要があります。ステファニー・ケルトン教授が来日講演のさい、
冒頭でしたという話です。3月2日のEJ第5197号において
ご紹介しています。子供とパパの名刺の話です。話をもっとリア
ルに修正し、再度ご紹介します。
子供が3人いるモスラー家は、家を新築し、引っ越したのです
が、モスラー氏は子供たちがまったく家の手伝いをしないことに
不満を持っていました。そこで、「もし家の手伝いをすれば、何
を手伝ったかに応じてパパの名刺をあげるよ」と子供たちに提案
したのです。自分の部屋の片づけは1枚、皿洗いは3枚、庭の掃
除なら5枚というようにです。
しかし、子供たちは一向に手伝いをしようとしません。そこで
モスラー氏はどうして手伝わないのか子供たちに聞いたのです。
そうしたら、「パパの名刺なんて欲しくないから」という返事が
返ってきたのです。確かに子供たちにとっては、パパの名刺なん
か何の価値もなかったからです。
そこで、モスラー氏は子供たちに宣言しました。「毎月、月末
までに30枚の名刺を提出しないと、この家から出て行ってもら
い、親戚の家の子にするよ」と。親戚の家には子供がおらず、引
き取ってもいいといっていたし、そのことを子供たちも知ってい
たからです。
父親のこの厳しい宣言に、子供たちは慌てて家の手伝いをする
ようになります。しかし、月末までに名刺を30枚集めるのは大
変で、定例的な仕事を手伝った後、「ほかにやることはないの」
と親に聞くようになったのです。このようにして、名刺は急に価
値を持つようになったのです。
この「ウォーレン・モスラーの物語」について、井上智洋駒澤
大学准教授は、この小話からMMTの基本である次の3つのこと
が導けるとしています。
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1つ目は、納税より先に政府支出があるということです。モズ
ラー氏は手伝いをした子供たちに名刺を渡しました。これは公共
事業を行った業者に政府がお金を支払うことに類似しています。
子供たちがパパに名刺を渡すという納税相当の行為を行うのは、
その後です。
2つ目は、納税によって貨幣は価値をもつようになるというこ
とです。名刺はただの紙切れなので、パパへ上納すべきチケット
でもないかぎり、子供たちはそれを欲しがりません。同様に、紙
幣はただの紙切れなので、納税すべきチケットでもないかぎり、
誰もそれに価値があるなどと思わないというわけです。
3つ目は、租税は財源ではないということです。モズラー氏が
名刺を欲しがらないのと同様に、政府も貨幣が欲しいわけではあ
りません。名刺にせよ、紙幣にせよ、印刷すれば済む詣です。租
税を徴収しなかったとしても、政府は紙幣を印刷することで(キ
ーボードを叩くだけで)、いくらでも財源を作り出すことができ
ます。 ──井上智洋著
『MMT/現代貨幣理論とは何か』/講談社選書メチエ
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井上准教授の指摘する1つ目は、スペンディング・ファースト
です。政府は、最初にお金を作り出して支出しているということ
です。税金として納められたお金(税収)から支出しているわけ
ではないのです。
2つ目の指摘は、モスラー家のルールとして、月30枚の名刺
の提出を強制化したとたん、名刺が突然価値をもったように、政
府が作り出したお金に対しても、国家として強制力をかけること
によって、価値を持たせているという点です。
これによって、租税、すなわち税収が政府支出の財源ではない
ことがよくわかります。3つ目の指摘です。政府はその都度お金
を作り出し、政府支出として使っているということです。ただし
国民には、できるだけ税収や国債の範囲内でそれを使っているよ
うに偽装しています。本当は、税収の額に関係なく、いくらでも
お金を作り出せるのです。
この考え方に立つと、日本のように、税収を超える予算を毎年
組んで使っても問題はないということになります。昨日のEJの
関連情報でも述べているように、ほとんどの人は、「政府が何か
税金などを貯めている金庫のようなものを持っていて、そこから
お金を支出している」と考えていますが、それは違うことがよく
わかると思います。
そうであるとすると、国民が納めた税金はどうなるのでしよう
か。これについて、藤井聡京都大学大学院教授は、次のように解
説しています。
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納税したオカネがどうなるのかと言えば──それは「消える」
のである。そもそも「貨幣」とは、「国家の負債」、つまり「国
家が国民に対して借りがあるという記録」であった。「納税」と
いうものは、国民にしてみれば、「国家の借りを、国家に返して
やる」ことと引き換えに「納税義務を果たしたことにする」こと
をいう。つまり、(納税という)国民の借りと、(貨幣という)
国家の借りとを突き合わせ、両者の借りを消滅させるのである。
だから、納税すれば、国民の納税義務が(その分)消滅すると同
時に、国家の負債である貨幣もまた、消滅するのである。
──藤井聡著/晶文社
『MMTによる令和「新」経済論/現代貨幣理論の真実』
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これは、ウォーレン・モスラーの話で考えるとすぐわかること
です。子供たちは税金のかたちで名刺を返してきますが、名刺は
ボロボロになっていて、再利用できません。モスラー氏は、おそ
らくシュレッダーにかけて廃棄しているはずです。名刺は低コス
トで印刷できるからです。貨幣もまったく同じです。
──[消費税は廃止できるか/063]
≪画像および関連情報≫
●MMTは平成の誤りを検証するツールである/西田昌司氏
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MMTとは、貨幣の正体を貴金属などのモノでは無く、国
家や銀行の債務であるという事実を元に、経済現象を再定義
した理論です。貨幣の正体が債務であることは、日銀も財務
省も認めていることです。問題は、現在主流となっている経
済学が、その理論の前提として、貨幣を債務ではなくモノと
して扱っていることなのです。そのため、理論と現実が整合
しなくなっているのです。このことに彼らは気がついていま
せん。その結果、主流派経済学は現実に起こっている経済現
象を説明できなくなっています。「国債残高が、これ以上大
きくなればハイパーインフレが起きる」と彼らは20年以上
前から訴えてきました。しかし、実際には、日本はハイパー
インフレどころか、デフレで苦しんでいます。この事実も彼
らは認めようとしていません。「今はいいが、財政再建を諦
めれば、通貨の信認は崩れ、いつか必ず破綻する」という妄
言を未だに言い続けています。
自分達の学んだ理論にしがみつき、現実を直視しない彼等
の態度では、知識人としての資格はありません。自分達の前
提とする条件でしか通用しない理屈を現実の世界に当てはめ
現実がそれと違う結果になっていても、その事実を直視しな
い様では、最早科学ではなく、宗教です。
https://bit.ly/2X7t6ma
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講演するステファニー・ケルトン教授