほとけは一切衆生に等しく無我と、
大慈悲宇宙の真理だるま法、
すなわち無常を教えたまわるのです。

hougakumasahiko.muragon.com/entry/25.html
_______
Posted by 豊岳正彦 at 2020年09月20日 01:12
「和を以て貴しとなす。あつく三宝を敬え。三宝とは仏法僧なり」
youtube.com/watch?v=o8FGDPe2LvQ
hougakumasahiko.muragon.com/entry/9.html

日本人で天皇陛下と言って死ぬものはムー文明時代以前から古来皆無ですね。
特攻隊も全員死ぬ時に母親と仏様以外は念じていません。
特攻は自殺ですから、自殺を禁じた神様に自殺するときお願いしても、
死後の魂を助けてくれないであろうことは、誰もがわかります。
猛烈な弾幕の中へ突っ込んでゆく特攻で自分の命が寸毫も先がない、
この世を去る瞬間にあの世で何も力を貸してくれない神様や天皇を、
自分のことをこの世で自分自身より大切に思ってくれている母を呼ぶことなく、
男の神様や父親や現人神をを呼ぶことは長たらしくて愚かすぎます。
寸秒ののちに死ぬとわかっているのに助けにならぬ者の名前を呼ぶなど、
あまりにも無駄ですから。

日本人は観音様とお地蔵さまが母親という母性の仏様だから、
お母さんと言って死ぬのと、南無阿弥陀仏と言って死ぬことは同じですが、
死ぬときにお父さんを呼ばないなら天皇陛下も男だから呼びません。
かりに天皇陛下と叫んで死んだとしましょう。死後必ず迷います。
たとえ死後の霊魂が靖国へ行ったとしても、
靖国に母親が来てくれなかったら成仏できるでしょうか。

靖国へ来なくても母親が死後の自分の行方を案じてすなわち悲(あわれ)んで、
仏さまに向かって一心に我が子の魂をどうかお救いくださいとお願いして、
お経誦げや念仏供養やお寺参りをしてくれるからこそ成仏できるのです。

悲母の恩重きこと天の極まり無きが如し。【父母恩重経】

どんな地獄にも仏様はお現れなさって、
さまざまに苦しむ魂をみな等しくその悲母観音様悲母地蔵菩薩様の
み胸に抱きとってお救いくださるから、
【地獄に仏】というのです。

閑話
これも日本人の代々親から子への言い伝えの言霊です。
同じ言霊で【母国】や【母校】と言いますが、本当の言霊では
【母なる大地、父なる天】という【阿吽】と同じ對句不二の言霊に通じます。
お地蔵さまが女性なのは【地母】たるゆえんですが、
【生命の母なる海】も同じく不二の言霊ですね。

閑話休題、
父なる神様や男神の伊弉諾尊は地獄には決して現れません。
ただ仏様だけがどんな地獄にも現れて、
苦患地獄に落ちているものを皆、
そのみ手で一人残らず救い取ってくださる。

この世では母親が我が身を痛めて生んだ子供を抱いて、
我と我が身の利己心をすべて忘れる【空なる無我】になるからこそ、
子供がすくすくと育つのです。

悲母観音様を日本中で拝んでいるのはすべて母親で、
お地蔵様を日本中で拝んでいるのもすべて母親です。

岸壁の母が日本人の悲母観音さま地蔵菩薩さまだからこそ、
日本人は老若男女みなその姿に涙するのです。

男はただ、生みと育ての母を思って慕って生きて死んでいくのです。
水戸黄門光圀の歌「諸人よ思い知れかしおのが身の誕生の日は母苦難の日」のごとく。
代田銀次郎の歌「ああモンテンルパの夜は更けて」のごとく。

文字と数字を使うのは常に男ですね。
母はいつも、文字も数字も頭にない。
文字数字が無いがゆえに何のはからいも無く、
わが子という自分以外の他者をありのまますべて受け入れて、
我と我が身を忘れて愛育するのです。【無我空不二、色即是空空即是色】

文字と数字はあらゆる動物のうちで、人間だけが使う、
この世に存在しないただ人間の脳の中だけに存在する妄想です。
妄想である数字と文字にとらわれると、
自我と利己ばかりが心の中で肥大します。

妄想を離れると自我がなくなって心が無我になります。
母が子を抱いて無我の生き仏さまに成るのはこれゆえです。

仏教聖典に仏様の教えがこうあります。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/106.html
「仏の心とは大慈悲である。
あらゆる手だてによって、
すべての人びとを救う大慈の心、
人とともに病み、
人とともに悩む大悲の心である。

 ちょうど子を思う母のように、
しばらくの間も捨て去ることなく、
守り、育て、救い取るのが仏の心である。
「おまえの悩みはわたしの悩み、
おまえの楽しみはわたしの楽しみ。」と、
かたときも捨てることがない。

 仏の大悲は人によって起こり、
この大悲に触れて信ずる心が生まれ、
信ずる心によってさとりが得られる。

それは、
子を愛することによって母であることを自覚し、
母の心に触れて子の心が安らかとなるようなものである。」

このように、
この世で文字と数字の妄想にとらわれた男は、
無我を悟ることが困難で自我への強い執着を利己他害の生活で示していますが、
その間違いを感じつつ暮らしている男が、
子供を胸に抱く母の姿に無我の仏様を見て、【悲母観音鬼子母神】
心からほとけさまに帰依して母子に供養を始めた途端に、
男は自我の迷いから覚めて、
それまでの利己他害の生活を断捨離すればたちまち、
忘己利他捨身施武士道大和魂の無我の仏性が無常のこの世に現れて、

文武二道の名人和を以て貴しとなす親孝行親身親切の、
三宝帰依仏心捨身施大和魂が悠久の仏国土で花開くのです。

この悠久の国は、一切衆生悉有仏性の魂の母国。
【一寸の虫にも五分の魂】があると、母親から口伝で学び教わる母の国。

生まれてすぐに抱っこされて満一歳半の数え年三つ子までに、
母親が歌うように語る言霊日本語を聞き真似び(学び)とって【三つ子の魂】に音霊を刻み、
齢百に至るまで抱っこの【手伝い】に伝えられた父母の大恩ある情け深い大和魂で、

母なる大地の上、父なる天の下、

立って半畳、寝て一畳、

お天道様と米の飯はどこでもついて回る月夜の影ふみ兎の餅つき、

無我の己を空しゅうする忘己利他菩薩行で報恩武士道を闊歩して無常の世を生老病死する。

晴れてよし曇りてもよし富士の山 本の姿は変わらざりけり【山岡鉄舟武士道】

死ぬ時が来れば死ぬるがよかろうと 線香消えてハイさようなら。
Posted by 豊岳正彦 at 2020年09月20日 01:13
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