2018年08月29日

●「R5ドア崩壊説はなぜ消滅したか」(EJ第4838号)

 JAL123便の機内では、それほどひどいものではないもの
の、急減圧が起きたことは確かです。問題は、その急減圧の原因
が何かです。これに関して、「R5ドア説」というものがありま
す。それは、8月27日に発表されたボイスレコーダー筆記録の
なかにみられます。客室内のスチュワーデスかパーサーと航空機
関士との対話です。
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◎18時33分12秒
 チャイム(インターフォンの呼び出し)
 スチュワーデス:アール・・・(聞き取り不能)
 航空機関士:アールファイブ(R5)の窓ですか。はい了解し
 ました。わかりました。
◎18時34分06秒
 副操縦士:カンパニーでお願いします。
 航空機関士:はい、了解しました。
◎18時35分34秒
 航空機関士:ええとですね。いま、あのー。アールファイブの
 ドアがあのー。ブロークンしました。えー
◎18時35分53秒
 カンパニー:キャプテンのインテンションとしては、リターン
 ・トゥー・東京でしょうか?
 航空機関士:はい、なんですか?
 カンパニー:羽田に戻ってこれますか。
 航空機関士:えーっと。ちょっと待って下さい。今エマージェ
 ンシー・ディセント(緊急降下)してますので・・・
◎18時36分04秒
 航空機関士:もう少ししたら再びコンタクトします。このまま
 モニター(監視)しておいてください。
       ──角田四郎著『疑惑/JAL123便墜落事故
      /このままでは520柱は瞑れない』/早稲田出版
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 ボイスレコーダーは、コックピット内の機長、副操縦士、航空
機関士同士の会話やその他の音、客室乗務員からのインターフォ
ンでの連絡などを30分間録音します。上記の対話は、客室乗務
員が、アールファイブの窓かドアについて、航空機関士に情報を
伝えています。なお、客室乗務員は次の順番で昇進します。
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   スチュワーデス → アシスタント・パーサー →
   チーフ・パーサー
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 ボーイング747において当時の日本航空では、2階席を含め
客席内を6区画に分け、さらに左右にそれぞれ客室乗務員を配置
してサービスを行っています。「R5」というのは1階席の一番
後ろの区域の右側をあらわしています。JAL123便の客室乗
務員の配置図を添付ファイルにしています。
 上記の対話は、R5担当のスチュワーデス(大野美紀子氏が担
当)が、自分の持ち場のR5の「窓」の異常を発見し、インター
フォンでコックピットの航空機関士に連絡を入れたのではないか
と思われます。
 しかし、コックピットでは、例の「ドドーン」の衝撃音が起き
た直後であり、混乱しており、よく聞き取れなかったようです。
そのためか、航空機関士は「R5の『ドア』がブロークンして」
と機長に伝えています。「窓」と「ドア」を間違えています。そ
して、対話に入っていませんが、降下とコックピッドでの酸素マ
スクの使用を提言しています。
 この対話から推測されることは、R5の「窓」が何らかの原因
で壊れ、それによって客室内の急減圧が起きたのではないかと思
われます。
 その後の副操縦士の「カンパニーでお願いします」は、日航社
内の無線交信とつないでくれという意味です。したがって、18
時35分34秒以降の対話は日航の社内無線とのやりとりです。
この部分は、後日日航側から提供されてわかったのです。ここで
も「アールファイブの『ドア』が・・・」になっています。
 この「R5ドア破壊」について、角田四郎氏は次のように述べ
ています。
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 日航が事故機との交信で伝えた「R5ドア、ブロークン」で、
当初事故原因がこのR5ドア(最後部右側ドア)にあると思われ
たが、墜落現場からR5ドアが無キズ(窓ガラスは破損)で発見
され、落合証言でR5ドアには触れられていない(R5の異常が
あれば落合さんも気付くはず)ことに加え、13、14日には相
模湾から垂直尾翼の一部や胴体最後部の補助動力装置(APU)
の一部が回収されたことでR5ドアの原因説は否定された。
                ──角田四郎著の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、実際にはドアではなく、ドアの「窓」だった場合は、
落合氏が気づかなかった可能性があります。実際にドアには異常
がなく、窓は壊れていたのです。墜落の衝撃で壊れたと思われま
すが、落ちる前から壊れていたとも考えられるからです。窓の破
壊であれば、それによるある程度の急減圧は起きるし、そのレベ
ルは生存者の証言とも一致します。また、それにより、酸素マス
クも下がってきているのです。
 それでも、「R5ドアの『窓』の破壊」が、なぜ、取り上げら
れなかったかについては、内部説を主張するには、ドアならとも
かく窓の破壊では、垂直尾翼の破壊の説明ができなくなるからで
はないかと考えられます。何か内部説にとって都合の悪い情報は
意図的に外されている操作がそこに感じられます。実は生存者の
落合証言についても何らかの操作が加えられているフシが多々あ
るのです。落合氏がいってもいないことが早い段階で流布されて
いるのです。   ──[日航機123便墜落の真相/008]

≪画像および関連情報≫
 ●明石家さんまが日航機墜落事故を免れた訳
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   1985年(昭和60年)8月12日月曜日18時56分
  東京(羽田)発大阪(伊丹)行JAL定期123便ボーイン
  グ747SR−46が群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根
  に墜落した単独機では世界最大の飛行機事故。
   当時生まれてない方でも、テレビなどでこの事故のことを
  知ってる方は多いと思います。この事故では乗員乗客524
  名が搭乗していたが墜落によりその内の520名が犠牲とな
  りました。
   犠牲者の中には歌手の坂本九さん、阪神タイガース球団社
  長中埜肇さん、元宝塚歌劇団の北原瑤子さん、ハウス食品社
  長の浦上郁夫さん、コピーライターの藤島克彦さんら数名の
  著名人や、甲子園球場で行われていた夏の高校野球を見に、
  1人で搭乗していた小学生なども含まれていました。
   そんな事故ですが実はこの事故の起きた便にさんまさんも
  搭乗する予定だったんです。当時さんまさんは人気生ラジオ
  番組「MBSヤングタウン」にレギュラー出演しており大阪
  へ生放送に行く際は以前から日本航空JAL123便を使用
  しておりました。そして、その事故当日もその123便を使
  用する予定だったそうです。が、大阪への移動の前に収録し
  ていた「オレたちひょうきん族」が予定よりも早く終了した
  ため123便をキャンセルして、ひとつ前のANA35便で
  大阪に向かったと言われています。そして、あの事故が起き
  ました。            https://bit.ly/2BNiDmR
  ───────────────────────────


 ●図出所/──青山透子著/河出書房新社/『日航123便/
  撃墜の新事実/目撃証言から真相に迫る』

JAL123便客室乗務員配置図.jpg
JAL123便客室乗務員配置図
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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