です。橋本が梶山にあまり傾斜しすぎないよう歯止めをかける狙
いがあったのです。
『官邸主導』の著者、清水真人氏はそのときの2人のやりとり
を次のように描いています。
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野中:梶山構想では国債の大量増発となる。財政構造改革路線
を転換するおつもりか。
橋本:そういうわけじゃないんだ。10兆円は「枠取り」の話
なんだ。すぐに国債を発行するわけじゃない。
野中:梶さんに乗ったら危ない
――清水真人著/日本経済新聞社刊
『官邸主導/小泉純一郎の革命』
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ここで橋本が「枠取り」といっているのは、その10兆円を交
付国債で調達することを意味しているのです。しかし、これは既
に述べてきたように、竹下が大蔵省を促して出させた智恵であり
この時点で梶山は10兆円を交付国債で用意することを知らない
のです。問題はどのようにして梶山を説得するかです。
竹下は、梶山の説得は自分と宮澤の2人でやることにしたのし
たのです。元首相が2人かがりで説得する――このかたちが一番
いいと考えたのです。その方針に宮澤は同意します。
宮澤は大蔵事務次官の小村武を呼んで、交付国債で10兆円用
意する案を検討させたのです。そして、宮澤案と梶山案をドッキ
ングさせようとしたのです。
少し難しい話になりますが、交付国債といっても最終的な支払
い財源によつて出資国債と拠出国債に分かれるのです。出資国債
は財源として建設国債を使える場合に限られ、そうでない場合は
税収の不足を埋めるために発行する赤字国債を使う拠出国債とい
うことになるのです。ここで宮澤は梶山構想を取り入れてそれを
拠出国債で用意することに決めたのです。
1997年12月15日、午前9時に梶山は竹下を訪問したの
です。竹下は梶山の提案に賛意を示し、あとは宮澤の意見を聞い
てくれというにとどめたのです。説得の功績は宮澤に譲る竹下特
有の気配りなのです。
同じ日の午前11時、梶山は宮澤の個人事務所を訪ねているの
です。宮澤は十分に梶山のメンツに配慮して、「梶山色の包装紙
に包んだ宮澤私案」を提示したのです。梶山はこれに対して次の
ように反発しています。
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これは換骨奪胎だ。私の構想とは似て非なるものである。
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しかし、梶山はこの時点でこれは竹下の仕掛けによるものと判
断し、自分はここで手を引くべきだと判断したのです。そして、
次のようにこれを少しでも早く取り組むよう要請したのです。
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これは一刻も早く実現する必要がある。年明けからの通常国会
は98年度予算案が優先で、こっちは4月、5月なんて言って
いたら、3月期決算を乗りきれませんよ。
――清水真人著、前掲書より
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宮澤はこれに応じたのです。翌日12月16日、自民党は緊急
金融システム安定化対策を決定し、預金者保護機構に預金者保護
と金融機関の資本注入のため、それぞれ10兆円ずつ日銀からの
借り入れ枠を設定し、政府保証をつけています。そして、当初予
定した10兆円の交付国債は、この20兆円が焦げ付いたときの
返済原資に当てることになったのです。
しかし、最終的にはどうせ公的資金を投入するなら、金額は大
きい方がよいという判断で、政府保証の20兆円と交付国債によ
る10兆円を合わせて、「最大で30兆円規模の公的資金枠」と
してPRしたのです。
竹下はこういう手を打つ一方で梶山が宮澤のいうことを聞かず
独走することを恐れ、もうひとつ手を打ったのです。相手は総務
会の4Kのひとりである亀井静香です。
使者に立ったのは野中広務です。彼は亀井と会って竹下の支持
をちらつかせながら、執行部の提案を説明し、その一部は公共事
業にも使えると吹き込んだのです。反執行部への分断工作そのも
のです。それに竹下ならでの、もうひとつのカードもちらつかせ
たのです。
それは、政策の路線変換の責任を取って蔵相・三塚博と大蔵事
務次官小村武の引責辞任と党総務会長・森喜朗の蔵相転出とそれ
に伴う亀井の総務会長就任の約束だったのです。これには亀井は
何もいうことはなかったのです。
しかし、総理の橋本が望んだように、今回の公的資金枠30兆
円の政策がかつての田中角栄の山一証券への日銀特融のようには
いかなかったのです。橋本のあまりにも乏しいリーダーシップで
は田中角栄のようにいかなくて当然でしょう。すべては竹下の手
のうちにあったのです。
しかし、橋本はこれに満足をしなかったのです。土壇場になっ
て橋本は誰も予想しないことをやったのです。12月16日夜、
与党3党の幹事長、政策担当責任者が集まって、98年度の税制
改正の協議を行っていたのです。焦点は社民党の要求する2兆円
規模の特別減税をどうするかです。
加藤幹事長と山崎政調会長は、あくまで財政構造改革法の縛り
で、赤字国債の増発はできないと押し返し、何とか先送りで合意
できる寸前まできていたのです。
ちょうどこの夜、橋本はクアラルンプールで開かれていた東南
アジア諸国連合(ASEAN)との首脳会談から帰国し、政府専
用機で羽田に着いたのです。橋本は坂秘書官を伴って官邸に入り
早速電話をしたのです。 ――[日本経済回復の謎/20]
≪画像および関連情報≫
・交付国債について
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もともとは第2次大戦の戦没者の遺族や強制引き揚げを余儀
なくされた引き揚げ者を支援するため、現金の代わりに支給
した国債。通常の国債は国が収入を得るのが発行の目的なの
に対し、交付国債は生活者援助という特定の理由があった。
数万円から数十万円の券面が普通で必要に応じて現金化でき
るが、性格上、譲渡が禁じられている。金融システム安定化
のために準備した7兆円は異例の用途と言える。国の予算で
預金保険機構の勘定に必要と見積もられる金額を計上してい
る。破綻金融機関処理のため、預保機構に準備された交付国
債は7兆円。預保機構は資金が必要になった場合、交付国債
の現金化(償還)を政府に要請、政府は国債整理基金特別会
計から償還資金を拠出する。国債整理基金で足りない場合、
一般会計で補填することになっている。
http://www.central-tanshi.com/dr-call/yougo.html
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