2017年12月25日

●「量子コンピュータの速さのレベル」(EJ第4673号)

 量子力学のここまでの説明と、22日のEJでご紹介したNH
Kスペシャルを見ていただければ、前提知識としての量子力学の
知識は一般的には十分だと思います。ここからは、それがどのよ
うにして量子コンピュータになるのかについて考えます。
 現在のCPUのチップは、限りなく原子レベルに近づいていま
す。コマのように回転軸を上に向けて、反時計回りに自転する原
子を仮に「1」とします。それをひっくり返して回転軸が下を向
いて時計回りに自転するようすれば、その原子は「0」をあらわ
すことになります。もちろん、0と1は逆でもいいのです。この
場合、原子は極小のスイッチとして機能します。
 しかし、微細化がさらに進んで素粒子レベル、量子レベルにな
ると、量子力学が働き、量子は「0」と「1」の両方の状態をと
るようになります。つまり、「重ね合わせ」です。これについて
ニューヨーク・タイムズ紙の科学記者、ジョージ・ジョンソン氏
は、自著で次のように述べています。
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 コンピュータ技術者が、量子レベルにまで小型化を進めると、
チップの中の出来事は、もはや決定論的ではなくなる。1と0を
はっきり区別できなくなるのだ。そして1と0に加えて、Φとい
う状態も取りうるようになる。(ここではこの記号はギリシャ文
字の「ファイ」の意味ではなく、0と1が量子的に重ね合わされ
た状態を表す)。量子はこのようなあいまいさを持っているので
同じ原因が同じ結果を及ぼすとは限らない。不確かさが支配する
のだ。正しい用語ではこれを「量子的不確定性」と言う。
           ──ジョージ・ジョンソン著/水谷淳訳
          『量子コンピュータとは何か』/早川書房
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 上記の「1と0をはっきり区別できなくなる」とは、重ね合わ
せのことをいっているのですが、要するにノイマン型コンピュー
タのが「0か1か」、つまり「あれかこれか」であるのに対し、
量子コンピュータは「1であり、0でもある」、つまり「あれで
あり、これであり」ということになるのです。
 量子コンピュータでは、ノイマン型のコンピュータのビットで
ある「0」と「1」の情報単位を扱う代わりに、重ね合わせを応
用して、「0」と「1」の併存が可能な「量子ビット」(キュー
ビット)という情報単位を使います。「0」と「1」を併存する
演算とは、「0」と「1」を重ね合わせたまま演算できることを
意味しています。
 量子コンピュータは、この重ね合わせの特質により、ノイマン
型コンピュータよりも処理速度が圧倒的に速いのです。
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 n量子ビットコンピュータは、ノイマン型では2のn乗回必要
だった演算を一度に行うことができる。
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 量子ビットによるスイッチが2つの場合を「2量子ビット」、
3つの場合を「3量子ビット」といいますが、それぞれが重ね合
わせにより、一度にやれるデータを以下に示します。
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   ≪量子スイッチが2つの場合/2量子ビット≫
    「00」「01」「10」「11」
   ≪量子スイッチが3つの場合/3量子ビット≫
    「000」「001」「010」「011」
    「100」「101」「110」「111」
─────────────────────────────
 2量子ビットコンピュータの場合、2の2乗回、すなわち、ノ
イマン型では4回やらなければいけない演算を1回でやれるとい
う意味であり、3量子ビットコンピュータの場合、ノイマン型で
は、2の3乗回、すなわち、8回やらなければいけない演算を1
回でやれるという意味になります。
 既に試作品ながら、512量子ビットコンピュータができてい
ます。この場合、現代のコンピュータであれば、2の512乗回
必要な演算を一度にやってしまうことになります。
 この量子コンピュータのアイデアは、英国の物理学者であるデ
イヴィッド・ドイチェ氏(1953年5月18日〜)の発案なの
です。既出の竹内繁樹北海道大学教授は、ドイチェ氏について次
のように述べています。
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 量子コンピュータのアイデアの登場は1985年。場所はイギ
リス、オックスフォード大学である。発案者は、デビッド・ドイ
チェ。彼はそのころ、理論物理学を研究する若手の研究者で、特
に平行宇宙論というものに関心を持っていた。
 平行宇宙論とは、「重ね合わせ」の考え方をもっと拡張して、
解釈する考え方だ。「重ね合わせ」にあるそれぞれの状態は実際
には別々に平行して存在する宇宙に属しているものと解釈する。
ちょっと想像するのが難しいかもしれない。
 ただ、「重ね合わせ」状態と観測にまつわる解釈はまだいろい
ろある。たぶん、厳密に比べれば研究者が100人いれば100
人とも違うかもしれない。とはいうものの、「重ね合わせ状態」
に関する実験結果は厳然とした事実なのである。平行宇宙論は、
その中の解釈の一つだ。           ──竹内繁樹著
         『量子コンピュータ/並列計算のからくり』
                      ブルーバックス
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 ドイチェ氏は「オックスフォードの仙人」と呼ばれ、変わり者
が多い数学・物理学者のなかでも、筋金入りの変わり者の学者と
いわれています。オックスフォード大学に教授職で籍を置きなが
ら、講義も試験もしないのです。そのため、大学からの給与はゼ
ロで、研究助成金と執筆の収入で暮らしています。しかし、自宅
を訪れて教えを請う学生には、ていねいに授業をしてくれるそう
です。         ──[次世代テクノロジー論/63]

≪画像および関連情報≫
 ●「量子ビット」を高精度化 演算速度が約100倍に
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   理化学研究所や東京大学などの研究グループは2017年
  12月18日、量子コンピュータの情報単位「量子ビット」
  を実現する素子をより高精度化したと発表した。従来と比べ
  ると演算速度が約100倍になり、量子コンピュータを計算
  作業に使える時間も伸びるという。
   量子コンピュータは、量子ビットと呼ばれる情報単位を用
  いる。量子ビットは0と1に加え、0と1の「重ね合わせ状
  態」(量子の重ね合わせ)を扱える。量子計算のアルゴリズ
  ムを使えるため、従来のコンピュータと比べて計算や解析が
  短時間で行えるといわれる。
   実用化には、演算精度が99%以上の高精度な量子ビット
  が必要になる。そのためには(1)量子ビットの演算速度を
  向上させる、(2)量子ビットは時間経過とともに情報を失
  う(重ね合わせ状態を失う)ため、より長く保持できるよう
  にする(情報保持時間)――という条件を両立させなければ
  ならない。2つの条件を別々に達成する手法はあったが、同
  じ材料を使って両立した例はなかった。研究グループは、よ
  り情報保持時間を長くするために、磁気的な雑音が少ないシ
  リコン同位体の基板を使い、「量子ドット」と呼ばれる構造
  を作った。この構造に閉じ込めた電子の自転(電子スピン)
  を量子ビットとして使い、微小な磁石で高速にスピン操作を
  加えたところ、通常の約100倍の演算速度を実現したとい
  う。               http://bit.ly/2DyhNHH
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デイヴィッド・ドイチェ教授.jpg
デイヴィッド・ドイチェ教授
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロジー論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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