サイモン──いずれも当時の高名な学者ばかりですが、彼らは等
しくAI(人工知能)の発展について、きわめて楽観的な見通し
を立てていたのです。「10年もあれば、AIを構成する実質的
な問題は解決される」といった具合にです。
彼らの計画によれば、少なくとも1970年頃にはメドがつい
ていたはずですが、2回の「AIの冬」を経て、AI発展の見通
しがついたのは、2000年を超えてからのことであり、10年
どころか、40年もかかったことになります。どこを間違えたの
でしょうか。
それは、数学や自然科学者の天才たちの陥りがちな「論理への
過信」にあったといえます。彼らは、自ら論理的にものを考える
傾向があり、論理の積み重ねで、機械にある程度の「知性」を持
たせることはできると考えたのです。
既出の小林雅一氏の著書を参考に、「機械翻訳」を例にとって
考えます。仮に日本語を英語に翻訳するとします。機械翻訳は、
基本的には人間の言葉を機械に読み取らせる自然言語処理の技術
のひとつです。「自然言語」というのは、人間が日常的に使って
いる言語であり、それをコンピュータに処理させるのです。初期
の機械翻訳は、文章を機械に読み取らせるのですが、それは次の
ステップによって逐次行われます。
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@文章から単語を切り出す ・・ 単語解析
A木構造を生成する ・・ 構文分析
B述語論理形式に変換する ・・ 意味分析
─────────────────────────────
機械翻訳は、予めコンピュータの記憶装置に「辞書」と「構文
規則」のデータベースが用意されています。
機械は、与えられた文章から単語を切り出し、バラバラにしま
す。これが第1段階の「単語解析」のステップです。続いて、機
械はデータベースを参照しながら、それらの文法的構造を明らか
にして、構文のシンタックスの木構造を生成します。これが第2
段階の「構文解析」のステップです。
そのうえで、機械はその文章を述語論理形式に変換します。こ
れよって、機械が文章の内容を把握できる「中間言語」になりま
す。これが第3段階の「意味解析」のステップです。
この後、コンピュータが内容を理解した中間言語を、これらの
3ステップとは逆方向に、「意味合成」→「構文合成」→「単語
合成」を経て、英語に翻訳が行われるのです。
しかし、この方法では、ごく簡単な文章でないと、翻訳できな
いことがわかります。文章はそれほど論理的ではないからです。
例えば、次の文章の翻訳などは完全にお手上げです。
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日本代表のサムライたちが無敵艦隊スペインに勝った。
──小林雅一著
『クラウドからAIへ/アップル、グーグル、フェイスブック
の次なる主戦場』/朝日新書
─────────────────────────────
人間であれば、この文章は、サッカーの試合について述べてお
り、日本代表が強敵のスペインチームを破ったという意味である
ことはすぐわかります。しかし、当時の機械翻訳の技術レベルで
は、「刀を持った日本の侍が、スペインの軍艦に切りかかった」
などと訳しかねないのです。
マッカーシー氏に代表される初期のAIの状況について、小林
雅一氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
こうした事情から、初期のAI研究は何とかできる問題を幾つ
か解いた後、先の見えない袋小路に陥ってしまいました。197
3年には、英国の著名な数学者であるジェイムズ・ライトヒル卿
が、「AI研究は、その当初に約束したロボット工学や自然言語
処理などの領域において、なんら実質的な成果を上げていない」
と厳しく批判するレポートを公表しました。これを受けて、英国
や米国の政府は自由なAI研究への予算を全額停止してしまいま
した。手厳しい批判にさらされ、世間の理解とスポンサーを失っ
たAI研究は急速に衰退し、長い停滞期に入りました。
──小林雅一著の前掲書より
─────────────────────────────
このジェイムズ・ライトヒル卿の「自然言語処理などの領域に
おいて、なんら実質的な成果を上げていない」という言葉にもあ
るように、初期のAIはほとんど成果を上げているとはいえませ
ん。これが第1回の「AIの冬」と呼ばれる期間です。1950
年代から1970年代の期間です。
しかし、後世の人はこの期間を「AIの冬」といっていますが
当のマッカーシー氏やミンスキー氏らは、十分成果が出ていると
胸を張っていたのです。確かに、コンピュータは代数問題を解い
てみせ、幾何学の定理を証明してみせ、英会話をデモ的に学習し
てみせたりしており、これは当時の人々にとって十分「驚異的」
であったのです。
それは、当時の人々には、コンピュータがそのような「知的」
な行動ができるとは全く信じていなかったので、その程度のこと
でも喝采してみせたのです。しかし、政府から予算を止められて
しまうと、それ以上の研究が進まなくなったことは確かです。
この時代のAIは、推論と探索の時代であったといえます。例
えば、ネズミの脱出ゲームのようなルールとゴールが決められて
いるゲームにおいて、いかにしてゴールにたどり着くかという問
題が解かれたのです。チェスなどのゲームへのAIの投入もテー
マになったのです。しかし、これらは現実世界とはあまり関係の
ないスケールの小さい世界での話であり、実際には何の役に立つ
かはっきりしなかったので、資金が打ち切られ、研究が一時スト
ップしたのです。 ──[次世代テクノロジー論U/014]
≪画像および関連情報≫
●AIとは何か--コンピュータの歴史から紐解く人工知能
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今、情報科学において重要な技術のうちの1つとして「人
工知能」(AI)が多くの場で議論されている。しかしなが
ら、技術者でない一般的な観点で見た場合に、そもそも「人
工知能」というものが一体何なのかが十分に理解できないよ
うな議論を目にすることがあるのが現状である。
この記事では、コンピュータの歴史を紐解くことにより、
そもそも、人工知能というものが一体何で、ビジネスや社会
とどう関わっていくのか解説したい。
そもそも「人工知能」が何なのかについての明確な定義は
存在しない。人工知能学会のウェブサイトでも、人工知能の
定義そのものが「議論の余地がある」とされており、実際に
人工知能研究自体に2つの立場があるとしている。「人間の
知能そのものを持つ機械を作ろうとする立場」と「人間が知
能を使って行うことを機械にさせようとする立場」である。
(現在多くの企業が採用している人工知能は「機械学習」と
呼ばれるものであり、後者の立場に位置づけられる。機械学
習は、人間による知的作業のうちの「論理的な推論」を代替
する技術であり、音声や画像、テキストなどのデータを事前
に機械に学習させておくことによって、新しいデータを見た
ときに、自動的に”推測”可能にするというものだ)
ここで注目すべきなのは、いずれの立場に立った場合にお
いても、「知能」とは何なのかについての定義が必要であり
これについての定義は存在しないということである。
https://bit.ly/2IBVcvQ
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マービン・ミンスキー


