2019年06月28日

●「習近平主席とはどのような人物か」(EJ第5036号)

 今後中国はどうなるのでしょうか。現在の中国は、内外に深刻
な“火種”を抱えており、危機的状態にあります。この危機を乗
り越えられるかどうかは、トップである習近平という人物の手腕
にかかっています。それでは、習近平とはどのような人物なので
しょうか。
 中国に詳しいジャーナリストの福島香織氏は、習近平氏につい
て、次のように表現しています。これは、福島氏の著書の小見出
しに出ている表現です。
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 高いプライドと強いコンプレックス。小学生レベルの傲岸不
 遜。それが習近平である。        ──福島香織氏
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 一国の、それも約14億人のトップに対する評価としては、か
なりひどいものです。トランプ米大統領も似たような評価をされ
たことがありますが、それでもトランプ氏の場合は、実業家とし
て一応成功を収めており、現在の大統領職でも、それが生きてい
る面があります。しかし、習近平氏にはそれがないのです。
 学歴は、精華大学大学院法学課程、法学博士号取得──立派な
学歴であるといえます。しかし、福島氏によると、習近平が入学
した1975年は、中国は文化大革命の最中であり、まともな大
学入試がなかったといいます。カネがあって、毛沢東のコネがあ
れば、誰でも入学でき、法学博士号論文も、代筆であったといわ
れています。
 習近平氏の父親の習仲勲氏は、建国八大元老の一人であるとい
うそれなりの政治家です。福島香織氏は、現在の習近平氏につい
て、次のように述べています。
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 「習近平は無能だ、頭が悪い」と言っている人は実はすごく多
いのです。改革派、開明派と呼ばれる知識人や官僚はもちろん、
保守派、左派の重鎮たちからも、私の知るかぎり、どちらからも
能力的な評価は低くみられています。彼を誉めちぎるのは、ヒラ
メ官僚(自分の出世と保身だけに気を使っている習近平の限られ
た取り巻き連中)だけという印象です。    ──福島香織著
   『習近平の敗北/紅い中国・中国の危機』/ワニブックス
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 中国の指導者としては、まず、毛沢東が上げられますが、この
人は、大変優れた軍事戦略家です。日中戦争後の国共内戦では、
蒋介石率いる中華民国を台湾に追放し、中国大陸に現在の中国で
ある中華人民共和国の建国を成し遂げた人物です。
 しかし、毛沢東は経済のことはまるでわかっていないのです。
嫉妬深く、権力欲が強いので、彼の生涯は権力闘争に明け暮れた
といっても過言ではありません。しかし、死去するまで同国の最
高指導者の地位にあった人物です。
 この毛沢東とは少しタイプが違いますが、ケ小平も稀代の天才
政治家です。この人は、権力闘争に3度も敗れますが、3度とも
復活するという不屈の精神の持ち主です。この人は経済のことが
よくわかっていて、社会主義国家であるのに、経済特区を設けて
自由主義経済体制を取り入れるという奇想天外な改革開放路線を
推し進めたのです。
 主として米国と日本を訪れ、視察を重ねた結果、中国が科学技
術の面において大きく遅れていることを知り、両国の力を借りて
改革開放に取り組んだのです。この外資導入による輸出志向型工
業化政策は、その後、きわめて大きな成果を収め、やがて現在の
ような中国になるのです。しかし、改革開放といっても、政治体
制だけはそのままのかたちで温存したのです。
 ケ小平のプラグマティズム(功利主義哲学)は、次の2つの言
葉によくあらわれています。
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   ◎白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である
   ◎窓を開けば、新鮮な空気とともにハエも入ってくる
                      ──ケ小平
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 そのケ小平にも危機が訪れます。1989年6月4日の天安門
事件です。天安門事件は、中国共産党体制転覆の危機といっても
よいほどの大事件だったのです。ケ小平は、時の優れた政治家で
ある胡燿邦、趙紫陽と一緒に、中国を立て直そうとしたのですが
失敗し、天安門事件が起きてしまいます。これについて、福島香
織氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 天安門事件については、学生たちの民主化運動の側面は広く理
解されていますが、実は、ケ小平、胡燿邦、趙紫陽の権力闘争が
背後にあります。最初はこの優秀な三人の政治家がトロイカ(三
頭立て馬車)のように仕事を分担して、国を立て直そうとしてい
たのですが、胡耀邦の人気が非常に高いので、ケ小平と趙紫陽は
嫉妬し、胡を失脚させました。すると今度はケ小平と趙紫陽が対
立することになりました。趙紫陽は学生運動を利用しようとし、
部小平は学生運動を鎮圧したのです。
                ──福島香織著の前掲書より
─────────────────────────────
 ここでケ小平は、文革経験と天安門事件の経験から、中国を治
めるのは、1人に政権を託すのではなく、何人かの集団指導体制
を築く必要があると考えます。そして、才能がとくに優れている
わけではないが、江沢民氏に総書記、国家主席、中央軍事委員会
のトップの権限を与え、「5年2期/10年」という任期を定め
たのです。そして、江沢民政権の後で、後継者争いが起きないよ
う、次の指導者は胡錦濤氏であるとの指名を行っています。
 この流れのなかにおいて、胡錦濤政権の次に、習近平氏にトッ
プの座がまわって来たわけです。しかし、習近平氏は、現在、こ
のケ小平ルールを壊そうとしています。
              ──[中国経済の真実/035]

≪画像および関連情報≫
 ●李登輝が語る「天安門事件」が台湾の民主化に与えた影響
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   天安門事件から30年を迎え、台湾や香港では大規模な追
  悼集会が開かれた。特に台湾は、言論の自由が保障されてい
  ることもあり、台北市内中心部の中正紀念堂で、戦車の前に
  立ちはだかった学生を模したモニュメントが展示されたほど
  である。
   奇しくも天安門事件の発生から9ヶ月後の1990年3月
  台湾でもまた自由や民主化を求める学生運動が起きていた。
  当時の総統は李登輝。これまで何度も書いてきたが、88年
  に蒋経国が急逝して総統職を継いだものの、すぐに権力をふ
  るうことなど不可能な環境だったといえる。周囲は李登輝を
  つかの間の代打と捉えるか、あるいは形ばかりの「ロボット
  総統」に仕立てて背後からコントロールすればよいと考える
  者ばかりだったそうだ。
   また、李登輝自身も「急進的な民主化」は望んでいなかっ
  た。もちろん頭のなかには「人々が枕を高くして安心して寝
  られる社会を実現したい」という青写真があったものの、と
  にもかくにも最優先させたのが、「社会の安定」だったとい
  う。それまでの台湾は戦後40年あまり、良くも悪くも国民
  党による強権統治の支配下にあった。蒋介石から息子の蒋経
  国へとバトンタッチされ、いちおうは国民党が一枚岩となっ
  てこの台湾を統治してきたのである。
                  https://bit.ly/2IQzPcD
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胡燿邦氏と趙紫陽氏.jpg
胡燿邦氏と趙紫陽氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 中国経済の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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