2018年08月24日

●「事故直後から出た『隔壁破壊説』」(EJ第4835号)

 事故調査委員会(事故調)とは何でしょうか。
 日航機事故の発生当時は、当時の運輸省に「航空事故調査委員
会」と「鉄道事故調査委員会」という常設の委員会が置かれ、そ
のほかに海難審査庁の調査部門があったのです。2008年10
月から、これらの3つが統合され、独立行政委員会として「運輸
安全委員会」が設置されています。
 日航機事故発生当時の事故調のメンバーは次の通りです。当時
委員会は、委員長のほか委員4名、任期は3年であり、2期務め
ることが慣例となっていました。
 JAL123便事故の調査は、1987年6月に最終報告書を
出すまでは、次の2つの委員会で調査が行われていたのです。
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 ◎1985年09月以前の委員会のメンバー
   委員長:八田 桂三 東大名誉教授
    委員:榎木 善臣 元運輸省航空局審議官
    委員:糸永 吉運 元アジア航空顧問
    委員:小一 原正 元運輸省航空局参事官
    委員:幸尾 冶朗 東海大教授
 ◎1985年10月以降の委員会のメンバー
   委員長:武田  峻 元航空宇宙技術研究所所長
    委員:榎木 善臣 元運輸省航空局審議官
    委員:西村  淳 日本空港動力且謦役
    委員:幸尾 冶朗 東海大教授
    委員:東   昭 東京大教授
       ──角田四郎著『疑惑/JAL123便墜落事故
      /このままでは520柱は瞑れない』/早稲田出版
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 このJAL123便墜落事故が、33年経過後の現在でもその
原因がわからないでいるのは、生のボイスレコーダーのすべてが
公開されていないことにあります。そのすべてを握っていたのは
事故調のメンバーであり、現在この事故の関連書などで書かれて
いる音声記録は、あくまで一部であって、編集されている可能性
もあります。
 JAL123便のボイスレコーダーとフライトレコーダーは、
8月14日に発見ました。ボイスレコーダーの収録時間は30分
で、午後6時30分以降のコックピット内での会話、計器の警報
音、異常音などの各種録音が収録されているはずです。
 事故調によると、レコーダーの箱の外部の損傷がひどく、なか
のテープを取り出せない状況であり、テープを再生するのは、早
くても8月16日以降になるといっているのです。
 しかし、ボイスレコーダーの音声を誰も聞いていない16日の
時点で、メディアは一斉に「隔壁破壊説」が事故原因ではないか
と報道しています。16日付の毎日新聞の朝刊は、次のように報
道しています。
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 運輸省航空事故調査委員会と群馬県警捜査本部は15日、現場
検証で、尾翼下にあるアフターバルクヘッド(隔壁)が爆風をう
けたように破損していたことを確認した。このため、隔壁が客室
内の与圧された空気に耐えられず破壊したとの見方が有力となっ
てきた。隔壁が壊れると客室内の空気が爆発的に尾翼内に噴き上
げ、内部から垂直尾翼を分解させると専門家は指摘しており、救
出されたアシスタントパーサーの証言とも一致している。隔壁が
壊れたのは1978年の尻もち事故などで金属疲労、微細な亀裂
などの劣化が進んでいたことに起因するものともみられる。
           1985年8月16日付、毎日新聞朝刊
               ──青山透子著/河出書房新社
   『日航123便墜落/疑惑のはじまり/天空の星たちへ』
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 問題はたくさんあります。とにかく、あまりにもメディアの報
道が早過ぎることです。事故後2日か3日しか経っていないのに
どういう意図かわかりませんが、事故原因を「隔壁破壊説」に決
めていて、それを中心にストーリーを組み立てようとしているよ
うに感じるのです。
 それに、新聞では「内部から垂直尾翼を分解させた」という専
門家の意見は、生存者である落合発言と一致すると極め付けてい
ますが、どの時点のどのような落合発言であるかは、はっきりし
ないのです。落合発言は、公式には3回出されています。
 第1回の発言は、救出後、20時間後に日航の役員2人が落合
氏を見舞い、いくつかの質問をして、聞き出した情報を役員がメ
モしたものです。
 そのとき、病院としては面会謝絶としていたのに、日航の役員
2人に面会を許していることを知った某社の記者が病院側に抗議
し、事故調も面会できるなら事情聴取したいと要求してきたので
病院側は一定の条件を付けて、面会を許可したのです。
 一定の条件とは、8月16日午前中に30分ずつ、質問項目を
落合氏に見せ、それに答えてもらう形式で実施されたのです。こ
れが第2回目の発言とされるものです。しかし、この無理な事情
聴取によって落合氏は発熱が続いてしまったといいます。
 第3回目の発言は『新潮45』1986年1月号に掲載された
落合氏の記事です。これはかなり長文であり、詳細を極めていま
す。しかし、この記事を読むと、第1回と第2回の発言とは食い
違う部分もあり、これについては改めて検証します。
 上記の毎日新聞の記事は、8月16日付であり、2回目の落合
発言前の記事ということになります。日航の役員が落合氏から聞
き取って、後でメモした第1回の発言に基づいているものと考え
られます。しかしかなり無理な聞き取りであり、信憑性がどこま
であるかは疑問です。それにしても、16日の時点で早くも「隔
壁破壊説」が主たる事故原因として出てきているのは、極めて異
常なことであるといえます。
         ──[日航機123便墜落の真相/005]

