2019年02月22日

●「発展途上国が遭遇する2つの要因」(EJ第4953号)

 中国は、ある意味において、非常にタイミングの悪いときに米
国から貿易戦争を仕掛けられたといえます。それは、ちょうど中
国の経済が減速しているさなかの貿易戦争だったからです。
 それは、発展途上国が必ず遭遇する次の2つの要因による経済
の減速のさなかだったのです。
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          1. 中所得国の罠
          2.ルイスの転換点
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 1は「中所得国の罠」です。
 中所得国の罠は、自国経済が中所得国のレベルで停滞し、先進
国(高所得国)入りがなかなかできない状況のことをいいます。
これは、新興国が低賃金の労働力などを原動力として経済成長し
中所得国の仲間入りを果たした後、自国の人件費の上昇や後発新
興国の追い上げ、先進国の技術力などの先端イノベーションの格
差などに遭って競争力を失い、経済成長が停滞してしまう現象を
指しています。
 2は「ルイスの転換点」です。
 「ルイスの転換点」は、英国の経済学者、アーサー・ルイスに
よって提唱された概念です。これについては、2013年に執筆
したEJのテーマ「新中国論」で一度説明しているので、それを
引用することにします。
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 「ルイスの転換点」という言葉があります。農業を中心として
きた低開発国が、高度成長期になったとき、農村の未活用の余剰
労働力が都市部に移動して製造業などに投入されるため、人件費
は上昇しないのです。
 中国も外資系大手企業の間で「魔法のような国」といわれたこ
とがあります。人を雇おうと思って広告を出すと、広告枠の何倍
もの内陸の若者たちが次から次へと出稼ぎに来るので、いくら人
を雇っても人件費が上がらない国という意味で、「魔法の国」と
呼んだのです。
 しかし、労働力移動が峠を越えて完全雇用に近づくと、人件費
は向上し、人出不足になってくるのです。それに既に職に就いて
いる労働者たちは賃金値上げのためのストを頻繁に行い、人件費
が高騰してくるのです。そのターニングポイントを「ルイスの転
換点」と呼んでいます。
     ──2013年4月11日付、EJ第3525号より
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 これら「中所得国の罠」と「ルイスの転換点」は、新興国は必
ず遭遇しますが、日本では1960年代後半ごろにこの転換点に
達しています。中国の場合、国が広いので、完全雇用とはいえな
いものの、既に2006年頃にはこの転換点に達しているものと
考えられます。
 ルイスの転換点を過ぎると、求人難が起こり、それは人件費の
高騰を招きます。全国各地で法定最低賃金が引き上げられ、そう
いうところから、もはや現在の中国では「ものを安く作れない」
状況が生まれているのです。
 2013年時点の日本総研の湯元健治氏(シニアエグゼクティ
ブエコノミスト)のレポート(「中国は中所得国の罠を回避でき
るか」)によると、やはり中国は、ルイスの転換点を超えている
として、次のように述べています。
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 中国では農村から都市への労働力移動がストップし、労働力不
足と賃金上昇が経済成長を抑制する「ルイス転換点」をすでに通
過した可能性が高い。このままでは、今後10年間の潜在成長率
が5〜6%に低下しかねない。労働や資本に依存した成長パター
ンからイノベーション・生産性主導型成長への転換が急務だが、
国有企業による基幹産業の独占の弊害、外資依存の低賃金加工組
立型経済モデルの行き詰まり、民営企業の活力低下などが指摘さ
れている現在、「国進民退」のトレンド転換は容易ではない。国
有企業の民営化や先進的な民間企業の育成によって、イノベーシ
ョン能力を高めなければならない。  https://bit.ly/2Xf1uJx
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 このように、中国は、ルイスの転換点は既に達していますが、
中所得国の罠からは、まだ抜け出せていないのです。これから抜
け出すためには、一人当たりGDPがもっと上昇していかなくて
はなりませんが、中国の2017年の一人当たりGDPの順位は
74位(日本は25位)と低迷しています。
 中国は、こういう状況で、米国から貿易戦争を仕掛けられたの
です。この貿易戦争がこのまま続くと、今後中国から外資の大量
撤退をもたらし、グローバルな産業再配置を促しています。こう
した産業の連鎖構造再配置の過程で、中国で発生するのは資本の
流出と失業の増加です。
 中国では、現在メディアでの「報道禁止事項」が増え続けてい
ます。この数ヶ月だけで、貿易戦争、失業、外貨準備高の流失、
株式市場、不動産のマイナス情報が「報道禁止事項」に加えられ
ました。失業率も報道禁止事項に入っているのです。
 2018年8月に、「7月の全国の都市の失業率は5・1%で
あり、前年より0・3%上昇した」と発表されましたが、誰もこ
の数字を信用していない状況です。現在、日本でも統計不正が問
題になっていますが、本当の失業率は、実に22%ともいわれて
いるのです。
 日本の共同通信によると、現在までに6割の日本企業が、中国
から他の国へ撤退、あるいは撤退中で、残る4割もいかに撤退す
るか考慮中だとしています。もともと中国の失業率は高かったの
です。これに大量の外資撤退による失業を加えると、そうでなく
ても深刻だった傷口に塩を塗られるようなものであり、失業問題
は今後さらに深刻の度を加えることは確実です。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/034]

≪画像および関連情報≫
 ●中国のますます深刻化する失業状況/2018年10月
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   中・米貿易戦争は、外資の中国からの大量撤退をもたらし
  グローバルな産業再配置を促しています。こうした産業の連
  鎖構造再配置の過程で、発生するのは中国などの新興国家か
  らの資本流出と失業増加です。米国は税制改革と規則の緩和
  によって経済発展を促進させ、グローバルな投資家の避難港
  となりました。8月だけで、全米の雇用は20万1千人増え
  失業率は3・9%です。しかし、中国では大量の外資撤退に
  よって、もともと深刻だった失業問題の傷口に塩を塗られた
  ようなものです。
   中国では、現在ますます「報道禁止事項」が増え続けてい
  ます。この数カ月だけで、貿易戦争、失業、外貨準備高の流
  失、株式市場、不動産のマイナス情報が「報道禁止事項」に
  加えられました。しかし、そんなことをしても、様々な方法
  で中国の失業問題の深刻さを計算することは出来ます。国家
  統計局は、8月中旬に「7月の全国の都市の失業率5・1%
  であり、前年より0・3%上昇した」と発表しました。
   こういったデータは中国経済のアナリストたちは信用して
  いません。まず、この統計規格そのものが「中国的特色」を
  帯びており、今年の4月以降に、中国政府は発表する失業率
  を「都市登記失業率」から「調査失業率」に改変しました。
  政府に委託を受けた専門家グループは「調査失業率の全面解
  析における9つの問題」として、まことしやかに、調査失業
  率は以前の都市失業率より信用できると”論証”しています
  が、専門家たちはみなこの中国的特色の調査は本当の失業率
  ではないことを承知しています。 https://bit.ly/2SSJtlK
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不可解な中国の失業率.jpg
不可解な中国の失業率
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 米中ロ覇権争いの行方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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