2007年07月04日

●国債発行枠30兆円がなぜ間違いなのか(EJ第2115号)

 リチャード・クー氏というと、後先のことを考えずに財政出動
をやって、景気を回復させることを主張しているエコノミストと
思われています。しかし、クー氏の著作を読んでみると、けっし
てそんなことをいっていないことがよくわかります。
 彼は財政再建の重要なことは認めているのです。国家財政が破
たんしてしまったら大変だからです。しかし、それをやるタイミ
ングを間違えるなといっているのです。経済が危機状態にあり、
他にとくに有効な手段がないと思われるときに、経済を回すため
に財政出動を行うべきであるといっているのです。
 日本の場合、やってはならないタイミングばかりを狙って財政
再建をやっているといえます。そのためにせっかく良くなりつつ
あった景気の足を引っ張り、その結果、以前よりもかえって借金
を膨らませてしまう――そんなことがあまりにも多いのです。
 それは政策担当者自身が不勉強で、経済の仕組みというものが
わかっていない面があるといえます。経済も他の科学技術と同様
に、新しい発見があるはずです。バランシート不況もそのひとつ
ですが、経済学者やエコノミストたちはほとんど認めない――皆
が自分だけが正しいと思っているのです。
 しかし、バランスシート不況は実に明解です。なぜなら、経済
の素人にも十分な納得性が得られるからです。素人にもわかる理
論―−それこそ本当に正しいといえるのです。
 バランスシート不況は、家計の貯金と企業の純借金返済額の合
計が銀行部門に入ったきり出てこない――これによって、有効需
要が減少することによって、はじまるのです。当時は家計の貯金
と企業の純借金返済額の合計額は、35兆円〜40兆円ぐらいは
あったと思われます。
 2001年4月から発足した小泉政権において小泉首相は、国
債の発行枠を30兆円にすると国民に公約しています。これは、
「国債を少しでも発行しないようにすれば、それは前進である」
と考えたとすれば、あまりにも経済というものを知らないといわ
れても仕方がないと思います。
 家計の貯金と企業の純借金返済額の合計額が35兆円〜40兆
円ある時点で、国債発行枠を30兆円以下に抑えるということは
その差額の5兆円〜10兆円が埋まらず、デフレギャップとして
残ることを意味しています。これが景気の足を大きく引っ張っぱ
る原因になります。
 確かに小泉首相就任後の2年間――2001年〜2002年に
経済は大幅に悪化し、株価も大きく下落しています。これは明ら
かに小泉首相が最もタイミングの悪い時期に財政再建をはじめた
ことによる景気後退であるといえます。そして、結局のところ小
泉首相は一回も国債発行枠30兆円を守れなかったのです。
 そこで小泉首相は事実上この国債発行枠30兆円を放棄してし
まうのです。つまり、税収では足りない分は赤字国債で穴埋めす
るという元のスタイルに戻ったのです。
 そうすると財政は自然体に戻って、財政でいう「オートマチッ
ク・スタビライザー機能」を発揮しはじめたのです。その結果、
景気にプラスの影響を与える状況になったといえます。この機能
について、クー氏は次のように説明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 財政の「オートマチック・スタビライザー機能」というのは、
 景気が良いときは税収の伸びがGDPのそれを上回ることで景
 気の加熱にブレーキをかけ、またその逆の景気の弱いときは、
 失業保険など政府の支出は増える一方で税収が落ち、景気を下
 支えする機能のことである。    ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小泉政権と安倍政権――それぞれが打ち出している経済に関す
るスローガンは次のようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   構造改革なくして経済成長なし ・・ 小泉政権
   経済成長なくして財政再建なし ・・ 安倍政権
―――――――――――――――――――――――――――――
 ちょっと見ると似ていますが、その意味しているところはぜん
ぜん違うのです。例えば、国債発行枠30兆円というキャップは
「構造改革」の中に含まれていますが、これは結果として不況を
長続きさせただけで、大失敗に終っています。小泉政権を支えた
経済閣僚は、構造改革をやったからこそ景気が回復したといって
いますが、そんなことはあり得ない。上場企業の借金返済が終わ
ったからこそ景気が回復基調に乗ったのです。
 これに対して安倍政権のそれは「経済成長なくして財政再建な
し」となっており、十分納得性があります。しかし、安倍政権か
らの経済メッセージはきわめて弱く、本当にスローガン通りにや
るのかどうかは不透明です。
 タイミングを間違えて実施したものはまだあります。2001
年3月に導入された時価会計制度の導入です。これは小泉政権発
足の直前であり、小泉政権に責任はありませんが、この制度は企
業収益と税収を直撃し、不況を一層深刻にすることに大いに貢献
したのです。
 2001年といえば、資産価格が暴落していたときです。企業
の保有する資産には巨額の評価損が発生していたのです。それま
では、評価損が出ても含み損という形で処理し、表面に出さなく
てもよかったのです。
 しかし、この制度の導入によって、正式に評価損の計上をしな
ければならなくなったのです。そこで、企業としてはどうせ計上
するなら、売却して実現損にした方が税法上のメリットがあると
いうことで、一斉に売却をはじめたのです。ここに発生した巨額
の実現損が企業収益を直撃し、その結果税収はGDPの動向が示
唆する水準をはるかに超えて激減してしまったのです。官邸には
もっと経済の分かる人はいないのでしょうか。
              ――[日本経済回復の謎/24]


≪画像および関連情報≫
 ・時価会計とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  時価会計とは、有形固定資産や有価証券に適応される。土地
  の価格や株価が大きく下った場合には、それをなるべく速や
  かに資産減として簿記に反映させることを言う。逆に上がれ
  ば資産増として反映させる。法律はどれほどの変動までを、
  無視してよいか、どのくらいの頻度で簿記に反映すべきかを
  規定しているだけである。当然、時代の経過につれ、なるべ
  く迅速に現実を反映する方向が要求されるようにあってきて
  いるので、法律の如何にかかわらず、現在でも決算時にはこ
  れらの時価を調べ、それを記載するように努力すべきであろ
  う。こうした透明性が株主や投資家に対する責務であろう。
    http://www.moge.org/okabe/temp/balance/node74.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

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posted by 平野 浩 at 04:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本経済回復の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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