要があります。既に見てきたように、日本人の15歳、すなわち
高校生は、国際的にみても、数学や科学に強い、きわめて優れた
素質を有していることはわかっています。それなのに、理数系に
弱い社会人が多くなっています。これは教育の問題、なかんずく
大学入試制度に原因があります。
私立の進学校では、高校2年生の段階で、大学受験を見据えて
生徒を文系と理系に分けてしまうのです。ほとんどの大学の入試
では、文系には数学と理科の問題が出題されないからです。その
ため、文系志望の生徒は数学と理科の勉強をしなくなります。
これでは、みすみす理系に強い生徒の才能までも摘み取ってし
まうことになります。数学と理科は、論理力を鍛えるためのもの
であり、文系にとっても必要な学科なのです。これについて既出
の鈴木寛氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
文系であっても、入試のときに数学があった主に国立大の文系
学生と、数学がなかった、主に私立文系の学生との問では正答率
に大きな差が生じています。おそらく、狭き門を突破して難関私
大文系学部に合格した人のほとんどは、中学校の時は数学ができ
ていたはずです。
通信簿で数学は「5」をもらっていた人が、少なくないはずで
す。そういう生徒が高校へ進学し、2年生になって私立文系を目
指したとたんに数学と理科に触れなくなってしまうのは、もった
いないと思います。もともとはできる人のはずなんです。
──成毛真著/SB新書375
『AI時代の人生戦略/「STEAM」が最強の武器である』
─────────────────────────────
大学入試を変えるには、いきなり制度を変えるのではなく、理
数系に強い人材を育てる仕組みを作る必要があります。鈴木寛氏
は、かつての民主党政権の文科省副大臣時代に、その仕組みをひ
とつ作っています。それが「科学の甲子園」です。それは現在で
も続いています。
「科学の甲子園」とは何でしょうか。科学技術振興機構のウェ
ブサイトから、その狙いをご紹介します。
─────────────────────────────
科学の甲子園は、高等学校等(中等教育学校後期課程、高等専
門学校を含む)の生徒チームを対象として、理科・数学・情報に
おける複数分野の競技を行う取り組みです。
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は、平成23年
度(2011年)より科学の甲子園を創設し、全国の科学好きな
高校生が集い、競い合い、活躍できる場を構築します。また、こ
のような場を創ることで、科学好きの裾野を広げるとともにトッ
プ層を伸ばすことを目指します。 http://bit.ly/2ysEHfY
─────────────────────────────
「科学の甲子園」は、ある学校の高校生が、チーム単位で、理
科、数学、情報の競技を行うもので、全国高校野球選手権大会と
同じように、各都道府県の予選を勝ち抜いた学校が、全国大会を
戦うのです。この大会に優勝すると、「サイエンス・オリンピア
ド」という米国で開かれる大会に参加することができます。
2012年に第1回大会が兵庫県立体育館において開催され、
以後、毎年行われています。第1回大会のベスト3は、次の高等
学校です。
─────────────────────────────
第1位: 埼玉県立浦和高等学校
第2位: 滋賀県立膳所高等学校
第3位:筑波大学付属駒場高等学校
─────────────────────────────
鈴木寛氏は、「科学の甲子園」では、どの高校が優勝するかも
重要ですが、このイベントにどのくらいの高校がチャレンジする
か、その裾野の広がりの方がもっと重要であるといっています。
なぜなら、変革を起こすには、「高校生17万人」という数が必
要だからです。17万人の根拠は何でしょうか。
最近の話ですが、全国の高校のサッカー部員の数が、野球部員
の数を抜いたそうです。どちらもほぼ17万人ですが、サッカー
部員の数が少し上回ったそうです。今後、その差は開いていくも
のと思われます。
既に日本の野球は、十分世界に通用するようになっています。
イチロー選手をはじめ、数多くのプロ野球の選手がメジャーリー
グで活躍していますし、WBC/ワールド・ベースボール・クラ
シックでも2回も優勝しています。それは、17万人の高校生の
野球人口が支えているのです。
Jリーグが始まったのは1993年です。それから20年以上
かけて、少しずつサッカー人口が増えて、やっと高校のサッカー
部員の数が17万人に達し、野球部員の数を超えたのです。実際
に日本のサッカー選手も、まだ数は少ないものの、プレミアリー
グのチャンピオンチームで、レギュラーを務める選手が出てきて
います。高校のサッカー部員が17万人が超えたことがそういう
状況をもたらしているのです。
「科学の甲子園」は、やっと5年を超えたばかりですが、現在
高校における科学部の部員は約5万人です。約6年で5倍です。
17万人にはまだほど遠い状況ですが、科学技術の進歩は、はる
かにこれを上回っているので、今後相当スピードを上げる必要が
あります。国としての本気の取り組みが求められています。
その鍵を握るのが、国としてのSTEM教育の強化です。鈴木
寛氏によると、このSTEM教育の機運を盛り上げ、その普及を
加速させていくため、一定の実験設備などを備え、生徒が自分で
テーマを決めて課題研究ができる高校を「スーパーサイエンスハ
イスクール」(SSH)に指定する取り組みを始めています。現
在、そのSSHは200を超えており、この動きは今後加速する
といわれています。 ──[次世代テクノロジー論/05]
≪画像および関連情報≫
●STEM教育とは何か?
───────────────────────────
19世紀の産業革命以降、教育は近代国家に欠かせないも
のでした。労働の担い手を生み出し、市民社会を形成するた
めに必要だったからです。そこでの教育技法は「教師が生徒
に教え込む」つまり「教師から始まる」教育でした。
20世紀に入り、市民社会が成熟すると、違った教育技法
が生まれました。「成長過程にある人間の自主性を認め、そ
こを起点とする」ものでした。いわば「生徒から始める」教
育です。市民社会がさらに高度化し、扱う情報が飛躍的に増
大する中、後者の教育技法は常に不利な状況を強いられまし
た。理由は時間。自ら学びとる手段を持たない生徒は必要な
情報を手に入れるにも時間がかかりました。「知りたいとき
に知りたいことをすぐに知る」ことができる手段は、当時は
存在していませんでした。
1950年代から60年代、第二次大戦を経て発展した情
報処理技術は、コンピュータという新しい機械を生みだしま
した。その頃は研究室に置かれ、一部の人間しかタッチでき
ないものでしたが、1970年代、研究室を抜け出し、小型
化。80年代から90年代にはパーソナルコンピュータ=パ
ソコンとなって家庭に入り込み。さらにパソコン同士が繋が
り、インターネットを生みました。21世紀「知りたいとき
に知りたいことをすぐに知る」時代がやってきました。「生
徒から始める」教育を推進できる環境が整ったのです。
http://bit.ly/2xC0SRK
───────────────────────────
小学校でのプログラミング教育