2018年08月22日

●「ドドーンという衝撃音は何の音か」(EJ第4833号)

 JAL123便が羽田空港を離陸したのは18時12分のこと
ですが、それから12分後に機内には何らかの異常が発生してい
るのです。場所は、大島と伊豆半島の中間の相模湾上です。普通
飛行機はこの場所に来ると、徐々に水平飛行に移っており、それ
以前にシートベルトサインは「オフ」になっていたはずです。
 それを裏付けるのが、生存者の川上慶子さんの証言です。その
とき客室担当が、お子様向けの飛行機のおもちゃやぬいぐるみや
人形を配っており、川上さんはそれを受け取っていたからです。
時間は18時20分頃と推定されます。そのとき、シートベルト
は「オフ」になっていたはずです。また、その時間帯に通路から
窓の外を撮ったとみられる写真も遺されています。
 しかし、その数分後に、シートベルト「オン」の指示が出てい
るようなのです。青山氏の本に、その時間帯のボイスレコーダー
のやり取りが出ています。
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◎18時24分12秒:スチュワーデス「(・・・)たいとおっ
 しゃる方がいらっしゃるんですが、よろしいでしょうか。
◎18時24秒15秒:副操縦士「気を付けて」(極度の緊張状
 態を記録)
◎18時24秒16秒:航空機関士「じゃ気を付けて、お願いし
 ます」
◎18時24分17秒:副操縦士「手早く」
◎18時24分18秒:航空機関士「気を付けてください」
◎18時24分35秒:ドドーンという衝撃音。Eコンパートメ
 ントでは「パーン」という高めの音
               ──青山透子著/河出書房新社
  『日航123便/撃墜の新事実/目撃証言から真相に迫る』
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 スチュワーデスの「(・・・)」は容易に想像ができます。こ
のとき、シートベルト「オン」の指示が出ており、トイレに行こ
うとする乗客がいたので、キャプテンに客室からのインターホン
のコールで許可を求めたのです。「トイレに行きたいとおっしゃ
る方がいらっしゃるんですが・・」となります。
 しかし、異常なのは、それに対する副操縦士と航空機関士の対
応の方です。しかも、副操縦士の音声は極度の緊張状態にあった
というのです。そのとき、コックピット内では、何が起きていた
のでしょうか。
 問題は、18時24分35秒に起きた「ドドーンドン」あるい
は「パーン」という衝撃音です。これは、一体何の音だったので
しょうか。
 この衝撃音がどの程度のものであったかについて、JAL12
3便墜落事故での4人の生存者の一人である落合由美氏の発言を
青山透子氏は次のように紹介しています。
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 機体の最後尾Eコンパートメント56Cに座っていた非番の客
室乗務員の落合由美AS(アシスタント・パーサー26歳/生存
者)は、かなり大きなバーンという高めの音を聞いたと証言して
いる。ピストルを撃ったように響く音だったという。自分の席の
後ろの天井あたり(機首に向かって左側後部側面上部、最後尾ト
イレ付近の壁上部)から聞こえたように思ったが、振動は感じず
揺れもなかったと記憶している。酸素マスクが自動的に落ち、録
音されたアナウンスが自動的に「ただ今緊急降下中」と流れたが
耳は多少詰まった感じで痛くなく、それほどの急降下は体に感じ
ていなかった。一瞬白い霧が発生したが、まもなく消えた。ハッ
トラックという頭上の荷物収納扉が開くこともなく、機体の揺れ
はほとんど感じなかったため、各スチュワーデスたちは持ち場の
お客様の様子を確認し、酸素マスクをつける手伝いをしながら、
通路を歩いていたことが遺族提供の写真からもわかる。
                ──青山透子著の前掲書より
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 1985年8月15日付、朝日新聞掲載の日航発表の「落合証
言」では次のようになっています。これは、救出20時間後に重
体の落合氏を見舞った日航重役2名が、面会談をメモしたものが
ベースになっています。
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 私は56Cの座席で雑誌を読んでいた。回りの状況はいつもと
変わりなかったが、(離陸から13分後の)午後6時25分ごろ
「パーン」という音が上の方でした。そして耳が痛くなった。ド
アが飛んだかどうかはわからない。
 床下やその他で、爆発音は聞えなかった。同時にキャビン(客
室)内が真っ白になり、キャビンクルーシート(客室乗務員用座
席)の下のベントホール(差圧調整口)が開く。床は持ちあがら
なかった。ラバトリー(便所)上部の天井もはずれた。同時に酸
素マスクがドロップ。プリレコーデット・アナウンス(あらかじ
め録音された緊急放送)が流れ出した。この時ベルトサインは消
えていなかったと思う。
       ──角田四郎著『疑惑/JAL123便墜落事故
      /このままでは520柱は瞑れない』/早稲田出版
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 落合由美氏は、骨盤骨折、左上腕と前腕骨折、全身擦傷の重傷
で、多野総合病院で手術しています。日航の幹部としては、自社
の社員であり、事故の内容を知るもっとも相応しい生存者です。
そのため、救出20時間後であるにもかかわらず、かなり強引に
面会してメモをとったのですが、それを一部の記者に知られ、日
航側がやむなく公表したものです。
 この報道によって、警察、事故調査委員会の事情聴取も拒めな
くなり、30分ずつの事情聴取を病院側は許しています。なお、
落合氏は後日もっと詳細なレポートを出していますが、それにつ
いては、後日ご紹介することにします。
         ──[日航機123便墜落の真相/003]

≪画像および関連情報≫
 ●日航123便はなぜ墜落したのか(森永卓郎)
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   ニュース番組にかかわるようになって20年以上、私の心
  のなかには、もやもやした疑問がずっとつきまとってきた。
  それは日本航空123便の墜落原因だ。1985年8月12
  日、18時12分に、大阪に向けて羽田空港を飛び立った日
  航123便は同日18時56分に御巣鷹の尾根に墜落した。
  乗客乗員524人中、520人が死亡するという、一機では
  世界最大の航空機事故となった。
   事故の原因は、その後の運輸省の調査で、機体後部の圧力
  隔壁が破損し、そのときの圧力で尾翼の一部が吹き飛んで、
  油圧装置も破壊され、そのことで機体のコントロールが不可
  能になったことだとされた。機体は、過去に伊丹空港で尻も
  ち事故を起こしており、そのときに破損した圧力隔壁をボー
  イング社が修理した際、十分な強度を持たない方法で行った
  ため、それが破損につながったとされたのだ。いまでも、こ
  の公式見解は一切変更されていない。
   しかし、この事故原因に関しては、当初から様々な疑念が
  呈されてきた。例えば、圧力隔壁が破損すれば、急減圧で機
  内に濃い霧が発生する。それは、過去の機体破損の事故で共
  通して起きている。しかし、123便では、薄い霧は発生し
  ているものの、機内が見通せなくなるほどの霧は、発生して
  いないのだ。          https://bit.ly/2w2TvlU
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酸素マスクの下りてきたJAL123便機内.jpg
酸素マスクの下りてきたJAL123便機内
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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