くの疑義があります。法廷においては、全日空機は保護空域内、
すなわち、ジェットルート/J11Lにあって、自衛隊機が訓練
空域を逸脱して、ジェットルートに侵入して衝突したという認定
になっています。
ところが、東京高裁での民事裁判が接触地点をめぐって暗礁に
乗り上げていたとき、突如として全日空側は、58便の乗客の一
人が接触時まで撮影していたという8ミリフィルムを証拠として
提出してきたのです。昭和56年(1981年)10月20日の
ことです。
この法廷を正確にいうと、全日空側が国に約43億円の損害賠
償を求めた民事訴訟の控訴審(東京高裁民事十部)の法廷です。
この8ミリフィルムについては、全日空側と防衛省側の双方が鑑
定を行っています。
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全日空側 ・・・・・ 国際航業
防衛省側 ・・・・・ アジア航測
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全日空が分析を依頼した国際航業は、航空測量会社の最大手で
あり、防衛省側のアジア航測は、業界2位の航空測量会社です。
これら双方の分析結果は次のようになっています。
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◎国際航業の分析結果
鑑定結果によると、全日空のコースはJ11Lよりも東側
となり、政府の調査委のコースとも違っている。青森以南
は画面のほとんどは雲しか写っておらず、解析は不可能。
◎アジア航測分析結果
航跡はJ11Lの西側であり、全日空の分析とは大きく異
なっている。衝突地点近くまで分析できたのは、「雲の切
れ間から2ヶ所で、田沢湖が見えた」としたためである。
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この鑑定には、国際航業が2つの大きなミスを犯しています。
1つは雲だと思って詳しく調べなかったことです。しかし、ア
ジア航測量は、「乗客が単なる雲を撮るはずがない」と考えて、
現像液や印画紙を変えて映像を詳細に分析した結果、雲ではなく
田沢湖だと判明したのです。
2つは航跡図について計算式にミスがあったことです。これは
きわめてお粗末な話です。ある地図専門の大学教授が国際航業制
作の航跡図のミスを指摘し、正しい計算式で再計算してみたとこ
ろ、防衛省側が主張するコースと重なったのです。
全日空側は多くの物証を握っており、全日空側に有利な証拠に
なれば提出するが、不利になるものは提出しないというスタンス
だったと考えられます。この8ミリフィルムは有利ということで
提出したものですが、もし田沢湖が写っていたといると、全日空
機の方が航路を逸脱したという防衛庁側を利する証拠になってし
まいます。
そうであるとすると、全日空機に装備されていなかったとする
CVR(コックピット・ボイス・レコーダー)も実は確保してい
て、提出していなかったのではないかと疑われます。ボイスレコ
ーダーが装備されていなかったとは考えられないからです。
なお、この8ミリフィルムに基づいてアジア航測が割り出した
コースは、防衛庁が海法鑑定に基づいて主張した「J11L」の
西12キロに沿ったコースにもほぼ一致しているのです。これに
ついて、1985年2月18日付、朝日新聞の「深層・真相」は
次のように書いています。
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こうした動きに対し全日空側は、一転してこのフイルムの証拠
価値に懐疑的な態度を打ち出し、昨年、「高高度の上空から8ミ
リで撮影した場合、画面上の物体は、実際の位置より飛行機に近
づいて写ることが判明した」とする、新たな鑑定書を提出、攻守
ところを変えた形となった。
全日空側は「8ミリ撮影の場合、実際の位置と画面上の見かけ
位置のズレの程度や、ズレが起きる原因については不明」としつ
つ、「この不思議な現象を防衛庁側が否定する根拠を示すなり、
突破しない限り、いくら詳細な鑑定に基づく航跡推定をしても無
意味。それに田沢湖が写っているか疑問。結局、8ミリフイルム
を利用して正しい航跡を求めるのは無理」と主張している。
過去にも、遭難機の乗客が残した8ミリフイルムが、事故原因
や航跡解明の手がかりになったことがある。昭和41年3月、富
士山ろくで乱気流に襲われて空中分解し乗客ら124人が死んだ
英国海外航空(BOAC)機事故だ。ただこの時は、数キロ程度
の誤差が責任論争になるケースではなく、厳密な分析はされなか
った。 ──昭和60年2月18日付、朝日新聞「深層・真相」
──佐藤守著/青林堂刊
『自衛隊の「犯罪」/雫石事件の真相!』
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この全日空の主張は、もはや支離滅裂です。自ら自信を持って
新証拠として法廷に提出した証拠を自ら撤回しようとし、証拠と
しての信用性がないというのですから、これは法廷を冒涜するこ
とになります。
しかし、もっと不可解なのは裁判所です。8ミリフィルムに田
沢湖が写っていたことが明確になったということは、全日空機は
ジェットルートのJ11Lを逸脱し、自衛隊の訓練空域に入り込
んでいることになり、全日空機の方が自衛隊機に衝突した可能性
が高くなるからです。
しかし、それでも裁判所は結論を変えようとせず、松島派遣隊
幹部が事故当日にこの問題の訓練空域を臨時に設定したことを問
題にしています。裁判所としては、何が何でもこの事件は自衛隊
側が悪いという結論を動かさないと何か決意のようなものを感じ
ます。 ──[日航機123便墜落の真相/072]
≪画像および関連情報≫
●全日空機のコース論争再燃/朝日新聞
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この事故をめぐる大きな争点の一つが、全日空機の航跡と
衝突地点。政府の事故調査委貞会(山県昌夫委員長)は47
年、全日空機は民間機が計器飛行の時に通るジェットルート
J11Lを管制に従って飛行していた、と判断。衝突地点は
岩手山の南南西で、同ルートの西約4キロの地点を中心とし
て、東西1キロ、南北1・5キロの長円の中だったとした。
J11Lから東西5海里(約九キロ)内は、航空自衛隊が編
隊飛行の訓練を避けるよう決めており、その制限空域内で起
きたと認定したわけだ。自衛隊側の事故機を指導していた教
官は、「制限空域内へ入り、周囲の見張りを怠った」 とし
て刑事裁判で有罪が確定しているが、刑事裁判での検察、民
事裁判での全日空側の主張は、この調査結果をベースにして
いる。
一方、防衛庁側は、元同庁第三研究所長の海法泰治氏の鑑
定をよりどころに、全日空機はJ11Lを西に外れたコース
を取り、衝突地点も、J11Lから約12キロ離れた「制限
空域外」だったと主張したが、民事、刑事を合わせ、過去4
回の判決では、全てこの主張は退けられた。民事訴訟の控訴
審で焦点となっているフイルムは、全日空機の右主翼付近か
ら乗客が撮影したもので、カラーで約30分問。千歳空港の
様子から始まり、函館市郊外、青森市の近く、十和田湖など
が写っている。全日空側によると、事故直後に入手、政府の
事故調査委貞会に提出したが、詳しい検討の対象とはならな
かった。 ──佐藤守著/青林堂刊の前掲書より
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田沢湖