素人判断ですが、ここにひとつの答えがあります。それは、世
の中に流通するお金の量を増やせば、景気が良くなるというもの
です。これをめぐる経済学の論争は数多くあります。印象に残っ
ている例として、当時上智大学教授であった岩田規久男氏と日本
銀行金融研究所の翁邦雄氏との論争です。
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◎岩田規久男氏
マネタリーベースを増やせば、マネーストックも増大する
はずであり、日銀は不況解消のための役割を果たしている
といえない。
◎ 翁邦雄氏
日銀は資金需要に応じてマネーストックが増大し、それに
順応するように日銀はマネタリーベースを増大させている
だけである。
──井上智洋著『MMT/現代貨幣理論とは何か』
講談社選書メチエ
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ここで翁邦雄氏がいいたいことは、「マネーストックもマネタ
リーベースも内生的に決定されるので、日銀はマネーストックを
コントロールできない」ということです。これは、「日銀理論」
といわれ、これまで日銀がずっと死守してきた考え方です。
日本のデフレ不況が深刻化した1998年時の速水優総裁以来
2003年の福井俊彦総裁、リーマンショック直後の2008年
の白川方明総裁──とくに白川総裁に関しては、「なぜ、引き締
めばかりやっているのか」と、率直にいって、私自身、日銀の対
応に不満を抱いたことはたくさんありますが、すべてこの日銀理
論に原因があったようです。
日銀理論に深く関連しているのは「マネーストック」という言
葉です。これは、世の中に流通している「預金+現金」のことで
国際的には「マネーサプライ」と呼ばれているものです。日本で
も同じマネーサプライという言葉を使ってきたのですが、白川方
明総裁時の2008年に「マネーストック」に変更しています。
「マネーをサプライできない」という意味で、名称を変更したも
のと思われます。日銀にとって、日銀理論はそれほど重要な考え
方なのです。
日銀理論を信奉する白川前日銀総裁について、白川氏の師匠で
ある浜田宏一イエール大学名誉教授は、ブログにおいて、「白川
総裁には何度も失望させられた」とし、日銀理論とは何かについ
ては、畏友の若田部昌澄教授が2008年に書いた原稿から、次
のように引用しています。
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私のみるところ、それ(日銀理論)は「一連の限定句」、平た
くいうと「できない集」である。つまり、原則として日銀は民間
の資金需要に対して資金を供給しているので、物価の決定につい
ても限定的であり、とりうる政策手段も限定的であり、政府との
協調関係も限定的であるべきというものである。たとえば、長期
国債の購入によって貨幣供給量を増やすということは、それが財
政政策の領分に入るので禁じ手であるとされる。
──「PHPビジネスオンライン衆知」https://bit.ly/3acgZrF
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しかし、2013年に黒田東彦総裁になると、日銀理論の反対
者である岩田規久男氏が副総裁に就任したことによって日銀は一
変し、積極性を見せています。現在、岩田副総裁は退任しました
が、若田部昌澄氏が副総裁になっています。
しかし、黒田総裁によって、これまでの日銀では考えられない
異次元金融緩和が行われていますが、7年経過した現在でも、目
標であるインフレ率の2%は依然として達成できていません。や
はり、何かが間違っているのだと思います。
以上のように、MMT派は「金融政策は不安定であり、あてに
できない」としています。金融政策というのは、中央銀行が行う
政策で、お金の量や利子率を操作して、インフレ率や失業率を調
整することを目的としています。
それでは、何を持ってインフレ率や失業率を調整するかという
と、「雇用保障プログラム」というものをMMTでは用意してい
るのです。
ここで、MMTが主流派経済学と異なる3つの論点の再現をす
ると、3つ目に「雇用保障プログラム」が出てきます。
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1. 財政的な予算制約はない
2. 金融政策は有効ではない
→ 3.雇用保障プログラムを導入せよ
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「雇用保障プログラム」は、Job Guarantee Program のことで
JGPと略して呼ばれます。これは、職を求める失業者を政府が
すべて雇い入れ、仕事をさせるプログラムです。どうして、これ
によって金融政策のようなことができるかについて、井上智洋駒
澤大学准教授は次のように説明しています。
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景気が悪いときに、経済はデフレ気味になります。その際、J
GPが導入されていれば、失業者をたくさん雇い入れるために政
府支出が増えて、それによって景気が刺激され、物価の下落が抑
えられます。逆に、景気が良いときに、経済はインフレ気味にな
ります。そうすると、民間の雇用が増え賃金も上昇するので、政
府に雇われていた人はもっと給料の高い仕事を求めて民間企業に
務めるようになるので、政府の支出が減ることにより景気が抑制
され、インフレ率は低下します。 ──井上智洋著『MMT
/現代貨幣理論とは何か』/講談社選書メチエ
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──[消費税は廃止できるか/054]
≪画像および関連情報≫
●日銀が「意味不明ガイダンス」を出した理由/小幡績氏
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私の予想は外れた。前回(9月18〜19日開催)の金融
政策決定会合後、黒田東彦日銀総裁は次の10月末の金融政
策決定会合では必ず何かをする、というメッセージを打ち出
したから、何かをせざるを得ず、しかし、実際には何をやっ
てもマイナスだから、マイナスが最低限と思われるマイナス
金利の拡大をする、と私は前回のコラム「日銀は必ず動くは
ずだが、一体何ができるのか」で予想した。これは見事に外
れた訳だが、なぜ外れたのだろうか。私しか関心がないかも
しれないが、将棋では、対局後の感想戦が強くなる最短コー
スと言われる。次の予想へ向けて反省会をしてみよう。
まず、アメリカが追加利下げをしたというのは予想通り。
日銀の金融政策決定会合の一日目と二日目の間に公表され、
パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の記者会見が
行われた後に、日銀の決定、黒田総裁会見だから、なぜアメ
リカは3回連続利下げ、欧州は量的緩和再開、というフルサ
ービスなのに、日銀だけなぜ何も金融市場にサービスしてく
れないのか、円高が進んでもいいのか、という批判がくるは
ずだった。しかし、欧米の動きは予想通りだったにもかかわ
らず、日銀が利下げしなくとも、批判はこなかった。批判が
こないならあえて悪い政策である利下げをすることほど愚か
しいことはない。だから利下げしなかったのは合理的だが、
問題はなぜ批判されなかったのか、ということだ。
https://bit.ly/2QBtmWO
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岩田日銀副総裁と黒田日銀総裁