いて、「100%全日空機側の過失である」と断定し、次の3つ
の理由を上げています。
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1.全日空機の見張り義務違反である
2.全日空機が航路の逸脱をしている
3.全日空機が航空法違反をしている
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「1」は、「全日空機の見張り義務違反」です。
B727のクルーは明らかに見張り義務違反を行っています。
もし、見張っていれば、事故は100%回避できたはずです。問
題は、なぜ、見張り義務違反を怠ったかです。
それは、当日3回目という過酷なフライトにあります。それに
定刻よりも53分も遅れており、操縦クルーは、地上では昼食を
とることができず、28000フィートの巡航速度に達して水平
飛行に移った後に、自動操縦装置に依存して、昼食の準備、もし
くは昼食中だったため、見張り義務に違反したものと考えられま
す。こういう過酷な勤務状況については、会社に対して乗員組合
から改善要求が出されています。
他の情報によると、当時全日空の操縦クルーは、自動操縦装置
に切り換えた後は、チェスをしたりするなど、見張り義務につい
ての義務意識は薄かったものと考えられます。
「2」は、「全日空機の航路の逸脱」です。
全日空58便は、ジェットルートJ11Lを飛行するという飛
行計画書を提出しています。しかし、58便はこの区間に慣れて
いたし、その日3回目の飛行であったので、函館NDB通過後、
近道である仙台VORに針路を取り、自動操縦で漫然と飛行して
自衛隊側の訓練空域に侵入したのです。
これに関する証拠は、航空自衛隊のBAGDEシステムに残さ
れている航跡と、接触場所の目撃情報、さらに民事裁判に提出さ
れた8ミリフィルムのアジア航測の解析結果など、たくさんあり
ます。どのように考えても全日空機は航路を逸脱しています。
「3」は、「全日空機の航空法違反」です。
全日空58便は、申請した航空路を恒常的に無視して別の航空
路をとるという航空法違反を繰り返していた疑いがあります。事
故当日、58便は千歳/羽田間を3往復することになっていまし
たが、朝の「千歳/羽田」と昼の「羽田/千歳」も、いずれも飛
行計画書にはJ11Lを申請していたものの、仙台VORを飛行
していたものと思われます。
この日本の空の危険について、須藤朔/阪本太朗共著の本では
次のように書かれています。
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昭和51年9月に、全運輸労組が発表した航空黒書『空の安全
を点検する』によって、国内航空3社のパイロットのアンケート
の結果、雫石事故の後でも、「多数の民間旅客機がルートからは
ずれ(やむを得ず、との但し書きがあったが)、防衛庁管轄の訓
練空域や試験空域へ入っていること」「ルートを変えて防衛庁管
轄空域に入る際に、機長がとるべき規定の手続きを知らないパイ
ロットが過半数あったこと」を知ったが、事故以前には、旅客機
のルート逸脱は日常茶飯事と言われていた。
──須藤朔/阪本太朗著
『恐怖の空中接触事故/空の旅は安全か』/圭文社刊
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佐藤守氏の上記3点の指摘によって、雫石空中衝突事件は、全
面的に全日空側の過失によるものであることは明らかです。佐藤
氏は、次のように結論づけています。
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本裁判は、政府事故調査報告書の不備と、全日空機側の100
%過失によって起きた事故であり、自衛隊操縦者に対する判決は
「無罪」が妥当であり、現状は「冤罪事件」に相当する。
事故原因が曖昧なまま、行政罰を受けた防衛庁側関係者に対し
て国側は速やかに謝罪・補償し、その名誉を回復しなければなら
ない。なお、本事故の犠牲者に対する補償は、国ではなく、当該
事業者が支払うべきものである。また、民間航空を指導する立場
にあつた運輸省の責任も免れない。 ──佐藤守著/青林堂刊
『自衛隊の「犯罪」/雫石事件の真相!』
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ところがです。この衝突事故についての刑事における最終判決
は、次のように決着がついています。昭和58年(1983年)
9月22日の最高裁判決です。
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隅太茂津一(教 官) ・・・ 禁固3年執行猶予3年
市川良美二(訓練生) ・・・ 無罪
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佐藤守氏の本を精読する限り、上記判決は不当そのものであり
この事件は冤罪です。裁判所はあらゆる証拠を踏みにじり、無視
し、最終的には最高裁判官の「自判」という異常な手段をもって
自ら裁判に決着をつけています。本来は、高裁に差し戻すべきと
ころを強引に裁判を終了させたのです。
雫石空中衝突事故を調べていてわかったことですが、この事故
の14年後に起きたJAL123便事件と、強い関係があること
がわかってきました。確かに、2つの事件は、航空会社も事故の
状況も異なりますが、雫石衝突事故の幕引きが、最終的には、政
府の思い通りの結果になったことで、それが123便の決着にも
影響を与えたものと思われます。
どちらの事故も、自衛隊出身のパイロットが機長であったこと
に共通性があります。中途半端な時期ですが、今回のテーマはあ
と2回で終了する予定です。その2回において、それについての
真相について述べることにします。
──[日航機123便墜落の真相/074]
≪画像および関連情報≫
●書評「自衛隊の犯罪 雫石事件の真相」/宮崎正弘氏
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雫石衝突事件の真実は「自衛隊機に全日空機が追突した」
悪いのは全日空機だった。全日空機より速度の遅い自衛隊機
が、追突できる筈がなく報道は非科学的で杜撰。
若い人には記憶すらないだろうが、評者(宮崎)は、この
「事件」のことを鮮明に覚えている。第一報は、「全日空機
に自衛隊機がぶち当たって」、162人が犠牲になったとい
う。世の中、自衛隊が悪いというヒステリックな大合唱が起
こった。真実は「自衛隊機に全日空機が追突した」のだ。悪
いのは全日空機だった。
そもそも全日空機より速度の遅い自衛隊機が、追突できる
筈がなく、報道は非科学的で杜撰なものだった。ところが、
なぜ、こんな誤報がまかり通ったのだろう?
