まれます。しかし、石原知事は、浜渦氏が辞任した後も、相変わ
らず週に2〜3回しか登庁しないのです。その間の仕事はすべて
部下に任せ切りです。
2005年〜2007年までの知事日程表によると、知事の登
庁日数は次のようになっています。
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2005年 ・・・・ 129日
2006年 ・・・・ 126日
2007年 ・・・・ 103日
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これによると、石原知事は3日に一度しか登庁していないこと
になります。非常に良い身分です。石原氏は、この3年の間に作
家として次のベストセラーを出しています。
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「俺は君のためにこそ死ににいく」(映画脚本)/2005
「老いてこそ人生」(幻冬舎文庫)/2002
「新・堕落論─我欲と天罰」(新潮新書)/2011
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知事が3日に一度しか登庁しないので、その間の知事の仕事を
カバーしていたのは、かつての浜渦副知事であり、そのため浜渦
副知事は副知事でありながら、事実上知事の権限の一部を行使し
ていたといえます。これでは浜渦独裁になります。
それでは、浜渦氏が辞めた後は誰がその役割をやっていたので
しょうか。
その役割は、内田茂氏が浜渦氏から引き継いだのです。つまり
内田氏は、都議会議員として都議会議長を務めながら、浜渦氏に
代わって副知事の仕事を手伝い、さらに自民党東京都連の幹事長
も務めていたことになります。これが石原知事在任中は続いてい
たことになるので、これなら、東京都議会のみならず、東京都選
出の自民党議員に対しても、内田氏が絶大な権限を有していたこ
とが理解できると思います。もちろん、築地市場の豊洲移転につ
いても内田氏は深く関与しています。
それでは、なぜ、石原知事は、内田茂氏に心を許したのでしょ
うか。都知事選のときは、内田氏のことを「都庁の悪人」といい
その悪人を退治するとまでいっていたのにです。
これについて、東京都政に詳しい政治評論家の鈴木哲夫氏は、
ベテラン国会議員の言葉として、次のように述べています。
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石原知事は都議会自民を守旧派に見立ててみずからの存在を高
めようとしていました。本来、都議会自民党は徹底的にケンカし
ていい敵でしたが、内田さんは逆に石原人気を利用し、むしろ味
方につければいいと考えるのです。石原知事側近であり、剛腕で
強敵の浜渦武生元副知事だけは表立って辞任に追い込み、一方で
は、石原知事の子煩悩を利用して2人の息子、伸晃さんと宏高さ
んをいわば人質≠ノした。 ──鈴木哲夫著
『誰も書けなかった/東京都政の真実』/イースト・プレス
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東京都政のトップという重要な役目を担いながら、3分の1し
か登庁せず、自分の関心のあることしか真面目に向き合おうとし
ない石原知事の仕事ぶりに心底怒りを覚えますが、それが築地市
場の移転にどのように影響して行ったのかについて、このあとの
EJで考えていくことにします。
石原知事が設置した専門家会議は、2008年7月に土壌汚染
対策の専門家会議の結論をまとめて、解散しています。その結論
は、次の2つの柱から成っています。
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1.東京ガスの工場のあった旧地盤面から2メートルの土を
入れ替え、その上に2・5メートルの盛り土をする。
2.地下水管理システムを設計・構築し、汚染地下水が上昇
して盛り土を再汚染しないようにコントロールする。
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もう少し詳しく解説します。まず、最も汚染のひどい旧ガス工
場の地盤面から地下2メートルまでの土をすべて入れ替え、その
上に2・5メートルの盛り土をするのです。盛り土は、ベンゼン
や揮発性ガスの上昇を抑えるのに有効な措置です。
しかし、それでは、その盛り土の下に汚染された地下水が残っ
てしまい、せっかくの盛り土が再汚染される恐れがあります。そ
のため、地下水を浄化する管理システムを構築し、盛り土の再汚
染を防ぐというものです。
この専門家会議の決定には、よくわからないながらも、それな
りの説得力があったので、仲卸業者などの豊洲移転反対派の市場
関係者の一部には「ここまでやってくれるなら」と、築地移転の
ための準備に取り組む業者も出はじめていたのです。
しかし、小池知事の時代になって、この盛り土がなく、その部
分には地下空間ができていたことが判明したのです。これは、専
門家会議が結論として出した土壌汚染対策が無意味になることを
意味します。しかし、これについては、後から述べるとして、そ
の先を進めます。
この専門家会議の結論は、2008年8月に新発足の技術会議
に委ねられ、2009年2月に「豊洲新市場整備方針」が決定さ
れます。この方針には、間違いなく盛り土はあったのです。
土壌汚染問題が解決したことに自信を持った石原知事は、20
10年10月22日に議会で築地市場の豊洲移転を正式に表明し
ます。そして石原知事は次のように宣言したのです。
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もし、議会が決めかねているならば、知事が大きく歯車を回す
ことになる。 ──石原知事
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──[中央卸売市場論/028]
≪画像および関連情報≫
●「豊洲の盛り土」/専門家会議
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2007年に「4・5メートルの盛り土が前提」と答申を
出した専門家会議が、問題発覚を受けて再結集した。座長の
平田健正・放送大学和歌山学習センター所長が17日、都庁
で会見を開き、今後の対策を示した。
会見にはオブザーバーとして会議に参加する「市場問題プ
ロジェクトチーム(PT)」の小島敏郎座長(元環境省審議
官・弁護士)も臨席した。
開口一番、平田座長は「前回と同じメンバーで、事務局も
都から独立する形であればお引き受けする」と条件を都に突
きつけたことを明らかにした。
本来ならば、自分達が専門的見地から提言した事を頭から
無視した東京都に、また協力する筋合いは無い。専門家会議
は都からのフリーハンドを約束させた。再調査したデータも
専門家会議で一元管理する。会議は全て公開の席上で行ない
答申の時期も制約はないという。
平田座長は、メディアに対しても公平でない部分が多々あ
るとし、全て情報は会議を通すと明言した。
この日、平田座長は冒頭発言だけでなく記者との質疑応答
まで、会見の一切を取り仕切った。都に任せると都合のいい
記者に都合のいい質問をさせるからだ。平田座長はまた「築
地市場の方々とのコミュニケーションができるような雰囲気
作りが一番大事。会議の席上でご意見を伺って行きたい」と
述べた。 http://bit.ly/2d4TaJZ
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都議会本会議における内田茂都議


