2007年07月10日

●「バーナンキの背理法」とは何か(EJ第2119号)

 EJ第2102号で、『文藝春秋』の1999年11月号に掲
載されたポール・クルーグマン教授とリチャード・クー氏の対談
をご紹介しましたが、そこでクルーグマン教授は、日本経済の需
要不足について次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は日本経済の需要不足の原因がどこにあるのかを理解するこ
 とが、それほど重要なことだとは思わない。経済の構造的な状
 態によって効果は異なるとはいえ、経済の原則から考えれば紙
 幣を刷れば需要を増やすことができる。通貨供給量(マネーサ
 プライ)を増やせば何らかの効果はあるのです。
          ――『文藝春秋』1999年11月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、クルーグマン教授は「通貨供給量を増やせば何らか
の効果がある」といっているのですが、それが実現するには次の
2つことが成り立つこと必要なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.中央銀行が通貨供給量を増やせる
     2.民間に旺盛な資金需要があること
―――――――――――――――――――――――――――――
 クルーグマン教授は2の「民間に旺盛な資金需要があること」
を大前提として中央銀行は通貨供給量を増やせるといっており、
日本の不況は貸し手側の問題が原因で起こったと考えています。
 しかし、これは明らかに誤りです。日本の不況は借り手側の行
動変化が原因で発生し、民間資金需要がなくなったのです。この
間の事情はクー氏の唱えるバランスシート不況論で十分説明がつ
くと思います。
 ここで「中央銀行が通貨供給量を増やせる」ということについ
て説明する必要があります。ここでいう「通貨供給量」はマネー
・サプライという意味であり、具体的には、次の2つの合計がマ
ネー・サプライになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
   マネー・サプライ=現金通貨の量+預金通貨の量
―――――――――――――――――――――――――――――
 結論からいうと、日銀が直接コントロールできるのは、マネタ
リー・ベースと呼ばれるものだけであり、マネー・サプライはコ
ントロールできないのです。
 マネタリー・ベースとは、「ベース・マネー」とか「ハイ・パ
ワード・マネー」と呼ばれますが、これはマネー・サプライと同
意義ではないのです。マネタリー・ベースは日銀が発行する現金
の量です。このマネタリー・ベースの中には、各銀行が日銀に預
けている預金――日銀預け金も含まれます。
 例えば、日銀がX銀行を通じて2000万円の現金を発行する
とします。この場合、X銀行の日銀口座に2000万円を積み上
げますが、それをどう使うかはX銀行の自由です。1000万円
を使い、残りの1000万円は日銀預け金の口座に残しておくと
いう使い方をするかもしれません。
 したがって、日銀は預金の発行量そのものをコントロールする
ことはできず、預金の量に日銀預け金の量を足し合わせた量をコ
ントロールするだけなのです。
 しかし、日銀がいくらマネタリー・ベースを増やしても、民間
に資金需要がなければ――お金の借り手がいなければ、資金は日
銀と銀行の口座に積み上がるだけです。つまり、クルーグマン教
授は、日銀が実際に増やすことができる流動性――マネタリー・
ベースの供給と、民間が実際に使えるお金の量である通貨供給量
――マネー・サプライを同意義のように使っているのですが、こ
れが実現するには、民間に旺盛な資金需要のあるという条件が満
たされるときだけです。
 確かに1970年〜90年の間はマネタリー・ベースとマネー
・サプライは同じ動きをしていたのですが、過去15年間にわた
る日本では企業が一斉に借金返済に走り、民間資金需要が完全に
枯渇してしまったので、日銀がいくら量的緩和を行ってもマネー
・サプライには影響がなかったのです。
 それにしても、クルーグマン教授によって代表される金融政策
重視派の人たちは、この15年間に日銀がとってきた金融緩和政
策がまったく効果がなかったという事実を前にしても、そういう
金融政策の有効性を信じて疑わないのでしょうか。
 ところで、「バーナンキの背理法」というのをご存知でしょう
か。ここでバーナンキとは、第14代連邦準備制度理事会(FR
B)議長のベン・バーナンキ氏のことです。彼はゼロ金利下でデ
フレ克服に向けて有効な手だてを施せない日銀の金融政策を批判
して次のようなことをいったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「もし、日銀が国債をいくら購入したとしてもインフレにはな
 らない」と仮定する。そうすると、市中の国債や政府発行の新
 規発行国債をすべて日銀がすべて買い漁ったとしてもインフレ
 が起きないことになる。そうなれば、政府は物価・金利の上昇
 を全く気にすることなく無限に国債発行を続けることが可能と
 なり、財政支出をすべて国債発行でまかなうことができるよう
 になる。つまり、これは無税国家の誕生である。しかし、現実
 にはそのような無税国家の存在はありえない。ということは、
 背理法により最初の仮定が間違っていたことになり、日銀が国
 債を購入し続ければいつかは必ずインフレを招来できるはずで
 ある。                ――ウィキペディア
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは、日本の下手な金融政策を皮肉ったものでしょうが、論
理的に少しおかしいのです。無税国家はあり得ないから、国債購
入はインフレをもたらすという論法には飛躍があります。ただ、
はっきりしていることは、日銀がいくら国債を買っても、企業の
バランスシート修復が終わるまでは何も起きない――そういう事
実だけです。       ―― [日本経済回復の謎/28]


≪画像および関連情報≫
 ・「バーナンキの背理法」についてのクー氏の意見
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ここではあたかも「無税国家はあり得ないので、日銀による
  国債購入はインフレをもたらす」という解釈が期待されてい
  るが、実際にここでインフレをもたらすのは、企業がバラン
  スシートの修復を終え、彼らが再びお金を借りて使うという
  行動である。そして彼らがそのような行動に出たときに巨額
  の流動性が銀行システムにあふれていれば、それをもとに膨
  大な信用創造が始まり、それが深刻なインフレをもたらす可
  能性はある。          ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

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posted by 平野 浩 at 04:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本経済回復の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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