2007年07月11日

●金融政策は万能ではない(EJ第2120号)

 過去20年ほどの間、経済学界では「金融政策は万能である」
という考え方――マネタリズムが幅をきかせてきたのです。彼ら
にとって、日本の不況で金融政策が効かないということは、とう
てい受け入れることができなかったのです。
 日本の経済学界においても金融政策重視派が主流となっており
そういう学者や経済評論家たちにとって、バランンスシート不況
下における金融政策は効かないと主張する財政派のリチャード・
クー氏の意見を素直に受け入れるはずもなかったのです。
 例えば、長年、政策提言のカリスマとして経済学徒から熱狂的
に支持されている岩田規久男氏は自著のなかで、次のように述べ
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本では、小泉内閣誕生当時、「デフレの悪を説き、デフレを
 止めて、穏やかなインフレ経済に移行することこそが、最優先
 されなければならない経済政策であり、デフレ脱却のための基
 本的な政策は金融政策である」という経済学者・エコノミスト
 は少数派であった。しかし、海外では、ジェース・トービン、
 ロバート・ソロー、ミルトン・フリードマン、ジョセフ・ステ
 ィグリッツ、ロバート・ルーカスといったノーベル経済学賞受
 賞者はもとより、ベンジャミン・フリードマン、アラン・メル
 ツァー、アラン・ブラインダー、トーマス・サージャント、ベ
 ン・バーナンキ、ラース・スベンソン、ポール・クルーグマン
 ベネット・マッカラム、バリー・アイケングリーン、ケネス・
 ロゴフ、ジェフリー・サックスなど、そうそうたる経済学者が
 日本経済の低迷の最大の原因は日銀の金融政策の失敗にあり、
 日本経済がデフレから脱却して再生するためには、なんらかの
 金融拡張政策が必要であるという点では完全に一致しているの
 である。      ――岩田規久男著、『昭和恐慌の研究』
                     東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 これを見てあなたはどう考えるでしょうか。「デフレ脱却のた
めの基本的な政策は金融政策である」ということを訴えるために
外国の経済学者を16名も列挙し、海外の論調に弱い日本人に圧
力をかけているとしか思えないのです。
 クー氏によると、岩田氏がここで上げた16人の経済学者の中
で、企業がもしかしたら債務の最小化に走っているのではないか
というとらえかたをした人は一人としていないといっています。
すべての論者は企業は従来通り利益の最大化に走っているという
前提で日銀失政を説いているのです。
 海外のこうした論調に加えて、不況がなかなか回復しないこと
にしびれを切らした政治家やマスコミがしきりに量的緩和を訴え
たことによって、当初やっても意味がないとしていたに日銀の速
水前総裁は、押し切られるかたちで量的緩和の実施を決断したの
です。そして、日銀は最終的に30兆円という法定準備金の6倍
もの流動性を供給したのですが、マネー・サプライは一向に増え
なかったのです。これに関してクー氏は、次のようにいっている
のです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 実際、今の学界は金融政策万能論というのが蔓延していて、と
 にかく金融政策さえ正しくやれば景気の問題は必ず解決すると
 いうことを信じている学者が大勢いる。だから、そういう人た
 ちから見ると、日銀当座預金の残高を最大35兆円まで増やし
 ても効果がないのであれば、50兆円、100兆円やったらど
 うかということを言ってくるのである。
                  ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらのマネタリズムを信奉する人たちは、ひとつの大きな過
ちを冒しているのです。それは、日本がなぜデフレに陥ったかを
調べずに日本がデフレであることを前提して、一般論でそれを片
付けようとしているということです。
 クー氏と根本的に違うのは、マネタリズム信奉者が企業の借金
返済行動をデフレだからそういう行動を取ったとしているのに対
し、クー氏は企業がそういう行動を起こしたからデフレになった
としている点です。
 それは、経済学者の田中秀臣氏によるクー氏の主張に対する反
論にも見ることができます。(著者=クー氏)
―――――――――――――――――――――――――――――
 著者は「バランスシート不況」という観点は従来の教科書には
 ない「新しい経済学」である、と力説している。しかし今日、
 日本の大学などで利用されているスティグリッツやマンキュー
 の教科書では、不況をきちんとバランスシート問題に結びつけ
 て論じている。それはまた、著者が本書やそれに先行する論考
 を発表する以前から、啓蒙書(あるいはよく知られている研究
 論文)などにおいて、論壇やアカデミズムの共通財産となって
 いる。また、著者は、従来の経済学では、なぜデフレのもとで
 は企業が借金の返済を優先し、新規の投資をしないかが説明さ
 れていない、と批判している。しかし、それは正しくない。
            ――リチャード・クー著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 田中氏は「デフレのもとで」と述べていますが、因果関係が逆
なのです。クー氏は、企業が借金返済に走るから総需要が減少し
不況とデフレが起きるのであって、田中氏のいうデフレがあるか
ら企業がキャッシュフローを債務返済に回しているのではないと
いうことです。
 また、田中氏の指摘するスティグリッツやマンキューの教科書
には、貨幣乗数の説明に必要な銀行のバランスシートに関する記
述はあったものの、過剰債務を抱えた企業が債務の最小化に走る
という記述は発見できない――このようにクー氏は反論している
のです。          ――[日本経済回復の謎/29]


≪画像および関連情報≫
 ・クルーグマンの速水批判
  ―――――――――――――――――――――――――――
  速水優・日本銀行総裁は、金融政策の緩和はハイパーインフ
  レを引き起こすかもしれないと警告している。これは驚くべ
  きことだ。大恐慌が本格化した1931年から32年にかけ
  て、インフレを心配して金融緩和に警告を鳴らした銀行家が
  いた。その間、物価は年率で10%下落していた。速水総裁
  の発言もそれと同じで、驚くべきことである。彼がどのくら
  いインフレが起こりそうだと考えているのか分からないが、
  身の回りのあらゆる場所でデフレが起きていてもなおインフ
  レを心配するというのは、いかにも中央銀行らしい発想であ
  る。ノアの洪水が起こっている最中に「火事だ、火事だ」と
  叫んでいるようなものだ。
            ――ポール・クルーグマン/中岡望訳
        『恐慌の罠/なぜ政策を間違えつづけるのか』
                       中央公論社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

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posted by 平野 浩 at 04:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本経済回復の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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