2018年05月28日

●「第5世代コンピュータ開発の目的」(EJ第4772号)

 1980年代における日本の「第5世代コンピュータ」は失敗
に終っています。10年間と570億円を投入したプロジェクト
でしたが、通産省(当時)が掲げた目標には、まったく達してい
なかったからです。
 しかし、この第5世代コンピュータプロジェクトは、その後の
日本のICTに大きな影響を及ぼしており、少し詳しく分析して
みる価値があると思います。
 このプロジェクトを運営するのは「新世代コンピュータ開発機
構(ICOT)」であり、このプロジェクトの目的は「人間のよ
うに考えるコンピュータ」です。具体的には、次のようなことが
できるコンピュータの開発を目指したのです。
─────────────────────────────
      1.コンピュータに「目」を持たせる
      2.人間の話す言葉を理解し聞き取る
─────────────────────────────
 「1」は、コンピュータに目を持たせ、人間のように対象物を
見ることができるようにすることです。これを「コンピュータビ
ジョン」といいます。そうすれば、モノを掴んだり、移動させた
り、障害物を避けたりできます。これは、ロボットの技術に応用
することができる技術です。
 「2」は、コンピュータに人間の話す言葉を聞き取らせ、文字
にして表示する「音声認識」や、外国語を自動的に日本語に翻訳
する「機械翻訳」を可能にしようという、きわめて野心的なプロ
ジェクトといえます。
 現在のAI(人工知能)なら、いずれも既にクリアしている技
術ですが、当時としては、きわめてハードルの高い野心的な目標
でした。開発者側のICOTとしては、少しハードルが高くても
世間の耳目を集める目標を掲げて、企業からの技術者の派遣や資
金の拠出を求めようとしたのです。
 しかし、このプロジェクトは、5年が経過した時点で、それら
の野心的な目標のほとんどの達成が困難になったのです。それは
技術的にきわめてハードルが高かったことに加えて、日本政府の
財政が悪化したこともあり、通産省としては、当初予定していた
予算を大幅にカットせざるを得なかったからです。
 しかし、ICOTとしては、「人間のように考えるコンピュー
タ」そのものは完成しているとして、次のようにその実績を強調
しています。
─────────────────────────────
 コンピュータ・ビジョンや音声認識、あるいは機械翻訳などは
どちらかというと、周辺的な技術であって、目標から削除しても
大勢に影響はない。そんなことよりも「人間のように考える」と
いうプロジェクトの中核はちゃんと残されている。
                      ──小林雅一著
 『クラウドからAIへ/アップル、グーグル、フェイスブック
                の次なる主戦場』/朝日新書
─────────────────────────────
 このICOTの発言を聞くと、ハードウェア中心の発想であっ
て、基本的には、音声認識、機械翻訳などのソフトウェア的技術
を軽く見ているところがあります。この傾向は、現在も日本の技
術の考え方に根強く残っているのです。その証拠に、日本には、
日立、東芝、NEC、ソニーなど著名な製造業はたくさんありま
すが、米国のアップルやマイクロソフトなどに匹するソフトウェ
ア企業は一社もありません。
 第5世代コンピュータ・プロジェクトは、1992年に幕を閉
じましたが、何の成果もなかったわけでなく、高コストではある
ものの、日本独自の「プロログ」という論理型言語で動く「並列
推論型コンピュータ」を完成させているのです。しかし、このマ
シンで動くソフトウェアは何もなかったのです。これについて、
あのファイゲンバウム氏は、次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 第5世代は、一般市場向けの応用がなく、失敗に終わった。金
をかけてパーティーを開いたが、客が誰も来なかったようなもの
で、日本のメーカーはこのプロジェクトを受け入れなかった。技
術面では本当に成功したのに、画期的な応用を創造しなかったか
らである。           ──ファイゲンバウムの談話
─────────────────────────────
 本来であれば、このプロジェクトに参加した企業が、プロログ
で動作するソフトウェアの開発に注力すべきであったのですが、
既に当時は、高コストの大型コンピュータの時代ではなく、PC
の時代に移りつつあったのです。これについて、評論家の池田信
夫氏は、次の指摘をしています。
─────────────────────────────
 こうしたプロジェクトの最大の問題はそれが失敗したことでは
なく、業界全体をミスリードしたことだ。1980年代はIBM
に代表される大型コンピュータの時代が終わり、パソコンが急速
に成長した時代だった。ところが、通産省が「大型機の次に来る
のはAIだ」という方針を決めて、業界を「指導」した結果、日
本のコンピュータは大型機から脱却できす、時代遅れになってし
まった。パソコンは、NECのPC−9800を初めとするロー
カル標準で、世界には売れないため、日本のコンピュータ業界は
90年代には世界市場から取り残されてしまった。
 この「失われた10年」の間に、台湾や韓国やシンガポールは
パソコンの生産基地として欧米メーカーに部品を大量に供給し、
「世界の工場」としての地位を確立した。これに対して日本は、
多くのメーカーが国内向けに多くの商品を少量生産していたため
規模で対抗できず、技術開発でも追いつけなくなり、かつては世
界最大の生産量を誇った半導体メモリーも没落してしまった。
                  https://bit.ly/2IJEPxz
─────────────────────────────
          ──[次世代テクノロジー論U/016]

≪画像および関連情報≫
 ●「日の丸プロジェクトの実態」/酒井寿紀氏
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   経済産業省(および旧通商産業省)は日本のIT産業の振
  興のために国家プロジェクトをいくつも推進してきた。しか
  し、その成果は必ずしも芳しくない。1980年以降の代表
  的プロジェクトの実態を見てみよう。
   1982年から1994年にかけて、13年間に約570
  億円の国費を投じて第五世代コンピュータ・プロジェクトが
  推進された。このプロジェクトは、将来のコンピュータの重
  要な応用を人工知能の分野と考え、それに適したハードウェ
  アとソフトウェアを開発するものだった。そして、その公式
  な最終報告書には、「当初の期待に十分応え、日本のナショ
  ナルプロジェクトのモデルを示し得たと考えられる」と記さ
  れている。しかし、プロジェクトの成果がその後の日本のコ
  ンピュータ産業に大きく貢献することはなかった。
   スコット・キャロンという米国人がこのプロジェクトにつ
  いて調査し本を著している。この人にインタビューされた関
  係者は、あからさまに通産省を非難し、プロジェクトは時間
  の無駄だったと述べたという。日本では公に言えないことを
  米国人には言ったようだ。このプロジェクトの発足当時、第
  五世代コンピュータ調査研究委員会の委員長をされていた元
  岡達東京大学教授は、小生に、「メーカーに道楽をしてもら
  おうと思うのだが、メーカーの人はなかなか乗って来ない」
  と言った。当時のメーカーは道楽に付き合う余裕がなく、初
  めからプロジェクトに乗り気ではなかったのだ。
                  https://bit.ly/2kmhbwo
  ───────────────────────────

第5世代コンピュータ.jpg
第5世代コンピュータ
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロージ論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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