第1は全日空側の事情。全日空が悪いとなれば倒産は免れ
なかった。第2に「自衛隊機が悪い」と言った以上、マスコ
ミはメンツにかけて訂正しなかった。第3は背後に政治が絡
みつき、ようするに弁護者を持たない自衛隊が冤罪という貧
乏くじを引かされる。後日、自衛艦「なだしお」に体当たり
した釣船があった。しかし、これさえも自衛隊が悪いとされ
た。救急車にぶちあって救急車が悪いとは誰も言わないだろ
う?しかし東日本大地震で災害救助に出動した自衛隊には悪
罵を投げかけるマスコミはなかった。問題はむしろ国防の本
義から逸れて、いつまで自衛隊に現場の瓦礫処理までやらせ
るのか、ということだった。結論的に言えることは「航空自
衛隊は情報戦に脆弱である」というポイントである。
https://bit.ly/2rg1dYb
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雫石空中衝突事故/場所
第4891号から第4904号までにより、雫石事故について解説いただきました。
佐藤守氏および須藤朔氏の主張は、それぞれの著作を読み納得できました。
特に、須藤朔氏の著述は精細であり感銘を受けました。
雫石事故と日航123便墜落との共通点は下記2点です。
1、事故調報告書の解析は誤り
2、科学的・論理的思考能力の欠けた文系の人たちが議論を歪めた。
雫石事故の場合は、当時のマスコミと司法(検察と裁判官)、
日航123便の場合は、大部分のマスコミと大量の民間人による著作。
異なる点は下記1点です。
雫石事故の場合、回収された残骸とFDRの解析により、早い段階で破壊の原因は全日空機が自衛隊機に追突したためであることが確認されていたが、
日航123便の場合は、垂直尾翼が破壊した原因の究明が未だにできていない(事故調報告書の解析は誤り)。
日航123便墜落に関してやるべきことは、日乗連の方たちが主張されているように、(相模湾海底の再調査を含む)事故原因(垂直尾翼破壊)に関する再調査です
青山著のような諸々の的外れの議論は、正当な主張を妨害するためのもので、再調査を妨げています。
事故調による相模湾海底調査区域は、DFDRのデータに基づき算定した異常発生点から想定される残骸分布域よりも大幅に外れています。
海底を再調査したら決定的な証拠がでるから、運輸安全委員会は未だに再調査をしません。
2023,10,21―1
鷹富士成夢
事故調報告書「本文」ページ157に、「相模湾海底調査区域」と題する図が掲載されています。
この図では、レーダ情報による推定飛行径路、推定異常発生点、海底調査区域が描かれ、事故調は、この図に示された区域で日航機の残骸などの調査を行いました。
ところが、DFDRに基づいて計算した飛行経路上の異常発生点よりも、事故調が示す異常発生点は南西に約6km外れています。
また、伊豆半島を横断する経路も、DFDRに基づく飛行経路よりも、事故調の推定飛行径路は南に2km以上外れています。
また、残骸が飛散した範囲を図に示すと楕円形になり、その楕円形の南西の端は異常発生点から重い物体が日航機から離脱して到達できる距離のおよそ8.5kmを示し、空気抵抗の大きい薄い物やや小さい物は広く飛散したと想定します。
従って、DFDRに基づく異常発生点から想定される残骸分散区域からは大きく外れた区域を、しかも海岸寄りの浅い区域のみを、事故調は調査したということです。
これでは、証拠物件を発見・回収できるはずがありません。
2015年8月に民放テレビが、東伊豆町の沖2.5km、水深160mの海底で、日航機の部品が沈んでいることを水中カメラで確認しました。その位置は楕円形の先端付近。
鷹富士成夢