年にわたり、鹿児島県知事を務めた伊藤祐一郎氏というベテラン
知事がいます。この伊藤知事は、県の総合教育会議において、次
の発言をしたのです。2015年8月27日のことです。
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高校で女子に(三角関数の)サイン、コサイン、タンジェント
を教えて何になるのか。それよりもう少し社会の事象とか植物の
花や草の名前を教えた方がいい。 ──伊藤祐一郎知事
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これと同じようなことを発言した人がいます。作家の曽根綾子
氏です。2011年に次の発言をしています。
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2次方程式を解かなくてもこれまで生きてこられた。2次方程
式などは社会へ出て何の役にも立たないので、このようなものは
追放すべきだ。 ──曽根綾子氏
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伊藤祐一郎前知事の発言はともかくとして、曽根綾子氏の発言
には同意する人は多いのではないでしょうか。確かに、日常生活
において、サイン、コサイン、タンジェントは必須のものではな
いでしょう。
しかし、成毛真氏は、これらの発言について、次のように反論
しています。
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三角関数なかりせば、測量はもとよりテレビゲームもつくれな
い。二次方程式が解けなければ宇宙開発など夢のまた夢である。
それ以前に数学は、ものごとを理知的・論理的に考える力を養っ
てくれる。作家はともかく、感性で地方自治を行われたのでは、
たまったものではない。災害対応など、じつに不安になってしま
う。ともかく、三角関数も二次方程式もわからない人が、これか
ら急速に社会に浸透してくる人工知能(AI)やロボットを「使
う側」に回れるとはとても思えない。
──成毛真著/SB新書375
『AI時代の人生戦略/「STEAM」が最強の武器である』
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私は曽根綾子氏の発言には違和感を感じます。なぜなら、曽根
氏が作家であるからです。「文章を書く」ことを職業にしている
からです。文章を記述するのは論理であり、その論理は、数学の
学習を積み重ねることによって、効率よく築かれ、磨かれていく
のです。
これについて、成毛真氏と、元文科相補佐官で東大教授の鈴木
寛氏は、次のようなやりとりをしています。
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成毛:それひとつとっても私大文系だからSTEMは無関係とは
言えないということですね。数学についてはどうですか。
微分積分は社会に出てから役に立たない、だから数学を一
生懸命勉強する必要はないと言う人もいます。
鈴木:高校で習う数学は論理です。論理的でないと、自然科学は
もちろん、人文科学も社会科学も理解し、語り、書くこと
はできません。論理的でないと、普通の文章も書けないの
です。 ──成毛真著の前掲書より
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OECD生徒の学習到達調査(PISA)では、次の3つのリ
テラシーをチェックしますが、実は、3つとも文章力に密接に関
係しているのです。文章力というのは、あるものごとについて、
やさしく、わかりやすく文章で表現するスキルのことです。
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1.数学的リテラシー
2. 読解力
3.科学的リテラシー
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1の「数学的リテラシー」は、論理力を磨くのにきわめて効果
があります。数学はロジックであり、その答えは1つに絞ること
ができます。したがって、数学に強くなることは、論理に強くな
ることを意味します。
2の「読解力」も同じです。何かの文章を読んで理解するとい
うことは、論理的にすじが通ることを意味するからです。「わか
る」というのはいわば到達点であり、「わからない」が出発点に
なります。出発点の「わからない」から「わかる」まで、論理の
すじがつながると、人は納得をうるのです。
3の「科学的リテラシー」、自然科学を理解するには、強い論
理力が必要になります。歴史を学ぶときも、論理力が求められま
す。歴史的事実を丹念に多く収集し、それらのパーツを論理力に
組み立て、真実を探るのです。
これらの1、2、3を身に付け、磨くには、文章力を高めるこ
とによって、ある程度それは得られます。慶応義塾大学がどんな
に受験者が減っても、文系学部の入試において、数学と小論文を
出題しているのはそのためです。論理性を高めるには、数学と論
述が必要だからです。
日本の大学は、世界のランキングからみると、その順位は高く
はありません。2015年のランキングでは東京大学が21位、
京都大学が22位です。しかし、これを学科領域別に見ると、東
京大学はサイエンスでは9位、京都大学は18位とかなり上位に
きます。
しかし、社会科学では、東京大学、京都大学とも、200位以
内に入っていないのです。これが順位を下げている原因です。文
系学部が足を引っ張っているのです。これは、論理性の問題であ
り、大学入試を改革することによって大きく改善することができ
ると思います。どのように大学入試を改革するべきかについては
明日のEJで論ずることにします。
──[次世代テクノロジー論/04]
≪画像および関連情報≫
●「このままではダメになる」日本へ
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東京大学や早稲田大学など、日本の難関大学に中国人留学
生が押し寄せている。「グローバル化」を進めたい大学当局
にとって歓迎すべき存在だが、喜んでばかりもいられない。
国際的な地位が低下する日本の一流大学が、中国でのすさま
じい受験戦争に敗れた学生たちの「敗者復活の場」と化して
いる実態もあるからだ。
「あのまま中国の大学に残っていたら自分の将来は閉ざさ
れていたでしょう」。4月から早稲田大学の人間科学部に通
う中国人留学生の女性(22)は静かな笑みを浮かべながら
話し始めた。インタビューしたのは彼女が昨年まで通ってい
た都内にある「予備校」の教室。かつて祖国での失意のとき
とは違い、自信を取り戻した姿がそこにあった。
中国・遼寧省出身の彼女が来日したのは2014年7月。
本国ではそれまでは2年間、「レベルが低くて卒業しても就
職できるかどうかわからないような大学に在籍していた」と
自嘲気味に話す。高校時代の3年間は大学入試に備えて猛勉
強に励んだ。朝7時から夜9時まで学校の教室と自習室で過
ごし、自宅では夜12時まで勉強した。有名な大学に入らな
いと就職できないかもしれないという恐怖感。そのストレス
は半端ではなかったという。 http://bit.ly/2wPEZ4y
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成毛 真氏