2018年11月27日

●「なぜ、自衛隊が犯人にされたのか」(EJ第4898号)

 1971年7月30日、午後の参院運輸委員会では、同じ年の
7月3日に起きた「ばんだい」号墜落事故に関する審議が行われ
ていたのです。「ばんだい」号墜落事故とは、函館空港に着陸寸
前の東亜国内航空のYS─11が函館郊外の山地に墜落した航空
機事故のことです。
 そのとき、委員会には、航空評論家の関川栄一郎氏、楢林寿一
氏、航空安全推進連絡協議会事務局長松田更一氏などの民間の専
門家が呼ばれていたのです。そこに、雫石空中衝突事故のニュー
スが飛び込んできます。
 雫石事故のことを知った運輸委員会のある議員は、次のような
常識では考えられない発言をしています。当時航空機事故は頻発
していましたが、運輸委員会の委員にしてこの程度のレベルだっ
たのです。
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 晴天に近い天候らしいから、接触した時点で、おそらく乗客も
事故が起きたな、ということは全部分かっていると思う。だから
緊急用の落下傘が装備されていたら、何人かは脱出できたかもし
れない。全日空の飛行機に落下傘の用意が完備していたかどうか
これは後で問題になると思うが、おそらく装備されていたことは
間違いないし、もし、これが、装備されていなかったのならば大
問題だ。              ──佐藤守著/青林堂刊
          『自衛隊の「犯罪」/雫石事件の真相!』
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 雫石事故が起きたことを伝えられ、丹羽喬四郎運輸大臣は委員
会を退席しますが、丹羽大臣は、事故調査委員会が立ち上がった
ときの挨拶で次の発言をしています。
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 この事故の原因は、もうはっきりしているのだから、ぜひ結
 論を急いでもらいたい。     ──丹羽喬四郎運輸大臣
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 これから事故調査を始める事故調査委員会での運輸大臣の発言
です。まるで、「調査はするな。当方の指示に従え」といわんば
かりの発言です。運輸大臣がこういう発言をするということは、
その決定はさらに上の指示でなされていることになります。
 この発言を契機として、まだ事故の原因調査がはじまっていな
い段階から、メディアは「自衛隊の犯罪」として、自衛隊悪玉論
で紙面を飾ったのです。したがって、国民の多くは、自衛隊機が
民間航空路に侵入し、その航空路を飛行していた全日空58便に
空中衝突したものと今でも信じているはずです。
 自衛隊機か全日空機か──これについては、はっきりしていま
す。全日空機が自衛隊の設定した訓練空域に侵入し、後ろから自
衛隊機に衝突したのです。そのとき、全日空機は自動操縦状態に
なっており、コックピットには人はいなかったと考えられます。
クルーたちは遅い昼食をとっていたものと考えられます。もし、
全日空機のパイロットが見張りをしていれば、事故は絶対に起っ
ていないのです。
 それなのに、あくまで自衛隊の犯罪とするのは、当時の全日空
の経営状態が深刻だったからです。全日空は、1966年に2件
の航空機事故を起こしています。1966年2月4日の羽田沖事
故と11月13日の松山沖事故です。どちらも乗客乗員全員死亡
であり、羽田沖事故は133人、松山沖事故は50人が亡くなっ
ています。その補償だけでも大きく経営を圧迫しています。
 その全日空を建て直すため、元運輸省事務次官の若狭得冶氏が
社長に就任し、再建途上だったのです。当時航空業界は大型機時
代に入っており、全日空では、若狭社長が新機種選定委員長にな
り、調査団を米国に派遣するなど、大わらわのときに雫石衝突事
件が起きたのです。そして、この新機種選定作業があのロッキー
ド事件を引き起こすことになります。したがって、この衝突事故
の非が全日空側にあるとすると、全日空は倒産せざるを得ない状
況にあったといえます。
 これに対して正反対の論陣を張った本が、須藤朔/阪本太朗著
『恐怖の空中接触事故/空の旅は安全か』(圭文社刊)です。そ
の冒頭の記述を引用します。
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 本書は、「自衛隊の訓練機が定期旅客機にぶっつかって162
名の尊い生命を奪った」とする圧倒的な世論に疑問を持った著者
グループが、事故直後から5年有半──マスコミには忘れられ政
府機関による審査や調査或いは捜査などがすべて終わった後も、
真実を求めて独自の執拗な調査研究を積み重ね、論証だけでなく
自衛隊パイロットの無実を立証する重要な証拠と証人をさがしあ
てた、悲願達成の記録である。
 この記述の中には、政府事故調査委貝、官僚、国会議員などに
ついて、氏名を明らかにし名誉毀損とも受け取られかねないよう
な批判を加えた箇所が少なからずある。社会的に信用を失墜して
不利益をこうむる人が出る可能性のあるこのような一見アクの強
い筆法は、できるだけ避けるのが常識的であろう。
 だが、世論はあまりにも真実とはかけ離れている。政府事故調
査委員会の解析と結論、それに盛岡地裁の第一審判決には初歩的
な誤判断が多すぎた。本書で批判した人々は、どう考えてみても
被害者≠フ立場にある2人の自衛隊パイロットを、無知からで
はなかったとしたら不純な動機から殺人者″に仕立て上げよう
とした、卑劣な輩としか考えられない。
 仮に本書によって不利益をこうむる者がいたとしても、それは
その人自身が招いたものであり、ここ数年問にわたって不当な非
難と処遇に耐えてきた2人の自衛官の苦痛や不利益を考えれば、
甘受すべきではなかろうか。     ──須藤朔/阪本太朗著
     『恐怖の空中接触事故/空の旅は安全か』/圭文社刊
                 ──佐藤守著の前掲書より
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         ──[日航機123便墜落の真相/068]

≪画像および関連情報≫
 ●ロッキード事件とは何か
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   ロッキード事件とは、戦後最大の汚職事件といわれた事件
  です。田中角栄元首相や昭和の怪物といわれた児玉誉士夫な
  ど名が事件の重要人物としてあげられることになりました。
   このロッキード事件では、未だ謎の部分も多く、丸紅、全
  日空など複雑な絡みもあり、「ロッキード事件」という名前
  は聞いたことがあるけど内容がいまいちわからん!という人
  も多いのではないでしょうか?今回は、ロッキード事件につ
  いて簡単になるべくわかりやすく説明していきますね。
   1976年2月にアメリカの航空機製造会社のロッキード
  社から日本側に30億円以上のお金が渡ったことが発覚しま
  す。当時、ロッキード社は破産寸前の状態にまで追い込まれ
  ていました。ベトナム戦争の終結などにより赤字経営が続い
  ていたんですね。そこでロッキード社としては飛行機を売り
  込みなんとかこの赤字状態から抜け出したいわけです。
   しかし、ロッキード社はアメリカの会社。日本に売り込み
  たくても橋渡ししてくれるパイプが必要なんですね。そのパ
  イプ役をしていた会社が丸紅という会社です。丸紅は「飛行
  機を売りたいなら、いっそのこと政治献金しましょう」って
  感じでロッキード社に持ちかけるんです。そしてロッキード
  社から預かった5億円を田中角栄に渡したとされています。
   実際、その後、全日空はロッキード社からトライスターと
  いう飛行機を購入しています。では、なぜ全日空はロッキー
  ド社から素直にトライスターを購入したのか?何のメリット
  があったのか?         https://bit.ly/2zq7FQK
  ───────────────────────────


全日空/若狭得治社長.jpg
全日空/若狭得治社長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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