その概念は昔からあります。AI(Artificial Intelligence)
という言葉そのものは、1956年の夏からあります。そのとき
後世「ダートマス会議」と呼ばれるようになる有名な会議におい
てこの言葉が使われているのです。
1956年という年について考えてみる必要があります。コン
ピュータが開発されたのは1945年頃のことであり、その10
年後といえば、コンピュータの高性能化が急速に進んで、「コン
ピュータから何でもできる」と多くの人に思われつつあったとき
です。そういうときにダートマス会議は開かれています。この会
議は、ダートマス大学で行われたのでそう呼ばれています。
この会議の主催者は、米国の著名なコンピュータ科学者のジョ
ン・マッカーシーという人物です。彼は、この会議の開催資金を
政府から調達するために、会議の内容にいささかオーバーな売り
込み文句として「人工知能」という言葉を使ったのです。そのせ
いか、この会議には錚々たる科学者が一堂に会したのです。
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ジョン・マッカーシー
クロード・シャノン
マービン・ミンスキー
アレン・ニューウェル
ハーバート・サイモンなど
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彼らのそれ以後の研究をフォローすると、それぞれAIの発展
に大きく貢献した人たちばかりです。簡単に紹介すると、クロー
ド・シャノン氏といえば、「クロード・シャノンなかりせば、コ
ンピュータは高級電子ソロバンで終っていた」といわれる情報理
論の創始者であり、ニューラル・ネットワークの批判的研究で知
られるマービン・ミンスキー氏、初歩的な数学の定理を証明する
プログラムなどの初期のAI研究に大きな足跡を残しているアレ
ン・ニューウェル氏、そして、ハーバート・サイモン氏は、経済
学から社会学、認知科学からコンピュータ科学まで、万能の天才
といわれた科学者です。
このように、まさに錚々たる科学者が集まったわけですが、そ
の当時の科学者たちの人工知能の認識は次のようなものに過ぎな
かったのです。
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AIとは人間の知的活動をシミュレートする技術である
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このようにAIは定義が曖昧です。AIの性能が強化されるに
つれて、定義が広がる傾向もあります。このAIの定義について
日本のAI研究の第1人者である松尾豊東京大学大学院准教授は
「人工知能の定義が難しいのはこの言葉が複数の側面を持つから
である」とし、その側面として次の3つを上げています。
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1.最先端の情報技術という意味合いでの側面
2.知能の定義が人によって異なるという側面
3.AIの定義の範囲が非常に広いという側面
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第1は「最先端の情報技術という意味合いでの側面」です。
AI(人工知能)は、情報技術のなかでも「最先端の技術」を
指すという側面があります。最先端の技術には何かしら謎めいた
部分があるものですが、そういう謎的なものが残っている間は
人工知能と呼ばれるのです。
日本でPCが普及した当時、かな漢字変換やOCRまでも人工
知能と呼ばれた時期があります。もっと技術的な面では、プログ
ラムを機械コードに変換するコンパイラも人工知能と呼ばれてい
たのです。それが当たり前になると、そう呼ばれなくなります。
第2は「知能の定義が人によって異なるという側面」です。
「人間の知能とは何か」──これは難しい設問です。そのため
人間の知能の解明は、必ずしも進んでいるとはいえない状況があ
ります。そうであるとすると、知能というものを人工的に実現す
る人工知能の定義も曖昧なものにならざるを得ないのです。
したがって、何が人間の知能を本質的に構成するかについては
研究者によって考え方がそれぞれ異なるのです。何が知能である
か、何が人工知能でないかを定義できないのです。
第3は「AIの定義の範囲が非常に広いという側面」です。
人工知能の共通の定義を仮に決めたとしても、どうしてもその
範囲が広いものにならざるを得ないため、その概念は曖昧なもの
にあります。
スチュワード・ラッセルの有名なAIの教科書によると、人工
知能について次の定義があります。
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人工知能は外界の状況に応じて適切に振る舞いを変えるもの
である。 ──スチュワード・ラッセル
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しかし、松尾准教授は、極端の例と断りながらも、これでは、
サーモスタットも人工知能になると述べています。サーモスタッ
トも外界の温度に応じて振る舞いを変えるからです。人工知能の
概念の範囲が広いと、こういうことが起こるのです。
このように何が人工知能であり、何が人工知能でないかを定め
るのは極めて困難なことです。しかし、定義を曖昧にしたままで
は、それが何かを極めることは困難です。そこで、松尾准教授は
人工知能について議論するには、次の2つについて行うのが適切
でないかと述べています。
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1.人工知能は最先端の情報技術を指すものとする
2.人工知能とは機械学習・深層学習のことである
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──[次世代テクノロジー論U/008]
≪画像および関連情報≫
●人工知能とは何か/東京大学/堀 浩一氏
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「人工知能とは何か」という人工知能研究者にとっては答
えるのが容易でない質問に対して、これまでに4人の先生方
が回答を試みられてきた。筆者が付け加えるべきことはもう
あまり残っていない。しかし、4人の先生方のおっしゃると
おりと言って済ませてしまったのでは面白くない。人工知能
とは何かという問いに対する答がひとつに決まっていないか
らこそ、人工知能研究は面白い。その面白さを伝えるために
も、無理にでも、これまでの4人の先生方との違いを強調し
て回答を作ってみることにしよう。
◎中島の答:人工的に作られた、知能をもつ実体。あるいは
それをつくろうとすることによって知能全体を研究する分
野である。
◎西田の答:「知能をもつメカ」ないしは「心をもつメカ」
である。
◎溝口の答:人工的につくった知的な振舞いをするもの(シ
ステム)である。
◎長尾の答:人間の頭脳活動を極限までシミュレートするシ
ステムである。
◎ 堀の答:人工的に作る新しい知能の世界である。
「人工知能とは何か」という問いに対して「人工の知能で
ある」と答えたのでは、何も答えたことにはならないであろ
うが、5人の回答を見ると、中島、西田、堀の3名の回答の
中に、「知能」という語がそのまま残っている。知能とは何
かについて一言では言えないので、そのまま残して、あとで
議論するという回答の構造になっている。筆者もその構造を
採用させていただき、少しずつ順番に論じていくことにした
い。 https://bit.ly/2IinriS
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東京大学大学院/松尾豊准教授


