2018年11月28日

●「目撃者をまったく無視した事故調」(EJ第4899号)

 政府の事故調査委員会は、事故の原因を究明し、再発の防止を
はかることにあるはずです。しかし、雫石空中衝突事故のときの
事故調は、全日空機がJ11Lを逸脱して、自衛隊の訓練空域に
侵入していたことを隠蔽するために苦肉の策を講ずる役割を果た
してきたに過ぎません。これは、JAL123便墜落事件の事故
調と一緒です。
 こういうデタラメを暴いた書籍が1973年に出版されている
次の本です。『自衛隊の「犯罪」/雫石事件の真相!』の著者の
佐藤守氏は、とくに技術的な面に多く引用されています。しかし
既にこの本は絶版になっています。
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                  須藤朔/阪本太朗著
   『恐怖の空中接触事故/空の旅は安全か』(圭文社刊)
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 作者の1人である須藤朔氏は、1938年に海軍兵学校を卒業
し、マレー沖海戦やシンガポール作戦に参加しています。戦闘機
のプロです。スラバヤ沖海戦で、爆撃中に破弾し、右眼を失明し
ています。もう一人の著者、阪本太朗氏は、第13期海軍飛行予
備学生出身の元海軍中尉で、零銭や水上戦闘機など数機種を乗り
こなしている飛行機操縦のベテランです。
 この2人が注目しているのは目撃者の証言です。雫石事故の事
故調は目撃情報を完全に無視し、検討しなかっといわれます。こ
れは、JAL123便墜落事件でも同様です。もっとも123便
墜落事件の場合の目撃情報は、123便を追尾する2機のファン
トムですが、自衛隊自身が2機のファントムを認めていないので
すから、無視せざるを得なかったといえます。
 しかし、この目撃情報はたくさんあるのです。彼らの目指して
いたのは、全員死亡の「死人に口なし」です。それを青山透子氏
がこつこつと膨大な目撃情報を集めて、JAL123便墜落事件
の真相に迫っているのです。
 須藤朔氏と阪本太朗氏は、雫石事故は晴天の昼間のことであり
多くの目撃情報があるばずと考え、目撃証言を収集し、詳細な分
析チャートを作成しています。須藤朔氏と阪本太朗氏は、目撃情
報について次のように述べています。
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 この事故の場合には多数の目撃者があったが、その大部分は接
触の25秒〜30秒後に高度2万2000フィート(約6700
メートル)で、全日空機が音速の壁にぶちあたって空中分解した
ときの衝撃音を聞いてから空を見上げているから、空中分解地点
の真下にいた目撃者でも分解した破片や白煙のようなものを見た
のは、接触の約45秒以降であって、一分くらいたってから見て
いる者も多い。
 調査報告書添付のフライト・データ・レコーダー記録によると
全日空機の空中分解したときの速度は、マッハ約0・93になっ
ているが、実際にはマッハ1・0になつていて、音の壁に突き当
たって分解した可能性のほうが大きいと考えられる。
                  ──須藤朔/阪本太朗著
     『恐怖の空中接触事故/空の旅は安全か』(圭文社刊)
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 少し専門的なので解説します。目撃情報といっても高度2万2
000フィート(約6700メートル)の上空の話なのです。人
は四六時中空を見上げているわけではないので、衝突の瞬間を見
る可能性は低いです。したがって、目撃情報のほとんどは、何ら
かの衝撃音を聞いて空を見上げてのものなのです。
 しかし、次の中川幸夫氏(当時年少者)は重要です。中川氏は
たまたま野球をやっていて、一塁ベース上で何気なく空を見上げ
たとき、目撃しているのです。
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 目撃者・中川幸夫氏の証言は、「西山中学校校庭の野球グラウ
ンドの一塁ベース付近でたまたま上空を見上げた時、講堂の三角
屋根のすぐ上空に大型機を発見、つづいてその少し西側前方に見
えたキラキラ光った小さな機影と大型機とが接触し、大型機が白
い煙のようなものをふくのを見た」とかなり詳細ですが、須藤氏
は「一塁ベースが固定のものであったことと、講堂の屋根という
固定の補助目標があったことから、かなり精度の高い方位と仰角
(約50度)が得られ、判明している飛行高度とあいまって接触
の概略位置を知るのに役立った」とし、「なお、中川君はこの証
言について、全日空の調査団から面と向かって「ウソを言ってい
る」となじられ、憤慨したことがあるという」と害いています。
証言者が年少だったからとはいえ、その異常な態度は脅迫によ
る口封じ″としか考えられません。  ──佐藤守著/青林堂刊
          『自衛隊の「犯罪」/雫石事件の真相!』
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 この中川氏の目撃情報が重要なのは、一塁ベースと講堂の屋根
という2つの固定の補助目標があったことから、かなり精度の高
い方位と仰角が得られ、接触位置をほぼ正確に特定していること
にあります。それによると、「講堂の三角屋根のすぐ上空に大型
機を発見、つづいてその少し西側前方に見えたキラキラ光った小
さな機影と大型機とが接触」と証言しています。つまり、西側前
方の小さな機影(自衛隊機)に大型機(全日空機)が接触──全
日空機が自衛隊機に接触したといっているのです。これに対して
中川氏は全日空の調査団から「ウソをいうな」とクレームをつけ
られています。全日空の調査団は、少年に事実を指摘されてひる
んだのでしょう。
 須藤朔氏と阪本太朗氏は、この中川証言と落下しているさまを
撮った貴重な写真数枚などによって、自衛隊機と全日空機の接触
地点を割り出していますが、事故調の推定位置よりも、約7キロ
メートル西北西の北緯39度44・1分、東経140度52・7
分の自衛隊訓練空域内なのです。まさに決定的証拠です。
         ──[日航機123便墜落の真相/069]

≪画像および関連情報≫
 ●情報の恐ろしさ/雫石事故
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   SA341さんが航空自衛隊F86と全日空B727の衝
  突事故に関して持っておられる情報でF86がぶつけられた
  という表現は妥当では無いという書き込みをされました。
   事故当初の報道やその後の報道を情報として持っているだ
  けではいかに航空関係者とそのように思うのはごく自然なの
  かも知れません。しかし当時事故のまじかで報道に接したり
  一部裁判の内容をじかに本人から聞いたり、本当に少ない自
  衛隊擁護の出版物を見聞きしたりした立場からは、ぶつけら
  れたという表現が本当に自然と出たものです。
   一番の理由でこれは事実なのですが、数値は正確ではあり
  ませんが、B727は400ノット程度、F86Fは350
  ノット程度だったと思いますが、普通に考えれば、F86が
  B2にぶつけることは相当に困難です。
   事故後の機体の残骸から水平直線飛行中のB2の水平尾翼
  が左へ60度バンク中のF86の右主翼の付け根から1メー
  トル付近を後方からぶつかって切ったようなあたり方をした
  ことが証明されています。
   また当てられた同期のIは約3マイル離れた教官機からボ
  ギープルアップとの無線を受けて周りを見渡したときに右後
  方から接近するB2のノーズをまじかに確認し左へ避けよう
  として60度バンクくらいで後ろからぶつけられています。
  この証言は機体の残骸の調査とも整合性があります。また、
  B2ぶつかるまで全く回避操作をした形跡が無いことはフラ
  イトレコーダーの解析から証明されています。
                  https://bit.ly/2QkAJmo
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  ●写真の出典/──佐藤守著/青林堂の前掲書より

雫石空中衝突事故/衝突直後の写真.jpg
雫石空中衝突事故/衝突直後の写真
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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