すると、何となく腑に落ちてしまうところがあります。ある意味
とても分り易いからです。実際に日本の財政について、辛坊氏の
主張のように考えている日本人がきわめて多いのは事実です。
辛坊氏は、日本政府をして「ローンに頼って、収入を超える消
費生活を続けている家計」と同一視しています。これは、毎年、
税収を超える予算を組んでいれば、いつかは財政が破綻するとい
うきわめて分かり易いロジックであり、財務省もそういう理屈を
増税の根拠に使っています。
ただ、財務省の場合は、本当のことはわかっているものの、日
本の財政を悪く見せたい思惑があって、日本財政破綻論を展開し
ているのに対して、辛坊氏をはじめとする多くの日本財政破綻論
者は、それをまともに信じているように見えます。
財務省は、政府の借金については新聞などのメディアを通して
積極的に伝えますが、政府の資産については、わざわざ2年遅れ
で、財務省のウェブサイトにひっそりと公開しています。だから
ほとんどの人はそれに気がつかず、政府の借金の大きさだけが印
象に残ってしまうのです。それでいて、もし、格付け会社が日本
国債の格付けを下げようとすると、数々の証拠を突き付けて、日
本財政の健全性を主張しています。だから、財務省はわかってい
てやっているのです。
プロの財務省にこれほど徹底的にプロパガンダを展開されると
多くの国民は「そうかな」と思ってしまうものです。とくに辛坊
氏のようなテレビのMC(メインキャスター)が、日本財政破綻
論を唱えると、その影響力は大きく、多くの国民はそれが本当で
あると信じてしまうものです。
しかし、冷静になって考えてみると、確かに日本はGDPの2
倍以上の借金があるとはいえ、その一方で、日本の円は「安全資
産の円」という評価があり、今回の新型コロナウイルスの感染拡
大のようなことがあると、必ず円が買われるのを、どう説明する
のでしょうか。本当に日本が借金大国で、財政破綻必至であるな
ら、有事のさいに円など買うでしょうか。そういうとき円が買わ
れるのは、投資家が日本の財政破綻などあり得ないと考えている
からにほかならないからです。
もっとも今回のコロナ禍では、米国がパニックになった関係上
これまでとは少し違う展開になっています。それは、新型コロナ
ウイルス問題を受けて、先行きへの強い不安が拡がり、世界中で
人々は、トイレットペーパーなど生活必需品を求めて買い急ぎ、
深刻な品不足を生じさせましたが、まさにこれと同じことが金融
の世界でも起きたのです。それは深刻なドル不足の問題です。米
国では、不測の事態に備えて、銀行預金が大量に引き出され、一
部の支店で現金が不足する事態になっています。何が起きるかわ
からないので、現金を手元に置きたいとする個人の行動が原因で
す。これについて、4月10日付の『大機小機』は、次のように
書いています。
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危機が極度に強まる局面では通常なら安全資産とされる金融商
品でも、それ以上に安全な資産を手に入れるために売却される。
為替市場で安全通貨のはずの円が売られ、ドルが買われる動き、
日本でドルを調達するために日本国債が売られる動き、米国で現
金、中央銀行の当座預金を確保するために米国債が売られる動き
などがそうした異常な事態を裏付ける。
──2020年4月10日付、日本経済新聞
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そもそも家計の借金と政府の借金を同一視することが間違って
いるのです。これについて、井上智洋駒澤大学経済学部准教授の
主張は説得力があります。
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仮に、私に1000万円の借金があって、あと20年生きると
いうことが分かっているならば、元本だけを見ても年に50万円
のペースで返していかなければ、完済できないことになります。
貯蓄をしないならば、給料などの「収入」から食費や利払いな
どの「支出」を引いた額を、借金返済に充てていくことになりま
す。「収入−支出」を「個人の財政余剰」とするのであれば、個
人の財政余剰が、年に50万円必要ということになります。そう
すると、
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現在の借金
=(死ぬまでの20年間の)個人の財政余剰の合計
───────────────────────────
という式が成り立つことになります。
政府の場合も1000兆円の借金があって、20年後にこの国
家が消滅するというのであれば、年に50兆円のペースで返して
いかなければ、完済できません。政府の収入から支出を引いたも
のを「財政余剰」と言います。この支出には、利払いも含まれま
す。そうすると、家計と同様に、
───────────────────────────
現在の借金
=(国家最後の年までの20年間の)財政余剰の合計
───────────────────────────
が成り立ちます。つまり、借金した分だけ財政黒字を作って返済
することになっており、長期的な均衡財政が図られていることに
なります。ところが、実際の国家は個人と違って寿命が限られて
いるわけではなく、永続するものと見なされています。そしてい
まの資本主義経済は、永続的な経済主体は、必ずしも借金を完済
する必要がないという前提で成り立っています。
──井上智洋著
『MMT/現代貨幣理論とは何か』/講談社選書メチエ
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──[消費税は廃止できるか/069]
≪画像および関連情報≫
●コロナ禍もたらす円高リスク/長期化なら1ドル=100円
割れとの声も
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新型コロナウイルス感染の収束が見えない中、ドル・円相
場は当面、円高リスクの高い状況が見込まれている。米金融
当局による流動性供給でドル需給ひっ迫が和らぎ、米金利低
下がドル安圧力となる。加えて、新年度入り後の対外投資は
コロナによる先行き不透明感が強い中で盛り上がりは期待で
きない。秋までコロナの影響が続けば、1ドル=100円割
れが視野に入るとの見方も出てきた。
シティグループ証券は4−6月のドル・円の下限を100
円程度と想定。高島修チーフFXストラテジストは、世界的
なドル不足など、3月にドルを支えた需給要因がはく落し、
「米金利低下などに象徴されるファンダメンタルズ水準」へ
回帰すると予想する。FRB(米連邦準備制度理事会)とト
ランプ政権の「マネタイゼーション的な政策」がドル安・円
高圧力になるとみる。円安要因となり得る対外証券投資だが
コロナ巡る不透明感が強い中では、国内投資家がリスク量を
増やさないよう保守的な運用に動きやすい。野村証券の後藤
祐二朗チーフ為替ストラテジストは、「少なくともゴールデ
ンウィークぐらいまでは大きく出ることはない」と予想。シ
ティG証の高島氏は、米金利水準がこれだけ下がると「直観
では100円以上で生保が手放しでドルを買って米債に行け
るとは考えられない」とみている。https://bit.ly/3a702OD
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「国家は永続」と説く井上准教授