≪画像および関連情報≫
 ●御巣鷹の屋根へのレクイエム
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   報告書で「どーん」と書かれた爆発音みたいな音は、オリ
  ジナルに近いと、フジテレビが主張するボイスレコーダをコ
  ピーしたテープを最新技術で分析すると3つだった!
   3つの破壊音を分析すると、まず一番目の音で圧力隔壁が
  壊れ、2番目に垂直尾翼が吹き飛び、3番目の音でAPU部
  が脱落したそうな!コクピットの音を録音したボイスレコー
  ダーに記録された一番目の破壊音には0・135秒の遅れが
  あり、操縦席のマイクに機体を伝わったのと機内の空気から
  伝わった同じ音が記録された事になってましたが、コクピッ
  トの扉はそんなに薄かったとでも!しかもジャンボ機のコク
  ピットは2階です!
   音の遅れを計算すると、中間には圧力隔壁があるんだそう
  な!あの報道での計算通りなら圧力隔壁の後ろです!機体の
  金属部の伝播から位置を導き出したとされてましたが・・・
  あれじゃ第一の破壊音を無理やり圧力隔壁にするだけの「最
  初に結論ありき」ジャン!(大苦笑)
   私の推論、最初にAPUの損傷がこの報道特番で覆された
  訳ですが、残念ながらこの説には到底納得出来ませんね!逆
  にますますドラマ化された映像を見て、最初の衝撃音が「A
  PU」だったという思いが強くなっています!最初にAPU
  が飛び散ると、次には支えを失った重い劣化ウランを操舵部
  に使う垂直尾翼が圧力隔壁で跳ね返された衝撃波で簡単に崩
  落します!圧力隔壁はいきなり高高度の低圧に直接触れるの
  で、落合さんが言ってるように、「パーン」と小さい亀裂が
  入ったと考えるべきではないのでしょうか?
                  https://bit.ly/2LkYzI0
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飛行機の後部隔壁.jpg
飛行機の後部隔壁
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「隠された証言」日航123便墜落事故・「墜落の夏」
「墜落遺体」を読みました、事故調はこの事故に関する資料を情報公開法前に処分したので真相の究明は困難だと思われますが、圧力隔壁破壊起因説には大いに疑問があります、かといって「陰謀論」も現段階で排除します。

約30年前の技術では分析・解明できなかった音声データーや一部資料が故藤田日出男氏に届けられているので、生存者の一人である落合さんとの証言も併せて、再度科学的・客観的に再検証するべきです、でないと真実は解明できないでしょう、陰謀論ではないこの事故の原因を考察した本が他にもあるので近いうちに読んでみようと思います。


Posted by 瀬田博之 at 2018年08月24日 21:48
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